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発達性トラウマ障害と複雑性PTSDの治療

[2023.11.06]

「発達性トラウマ障害ではないか?」や「複雑性PTSDかもしれない!」と、自己判断をされて、あるいは心理師やカウンセラーから言われて、もしくは通院先の主治医から告げられて、こころの健康クリニック芝大門の受診を希望される場合があります。

このような申込の場合、なぜか外傷的出来事(トラウマティック・イベント)の「出来事基準」を満たしていない場合が多い印象を受けています。

 

あるいは、「トラウマ関連疾患の治療はどんなことをするんですか?」という問合せを受けることが、時々あります。

問合せをされる方の本当の期待は、「トラウマ関連疾患に対してカウンセリングは行っていますか?」ということをお聞きになりたいようで、その背景には「薬を飲みたくない」「薬が増えるばかりで改善しなかった」という思いが隠れているのかもしれません。

 

確かに「発達性トラウマ障害」や「複雑性PTSD」と診断されていて、ほとんどのケースで、抗うつ薬、抗不安薬、抗てんかん薬や抗精神病薬などが投与されているようです。

 

臨床経験では、発達障害およびトラウマが基盤にあると考えられる気分障害の症例において、抗うつ薬は躁転を引き起こすので禁忌、また抗不安薬も抑制を外すだけで行動化傾向を促進し、こちらも禁忌である。

杉山『発達性トラウマ障害と複雑性PTSDの治療』誠信書房

 

発達性トラウマ障害」や「複雑性PTSD」などのトラウマ関連疾患に対して、抗うつ薬や抗不安薬は禁忌とされているにもかかわらず処方されてしまう背景について、考えてみたいと思います。

 

トラウマ関連疾患に対する抗うつ薬

「発達性トラウマ障害」や「複雑性PTSD」などのトラウマ関連疾患に対して抗うつ薬が処方されてしまうのは、気分低迷を抑うつ状態あるいはうつ病の併存とみなされるため、と思われます。

 

抗うつ薬の服用による医原性の増悪にはもっと注意を払う必要がある。

(中略)

複雑性PTSDの未治療の状況で起きている抑うつは、その多くは気分変動の一部分を拾っていることが多いため実はうつ病ではなく、抗うつ薬の処方は禁忌といってよい。

気分変動を増悪させ、希死念慮などをむしろ強めてしまう。さらにハイテンションになった時に、子どもへの加虐などが生じることも多い。

杉山『テキストブックTSプロトコール』日本評論社

 

上記の引用にあるように、トラウマ関連疾患で気分が沈むのは気分変動の一部分症であって、抑うつ状態やうつ病ではない、ことを理解する必要があります。

このような状態に抗うつ薬を投与することは、「医原性の増悪」を引き起こすため、「発達性トラウマ障害」や「複雑性PTSD」などのトラウマ関連疾患に対しては抗うつ薬は禁忌といわれるのです。

 

また、パロキセチンやセルトラリンなどの抗うつ薬は「外傷後ストレス障害(PTSD)」に対して適応が通っていることも、臨床医がトラウマ関連障害に抗うつ薬を使いたくなる1つの要因と考えられます。

これらの抗うつ薬の添付文書には、「外傷後ストレス障害の診断は、DSM等の適切な診断基準に基づき慎重に実施し、基準を満たす場合にのみ投与すること」、あるいは、「外傷後ストレス障害患者においては、症状の経過を十分に観察し、本剤を漫然と投与しないよう、定期的に本剤の投与継続の要否について検討すること」などの注意書きが書かれています。

 

しかし多くの場合、診断基準を適用した診断がなされていることは皆無に等しく、さらに抗うつ薬は年余にわたって漫然と投与されており、「医原性の増悪」を引き起こし、良くなるどころか悪化したということが多いのです。

 

実際、これまで治療に難渋したケースは、「解離性フラッシュバック」に伴う気分変動(行動的フラッシュバック)に対し3種類の抗うつ薬、バルプロ酸、リスペリドンなどを処方されていた「複雑性PTSD」の患者さんでした。

離脱症状に注意しながら、抗うつ薬→バルプロ酸→抗うつ薬→バルプロ酸→抗うつ薬→リスペリドンの順に漸減し、1年半かけてすべての薬を減薬中止することができました。

抗うつ薬の漸減中止してから本来のトラウマ治療を開始し、ようやく気分変動に伴う行動的フラッシュバックが落ち着いたのです。

 

抗不安薬の問題

抗不安薬は、服用を始めるとなかなか止められないという常用量依存(身体的依存・精神的依存)の問題、さらに服用を続けることによって効果が感じられなくなる耐性の問題に加え、感情や行動の脱抑制によって過量服薬などの行動化を引き起こしやすいなどの問題や、抗不安薬の服用を中止することによる離脱症候群の問題があります。

 

特に脱抑制の問題のため、「発達性トラウマ障害」や「複雑性PTSD」などのトラウマ関連疾患に対する抗不安薬の投与は禁忌なのです。

 

睡眠の障害は複雑性PTSDでは普遍的な問題であるが、抗不安薬系の睡眠薬は抑制を外すので、逆に興奮してしまい、さらに眠気によって抑制がさらにさがり、悪性のフラッシュバックが延々と生じ、その結果としての自殺企図、大量服薬などが起きやすくなるのである。

杉山『発達性トラウマ障害と複雑性PTSDの治療』誠信書房

 

上記の多剤大量処方を受けていた患者さんは、幸いにして抗不安薬は前医で一時的に処方されていましたが、脱抑制に伴う退行(幼児返り)や自殺企図などの行動化の頻発のために、中止になっていました。

今考えると、もしこの患者さんに抗不安薬が処方されていたままであったら、治療はできなかったと思います。

 

抗不安薬はさまざまなガイドラインで推奨されていないので、こころの健康クリニック芝大門では、抗不安薬の処方は原則として行いません。そのため、頓服であっても抗不安薬の処方を受けていらっしゃる方の治療をお引き受けすることが難しいのです。

こころの健康クリニック芝大門に転院治療を希望される方は、抗不安薬の処方責任のある先生とよく相談して決めてくださいね。

 

以前、こころの健康クリニック芝大門に紹介状(診療情報提供書)を持って受診された患者さんがいらっしゃいました。

前医で1日3回の抗不安薬が処方されていたため、治療ができませんとお返事をしたところ、「抗不安薬を処方していたら、なぜ治療ができないのですか!?」と、主治医の先生が息巻いて電話をかけてこられました。

「抗不安薬はガイドラインでは推奨されていません」と説明し、過量服薬や自殺企図が頻発し入退院を繰り返し、常用量依存のため抗不安薬が減薬できず、結局トラウマの治療を断念せざるを得なかった患者さんの話で抗不安薬の弊害をお伝えをすると、主治医の先生は黙ってしまわれました。その先生は本当に患者さんのことを真剣に考えてくださったようで、抗不安薬を少しずつ減薬して「離脱症状も見られません」と改めて患者さんを紹介してくださったのです。

その患者さんは、無事にトラウマ関連障害の治療を導入することができて、治療も終結できました。

 

抗てんかん薬や抗精神病薬

雑性PTSDの気分変動は、双極性障害ではない。バルプロ酸ナトリウム(デパケン)の相当量を服用している成人をしばしば見かけるがぼんやりするだけで無効である。

(中略)

さらに大量の抗精神病薬の処方も好ましくない。こちらもぼんやりするだけで無効だからである。薬が入っているうちはぼんやりしているが、減らせば元に戻るだけで何ら治療にならない。

杉山『テキストブックTSプロトコール』日本評論社

 

「発達性トラウマ障害」や「複雑性PTSD」などのトラウマ関連疾患に伴う気分変動は、うつ病や双極性障害ではないため、バルプロ酸(デパケン)やラモトリギン(ラミクタール)、あるいはカルバマゼピン(テクレトール)など、気分障害の治療にも用いられる抗てんかん薬は無効とされています。

 

さらに抗てんかん薬は、副作用の発現を回避するため、特定薬剤として血中濃度の測定が必須とされています。(実施していない医療機関も多いようです)

こころの健康クリニック芝大門では血液検査を行うことができないので、抗てんかん薬を服用中の患者さんの治療はお引き受けできないのです。

 

トラウマ関連疾患に対するカウンセリング

これまでにカウンセリングを受けているクライエントも多く、まれに現在進行形で受けているということもある。

この何が問題なのかというと、体験を語る習慣がすでに身についていて、治療者がしっかり聞いてくれないと無視されたと感じるクライエントは少なくない(しかし、傾聴するとフラッシュバックの蓋が開いて収拾がつかなくなるのだが)。

トラウマの処理の一方で、傾聴型カウンセリングが一緒になされている場合には、当然ながら処理が安全に進まないということが生じる。

杉山『TSプロトコールの臨床』日本評論社

一般的な精神療法の原則は、共感と傾聴である。

ところが複雑性PTSDのように、重症のトラウマ体験を中核に持った症例の場合、傾聴型の受容的なカウンセリングは禁忌であると言ってよい。

傾聴、時間をかけた対応、枠が示されない対応、具体的な内容に欠ける抽象的なやりとり、このすべてが悪化を引き起こす。

なぜ禁忌なのか。

フラッシュバックの蓋が開いてしまい収集がつかなくなるからである。

杉山『テキストブックTSプロトコール』日本評論社

 

冒頭に挙げたように、「発達性トラウマ障害」や「複雑性PTSD」などのトラウマ関連疾患に対してカウンセリングを希望される方が多いのですが、上記引用のように「共感と傾聴」を主とする通常のカウンセリングは禁忌なのです。

 

トラウマ関連疾患の精神心理療法は、「トラウマインフォームドケア」と呼ばれる、トラウマや症状に対する知識、対応を身につけ、再トラウマ化を防ぐための心理教育が必要不可欠とされています。

こころの健康クリニック芝大門では、「トラウマインフォームドケア」に加えて、「社会リズム療法」を援用した日常生活、とくに睡眠覚醒リズムの改善による生活リズムの治療を第1段階の治療として行っています。

 

このブログをお読みの方は、今回のブログで書いたようなトラウマ関連疾患の治療に対する正しい知識を身につけて、回復の道を進んで行かれることを祈っています。

 

院長

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