発達障害の診断をして欲しい
「発達障害の診断をして欲しい」との申し込みが増えています。
診断を希望される動機としては、2つのパターンがありそうです。
多いのは、抑うつ・不安、あるいは適応障害などの二次障害のために通院しているけれどもなかなか治らない、というケースです。
インターネットの記事で発達障害のことを読んだら、自分に当てはまることが多かった。
通院先の主治医に聞いたら、発達障害は子どもの病気で大人にはないと言われたけれども、大人の発達障害もあると知って、主治医のことが信じられなくなった。
だから発達障害なのかどうか診断して欲しい、と申し込まれる場合です。
カサンドラ症候群の功罪
もう一つは、妻が「自分はカサンドラ症候群かもしれない」と、夫の発達障害を疑い受診を促すケースです。
妻が夫の「発達障害」を疑い、初診予約も妻が行うというパターンがある。
初診当日、夫は不承不承ほぼ連行される形で来院したり、受診しなければ離婚だと言われたのでと極めて消極的なケースから、子どもが発達障害と診断され、母親も息子である夫の小さい頃によく似ていると話すが、自分も小さい頃はそうだったと押し切ろうとしても嫁が納得しないと半ばあきらめての受診もある。
診断の結果は、夫の「無実の証明」となることはやはり少なく、妻の言い分が当たっていることも少なくない。ここで当方が留意するのは、診断結果がそのまま離婚を進めるようなことにならぬように、夫婦間の理解を深める一助となるように心を配ることである。
そうした夫たちは、診断を受け入れ、通院の連続と、時には妻がその方が納得するのでと服薬さえ希望することもある。
こうしたケースでは、妻もサブタイプの異なる自閉症スペクトラム(障害)が疑われることもしばしばであるが、当の夫がそれを指摘したり口にしたりすることはほとんどない。そうした心優しい夫の思いやりを大切にしたいと考え、通常言及は避ける。
世に取り沙汰される「カサンドラ症候群」についてはその功罪を問いたくなることもある。
齋藤. 「成人期発達障害者を理解するために--10分間の診療でできること、できないこと-——」. in 中村,本田,吉川,米田・編『日常診療における成人発達障害の支援:10分間で何ができるか』星和書店
精神疾患の分類と診断の手引き第5版(DSM-5)には、「対人関係の問題」のうち「配偶者または密接なパートナーとの関係による苦痛」として以下のように記載してあります。
典型的には、対人関係の苦痛は、行動、認知、または感情領域における機能障害と関連している。
行動の問題の例としては、衝突の解決が困難なこと、引きこもり、過度の関与が含まれる。
認知の問題の例としては、他者の意図を否定的に受け取ることを続ける、またはパートナーの肯定的な行動を受け入れないこととして現れる。
感情の問題には、慢性的な悲しみ、アパシーおよび/またはパートナーについての怒りが含まれることもある。
このようなケースについて、以前は土曜日に「対人関係療法による夫婦/パートナー面接(IPT-CM)」を行っていました。再交渉により関係改善に至ったのが約1/4、残り3/4は別居あるいは離婚されました。
現在は土曜外来の予約枠の空きがなくなり、1時間の夫婦面接の時間を取ることが難しくなったため、申し訳ありませんが「対人関係療法による夫婦/パートナー面接(IPT-CM)」は、お受けしていないのです。
また、夫婦/パートナー関係を主訴に受診を希望される方は、「その関係の質が精神疾患または他の医学的疾患の経過、予後、治療に影響を及ぼしている場合に臨床的関与の対象になる」とされていることから、精神疾患で通院中の方で、症状が対人関係に影響を及ぼしている場合にのみ、対人関係療法の考え方での対応を行います。(発達障害特性を除く)
自閉スペクトラム症(ASD)や自閉スペクトラム特性(AS)の意義
さて、発達障害を診断して欲しいという訴えの背景には、発達障害(AS/ASD)と診断されることの先に、どのようなことを期待されているのでしょうか?
もしあなたが、なかなか治らない、もしくはすっかり慢性化した気分の症状や、対人関係上の度重なる問題にくたびれ切っており、人生のほとんどの時期に傷ついていたとしよう。あなたからみれば、どんなに努力しても人生がうまくいかない。
例えば自分が周囲の会話に加わろうとすると、みな、少しきょとんとした顔をする。自分以外の人間は、人と連絡を取り合い友情をはぐくんでいるようであるが、自分がそれを拒絶していないにもかかわらず、そのような「仲間」になることが難しい。
さらに、自分の人生は「気に食わない」ものが多い。せっかく買った洋服も、数回着ているうちにどこかが気に食わなくなり、より良いものを探し求めるが、なかなか見つからず、疲弊する。
会社の仕事内容も、何をどこから手を付けてよいか、どこまでやればいいのか不明瞭で、さらに、周囲はそんなことを全く疑問にも思わず仕事をしているので、だれに何をどのように相談してよいのか、さっぱりわからず困っていたとする。
そんなある日、ASDを家族から疑われ、検査を進められ、診断に至ったとする(このようなケースは実際には結構ある)。
この場合、あなたにとって、「自分がASDである」ということは何を意味するのであろうか。
(中略)
もう一度、本題に立ち戻ろう。
ASDと診断されることは、本来は何を意味するのであろうか。
本来は、支援や配慮を受けるための診断である。
では、支援や配慮の先には何があるのか。
ASの人のWell Beingについて研究しているイギリスの心理杓者のMandy教授は、ASの日頓支援のゴールを「ASDの人がより満足のいく、生産的で楽しい生活を送ること」としている。
大島. 「知ることからはじめる−−ASDの診断から自己理解とアイデンティティの再構築へ」. in 『おとなの自閉スペクトラム』金剛出版
長々と引用しましたが、発達障害(AS/ASD)の診断を希望される方は、現在、なんらかの「困り感」を自覚していらっしゃいますよね。
その根底に発達障害(AS/ASD)特性があるのではないか?と考えられているはずですよね。
しかしながら、発達障害(AS/ASD)特性のセルフモニタリングの弱さのために、自分が何に困っているのかを具体的に言語化することは非常に難しいようです。
発達障害の中核は自閉スペクトラム症とADHDで、彼らの主訴や困り感をみると、生まれながらの能力の偏りに困っているというより「現在置かれている環境」と「自分」との折り合いの悪さやそれに起因した抑うつ感などの症状をどうにかしたくて受診していることが多い。
それらは、“発達の偏りのため介入が必要なほど適応に困難を生じたもの”、つまり、「介入が必要なレベルの適応障害」と言える。
原田. 「成人期の発達障害診断」. in 中村,本田,吉川,米田・編『日常診療における成人発達障害の支援:10分間で何ができるか』星和書店
発達障害(AS/ASD)特性を持つ人の困りごとは、「介入が必要なレベルの適応障害」、つまり、発達の偏りによって引き起こされた周囲環境への適応困難、ということになりそうです。
適応不全としての発達障害(ASD/AS)特性への対応
上記の引用で「適応障害」というタームが出てきました。
これは、DSM-5やICD-10にある疾患としての「適応障害」とは異なり、「適応困難」あるいは「適応不全」という意味で理解してください。
ここで治療ターゲットとすべきは適応がうまくいっていないことや生活障害の改善であり、発達障害特性の強さではないことに留意していただきたい。また、適応がうまくいっていない原因が環境側の無理解や理不尽さにあることもしばしばみられるものである。
加えて併存症状への薬物療法も行うが、発達障害治療の本質は適応の改善なので、自己理解と環境調整が治療の中心である。
原田. 「成人期の発達障害診断」. in 中村,本田,吉川,米田・編『日常診療における成人発達障害の支援:10分間で何ができるか』星和書店
発達障害(AS/ASD)特性に伴う「適応の障害」「適応不全」の改善は、自己理解と環境調整ということになります。
自己理解に関しては、WAIS-Ⅳを受検していただいて、自分の認知特性を知ることですし、支援や配慮を受けるための環境調整が必要ということです。
こころの健康クリニック芝大門では、「適応の障害」や「適応不全」に伴う抑うつ感などの症状、つまり二次障害の治療は行っていますが、発達障害(AS/ASD)特性そのものに対する療育指導や社会技能訓練(SST)は行っていないので、注意してくださいね。
院長