サイコロジカル・マインドと神経発達症特性
『特集 成人精神疾患の背景に潜む神経発達症のインパクト─いかに見抜き,いかに対応するか─』(精神科治療学 37(1), 2022, 星和書店)、このインパクトのあるタイトルを持つ特集号では、統合失調症、うつ病、双極性障害、不安症、強迫症、摂食障害、睡眠障害、嗜癖性障害の各精神疾患と「神経発達症(発達障害)」との特異的な関連性について解説されています。
以前より、「発達障害(神経発達症)」特性を有する、不安症(全般性不安障害、パニック障害、対人恐怖症)や摂食障害(神経性過食症、過食性障害)の患者さんたちは、気持ちを抱えておく力が弱い(気分不耐)のではないか、と感じていました。
吊り橋効果を例題にして、「思考に身体が反応し、その身体感覚に名前をつけたものが感情ですよ」「身体感覚に名前をつける時にも、思考が働いているんですよ」と説明し、「今現在、どんなことを考えて、身体にはどんな感覚があって、どんな気持ちになっているか、ちょっとだけ自分のこころの中をふり返って探ってみましょう」と患者さんを促しても、「発達障害(神経発達症)」特性のある患者さんはポカンとされたままです。
「この不安をどうすればいいか教えて欲しいんです!」「過食をしたくなったら、どうしたらいいんですか?」と、セルフモニタリングなんてそんなまどろっこしいやり方ではなくて、即効性のある魔術的な解決策があるはずだろう、と対処法を丸投げしてこられるのです。
「感情は自分の思考に身体が反応して引き起こされるものですから……」と、また同じ説明を2回、3回と、繰り返すことになります。
このような状態は「行動変容を動機づける5段階」のうちの「熟考期」、つまり、「問題を抱えていることを自覚し、今の状態を変えたほうがいいのだろうかと漠然と思っている。しかしどこから始めたらいいのか、どうしたらいいのかわからない」段階であり、「今の状態を変えたいという心の準備ができており、行動に移したいと思っている」「準備期」まで達していないのではないか、と考えていました。(『回避/抑うつ型の摂食障害とその治療』参照)
回避/抑うつ型の摂食障害とその治療
のちにメンタライジング・アプローチを学ぶようになって、上記のような、心をまるで物質であるかのように体験する様式は、心のもっとも原始的モードである「目的論的モード」と呼ぶことを知りました。
目的論的モードでは、内的現実(心的状態)と外的現実(物理的現実)が地続きで一体化しています。こころの中でのことと外の社会でのこととの区別が本質的にできていない、「空想=現実」の世界です。
そして、この早期の発達段階ではまだこころが充分に組織化されていないため、私たちのこころは基本的に外的現実の支配下に置かれることになります.空想と現実が力比べをすると、常に現実が勝つ世界ともいえるでしょう。
池田『メンタライゼーションを学ぼう——愛着外傷を乗り越えるための臨床アプローチ』日本評論社
前掲書の内容を例に、「目的論的モード」を説明すると、「これだけお願いしているのに不安や過食衝動の消し方を教えてくれない(外的現実)なんて、先生は私を治療する気はない(空想)んですね」、となります。
行為あるいは外的な現実が、空想すなわち内的状態を決定してしまいますし(前掲書)、このような他責性(丸投げ感)も「発達障害(神経発達症)特性」を持つ人の特徴のようです。
「自分自身を客観視する(セルフモニタリング)能力」は、「リフレクティブ・ファンクション(顧みる能力)」や「メンタライゼーション(こころを理解する能力)」と呼ばれますが、以前は、サイコロジカル・マインドとも呼ばれていました。
高い「発達障害(神経発達症)特性」を有する人たちは、サイコロジカル・マインドが低い、もしくは欠如しているとして、マインド・ブラインドネスと呼ばれていたこともあります。
これは、「発達障害(神経発達症)」特性を有する人たちのこころは、もっとも原始的なモードでしか機能していないため、と考えられます。
冒頭で紹介した雑誌に、「成人うつ病患者の背景に潜む神経発達症のインパクト─対応を含めて─」という論文が掲載されています。(栗原, 大江, 渡邊., 精神科治療学 37(1): 35-40. 2022)
その論文で、成人においてASD・ADHDが見逃されやすい要因として、以下の4つが挙げられています。
(1) セルフモニタリング能力の低さ
(2) 「焦点づけ」の苦手さ
(3) 臨床状態の多様さ・複雑さ
(4) ASD・ADHDが疑われても幼少期からの症状が確認できないことが多い
時に養育者が問題と感じていない
栗原, 大江, 渡邊. 成人うつ病患者の背景に潜む神経発達症のインパクト─対応を含めて─. 精神科治療学 37(1): 41-46. 2022
上記の(4)は以前からマスキング効果として知られており、本人に「発達障害(神経発達症)」特性があれば、その養育者も御多分に洩れず「発達障害(神経発達症)」特性を有するため、と考えられてきました。
また、ASD・ADHDが併存したうつの特徴として、以下の7つが挙げられています。
(1) 感情が語られることが少ない(アレキシサイミア傾向が高い)
(2) 気分循環性が高い(双極II型障害と診断されやすい)
(3) 過去の適応障害を契機にうつ状態が遷延するケースが多い
(4) うつ病が回復しても社会機能が回復しないケースが多い
(5) 不安症の併存が多い
(6) 回避性パーソナリティ障害の併存が多い
(7) 非定型の特徴を伴ううつが多い
栗原, 大江, 渡邊. 成人うつ病患者の背景に潜む神経発達症のインパクト─対応を含めて─. 精神科治療学 37(1): 41-46. 2022
急性の(身体)疾患に対して医学モデルを適用するときや、会社を休職しリワークを導入する時には、パーソンズの「病人役割」を説明する事が多いですよね。
パーソンズの「病人役割」は以下のようなものです。
- 通常の社会的役割を免除される
- 病気という現在の状態に関して責任を問われない
- 回復に向けて努力する義務がある
- 専門的援助を求め医師に協力する義務がある
よく考えるとさまざまな問題も出てきますが、病人役割は、社会的な義務や責任が免除される代わりに、病気の回復に取り組む義務が生じる、という義務の転換と考えられます。
一方、「発達障害(神経発達症)」特性を有する人たち、あるいはさまざまな精神疾患に対して、あるいは、リワークから復職に向かうときは、ルース・ウーによる「障害者役割」が適用されます。
- 自己の社会的不利に対して忍耐強く打ち勝つこと
- 能力低下に適応すること
- 障害されていない身体機能を用いて能力低下の代償を行うこと
- ある程度まで仕事を行い社会的に活動性を高めること
「発達障害(神経発達症)」特性の特徴や「発達障害(神経発達症)」特性が併存した精神疾患に対しては、パーソンズの「病人役割」よりもルース・ウーによる「障害者役割」を適用したほうが現実的であるようです。
「障害者役割」を念頭に置きながら、冒頭に記載した不安症や摂食障害の患者さんの心の状態を感じてみると、その意味がよくわかると思いますよ。
院長