メニュー

トラウマ関連疾患に対する社会リズム療法

[2022.01.31]

こころの健康クリニックに治療申し込みの電話のときに、血液検査や脳のCTあるいはMRI、場合によっては脳波検査ができる病院を受診してくださいを言われた方もいらっしゃると思います。

 

一昨年と昨年の緊急事態宣言下でのリモートワーク生活で、若い人にもフレイルや非定型うつ病像と似た状態を呈した方がいらっしゃることを書いたことがあります。
(『新型コロナ時代の不安や抑うつ〜(1)奇妙な神経衰弱』『新型コロナ時代の不安と抑うつ〜(2)対人過敏』参照)

 

やる気が起きない、集中力が続かず疲れやすい、などの訴えの背景には隠れ鉄欠乏性貧血やビタミンB1不足、場合によっては甲状腺機能低下症が潜んでいる場合があるのです。

あるいは不安やパニック発作、対人緊張として、長年、抗うつ薬や抗不安薬で治療されていた症状が、実は橋本病やバセドウ病などに伴う甲状腺機能亢進症だった、というケースを何例も経験しています。

 

同じようなことが論文にも書かれていました。

 

筆者はトラウマを主訴として来院した患者の中で、鉄欠乏性貧血、甲状腺機能亢進症を見出すことが年に何例かはある。

例外的なケースとして、レイプ被害の再体験症状として、被害の時と同様に身体が動かなくなり、次にフラッシュバックが生じるという患者に、単純部分発作を見出したこともある。その発作が想起刺激となってフラッシュバックを誘発していたのである。

金. 複雑性PTSDの診断と対応. 精神療法 47 (5): 556-562. 2021.

 

上記の引用にある、鉄欠乏性貧血や甲状腺機能亢進症は血液検査が必須になります。

また単純部分発作(てんかん発作)では、脳波検査あるいは頭部のCTやMRI検査も行います。

 

こころの健康クリニックでは、血液検査や脳波検査、あるいはCTやMTIなどの検査ができませんから、身体因性の精神症状の鑑別のために検査ができる病院の受診を勧めているのです。

 

抗精神病薬によるアカシジア、抗うつ剤によるアクティベートは、いずれも不安を増悪させ、PTSD症状を悪化させるだけでなく、自殺念慮、行動化を起こしかねない。

また、抗不安薬がPTSDの症状の経過を改善しないこと、長期連用が推奨されていないことはいうまでもない。

金. 複雑性PTSDの診断と対応. 精神療法 47 (5): 556-562. 2021. (下線は院長)

 

他の医療機関では、何でもかんでも抑うつ状態かうつ病、あるいは適応障害と診断され、抗うつ薬と抗不安薬、睡眠薬を投与量の上限で処方されていることをよく見かけます。

抗うつ薬や抗不安薬、あるいは抗精神病薬により、状態がよくならない、あるいは、前よりも悪くなった経験をされた方も多いのではないでしょうか。

 

こころの健康クリニックでのPTSDなどのトラウマ関連疾患の治療は、抗うつ薬や抗不安薬を投与することはまずありません。

向精神薬はごく少量のみしか処方せず、睡眠覚醒リズムを含む生活リズムを安定させることから治療をはじめますよね。

 

精神療法の基本は、共感と傾聴であるがトラウマを中核に持つクライエントの場合、この原則に沿った精神療法を行うと悪化が生じる。

それだけではない。

深い介入は、クライエントにフラッシュバックを引き起こし、治療の記憶そのものを吹き飛ばすことさえ生じる。

その結果、治療は悪夢のような堂々巡りに陥るのである。

(中略)

なるべく短時間で、話をきちんと聞かないことが逆に治療的であり(!)、具体的な内容に徹することが重要である。

子ども、成人を問わず、1日のスケジュール、健康な生活、睡眠、食事、身体の調子など、健康に関する項目が最も大切で安全である。

杉山『テキストブックTSプロトコール』日本評論社(下線は院長)

 

以前、治療申し込みの電話で「どうして再診が10分なんですか?!それではトラウマの治療にならないでしょう!!」とお叱りを受けたことがありました。

その方は幼少期の機能不全家庭での生育歴がおありだったようで、カウンセラーからトラウマや複雑性PTSDと言われ、長年、カウンセリングを受けられていた方でした。

 

上記で引用した福井大学子どものこころの発達研究センターの杉山先生は、「傾聴型の受容的なカウンセリングは禁忌であると言ってよい。傾聴、時間をかけた対応、枠が示されない対応、具体的な内容に欠ける抽象的なやりとり、このすべてが悪化を引き起こす」と、フラッシュバックの蓋が開いてしまうことが悪化につながると指摘されています。

 

トラウマの治療は生活臨床ともいわれるように、身体リズムを安定させることが何よりも大切ですから、身体リズムを撹乱する可能性のある身体要因のチェックが必要不可欠なのです。

 

また不安惹起性の物質であるカフェインの影響は、飲酒、喫煙に比べると見過ごしやすい。(中略)トラウマ被害者が適応改善のためにカフェインを摂取することは少なくないが、それによってかえってPTSDが悪化することがある。

その背景として、カフェインは気持ちを落ち着かせるという思いこみがあることや、物質関連障害の中にアルコール、大麻、幻覚剤と並んでカフェインが含まれているなどの知識が浸透していないことがあろう。

(中略)

先に述べたカフェインを再び例に取ると、抗不安薬とカフェインの「共依存的な」摂取が生じることもある。

すなわち抗不安薬によって眠気を生じるとカフェインを大量に摂取し、カフェインで不安が生じると抗不安薬を服用するということがみられる。やがてカフェイン惹起性の睡眠障害が生じ、睡眠リズムが乱れ、生活機能が大幅に低下することにもつながりかねない。

金. 複雑性PTSDの診断と対応. 精神療法 47 (5): 556-562. 2021.

 

不安とカフェイン、そして抗不安薬(ベンゾジアゼピン系睡眠薬も含む)による症状の悪化は、PTSDトラウマ関連障害だけでなく、ASD(自閉スペクトラム症)やADHD(注意欠如・多動症)でもよく認められます。

これについて杉山先生は以下のように述べられています。

 

睡眠の障害は複雑性PTSDでは普遍的な問題であるが、抗不安薬系の睡眠薬は抑制を外すので、逆に興奮してしまい、さらに眠気によって抑制がさらにさがり、悪性のフラッシュバックが延々と生じ、その結果としての自殺企図、大量服薬などが起きやすくなるのである。

(中略)

発達障害も複雑性PTSDも、時間的な見通しを立てることに困難を抱えている。時間感覚の混乱が著しく、日内リズムの慢性的混乱が認められる。おそらく戦闘的なモードから頭を休めることができず、眠気がなかなか生じないのであろう。

そのため成人の場合、寝るときには大量の睡眠薬を用い者も少なくない。すると当然、昼間に眠気が生じ、昼寝をし、さらに睡眠リズムが混乱することになる。

子どもの側は、規則正しい生活リズムが取れずに睡眠不足であることが多い。ゲーム依存も多く、これが睡眠不足を加速させる。

杉山『発達性トラウマ障害と複雑性PTSDの治療』誠信書房

 

発達障害系の概日リズム障害と、トラウマ関連障害の日内リズムの慢性的混乱に対して、「社会リズム療法」を用いて睡眠覚醒リズムを含む生活リズム全般を整えていくこころの健康クリニックで行っている治療は、すごく理にかなったやり方だということをご理解いただければ幸いです。

 

院長

▲ ページのトップに戻る

Close

HOME