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「うつ病」と間違われやすい「適応障害」と復職

[2020.12.23]

「うつ病」と間違われやすい「適応障害」の診断』で触れたように、半数以上の精神科医が「復職可能な状態の判断が難しく迷うことが多い」とアンケートに回答しています。

 

復職可能な状態の判断が難しい理由として「休職・復職対応には正解がないため難しい」 「事例ごとに個別の事情があるため判断が難しい」などが挙げられています。

 

3分診療のメンタルクリニックで患者さんの生活状況を把握するのは困難ですから、復職判断が難しいと感じる精神科医が多いのかもしれません。

 

さて仮想ケースのAさん(仮名)のその後です。

 

産業医面接でAさんは気になることをおっしゃっていました。

「リワークの心理士から、適応障害であれば休職して割と早く症状は改善するのに、私の場合は改善が遅いから、もしかすると適応障害ではなく、うつ病なのではないか、あるいは双極うつ病の可能性もあるのではないかと言われたので、それを主治医に伝えたところバルプロ酸が追加になった」ということでした。

Dクリニックのリワークでは復職に至った経緯の振り返りを行っていないとのことで、次回3週間後の産業医面談の時に、振り返りを書いて持ってくるように伝えました。

面談の数日前に主治医からの情報提供書が届きました。双極性障害に診断変更になった明確な理由は書かれていませんでしたが、Aさんはこれまでの職場でも休職して退職を繰り返していたようです。
人事担当者もそのことを知らなかったため驚いていました。

 

産業医面談では生活・行動記録を見ながら睡眠覚醒リズムや症状の推移をみましたが、前回の面接時と変わりない昼夜逆転の生活が続いており、復職意欲も高まっていませんでした。

Aさんが書いてきてくれた休職の経緯を見ながら、対処スキルが身に付いているかどうかを話し合ってみましたが、振り返りの経緯に書かれていたのは会社や先輩、あるいは上司に対する不満ばかりでした。

「同じような状況になったとしたら、次はどのように対処してみますか?」と聞いてみると、「会社のせいで病気になったので、次は病気にならないような会社を選びます」とおっしゃいました。

改めて「職場復帰準備性の評価」を行ってみましたが、今回も復職可能レベルには達していませんでした。

 

ちなみにAさんと似たタイプの人の職場準備復帰性評価シートの結果は左の図のような感じで、A.生活状況の1.起床時間とB.症状の8.昼間の眠気の得点が低いことが分かります。

加えて、G.準備状況とF.作業能力・業務関連(16.集中力と18.業務遂行能力)が低得点になっています。

この方は「セロトニン・ノルアドレナリン再取り込み阻害薬」が常用量を超えて最大量投与されていました。

抗うつ薬や気分安定薬が最大量投与されていることで神経認知機能の障害が持続し、ワーキングメモリ機能の回復も阻害されるだけでなく、17.業務への関心の回復も妨げられてしまうのです。

 

産業医の意見として復職可とは言えないことを伝えると、それについてAさんは「リワークに3ヶ月通うと復職できると言われたのに復職できないのはおかしい!労災を申請する!」と激高されました。

Aさんにはこれまでの面談記録を見せた上で、次のようにお話しました。

「これまでの会社の対応はこのように問題がないと思います。労災の申請をなさることは止めません。しかし今考えていただきたいことは、誰のせいでこうなったかということや労災の申請をどうするかではなく、どうすれば復職ができるのか、を優先した方がいいのではないかと私は思います。」

「休職期限まであと3週間あります。この3週間でせめて生活リズムを朝型にするなど、復職のことを第一に考えてみませんか?」
「今通院中の薬を出すだけの主治医のところではなく、Aさんの人となりを診た上でAさんが身につけておくべきスキルについて指導してくれるクリニックに転院しませんか?もしよろしければ、紹介状はお出ししますよ。」

 

Aさんはしばらく黙っていましたが「考えさせてください」とおっしゃり、面談が終了しました。

 

職場復帰がうまくいく要因として、以下の3つが知られています。

    • 休職前の社会適応が良いこと
    • ワーキングメモリ機能が十分に回復していること
    • 睡眠薬や抗不安薬が減量できていること

Aさんの場合は、以前に何度も休職した既往があり、社会適応がいいとは言えない状態でした。さらに睡眠薬も抗不安薬も数種類が投与されており、減薬にはほど遠い状況でした。

 

ワーキングメモリ機能は、記憶力、注意力、遂⾏機能など、「神経認知機能」として知られています。

ワーキングメモリは、抑うつと不安に共通するメカニズムである「思考の反すう」と「思考への囚われ」によって低下します。

また、抗うつ薬でうつ病が寛解した人の40%以上の人に認知機能障害が残っていたとのデータがあります。つまり、抗うつ薬で「神経認知機能」の改善が妨げられてしまうのです。

 

左の図は「適応障害」の診断で、意欲を回復するとされている「選択的ノルアドレナリン再取り込み阻害薬」を投与されていた患者さんの職場復帰準備性評価の結果です。

準備状況と作業能力・業務関連が低得点であるだけでなく、集中力と業務遂行能力など、抗うつ薬によりワーキングメモリ機能の回復が阻害されていることが一目瞭然ですよね。

 

こころの健康クリニック芝大門のリワークプログラムでは「リワーク期間中は主治医変更を原則にしていますが、薬物療法の調整について指示に従っていただける場合は、主治医を変更する必要はありません」としているのは、リワーク中に抗うつ薬や抗不安薬を減薬し、ワーキングメモリ機能や神経認知機能を改善し、職場復帰準備性を高める必要があるからなのです。

 

しかし中には、いろいろな理由をつけて減薬に応じてくださらない主治医もいらっしゃいますし、減薬の仕方をご存じないために離脱症状が出てしまう場合も多いのです。

リワーク期間中は、毎日リワークでの様子を観察出来るので、責任を持って職場復帰準備ができるよう主治医変更をお願いしているのです。

 

さて、Aさんが労災を申請すると言ったことで人事担当者は大慌てでした。

しかしAさんの場合は、業務量と業務内容の軽減、対人関係の困難さの緩和など、環境調整はすでに行われていました。
つまり会社が行う労務管理はきちんとなされていること、そして、Aさんのこれまでの転職歴から考えると、問題は労働環境や病気の症状ということではなく、Aさんの元々の性格や素質、素行の問題と考えられることを人事担当者に伝えました。

 

Aさんは、休職期間満了直前に退職されました。転職されたと聞いています。

数週後、労働基準監督署の担当者が調査に来たそうです。Aさんは過去にも労災申請したことがあるそうですが、その時も認定には至らなかったそうです。

結局、今回も労災は非該当ということになりました。

 

この仮想ケースをふり返ってみると、Dクリニックのリワークから提出された「適切な自己主張も積極性・意欲も満点の評価」への疑問は、Aさんの他罰・他責傾向(いわゆる責任転嫁)であったと考えると納得がいきます。

Dクリニックのリワークでは、Aさんをスタッフが主観的に評価しており、自己主張や意欲の内容についての評価が抜け落ちていたため、このような結末に至ったと考えられるのです。

 

つまり、「元々どんな人だったのか?」という視点を欠いた外来診療やリワークでは、「刻々と変わる環境の要請に応じ、生体側の努力、環境への積極的な働きかけ」という適応能力を身につけることができなかったということです。

 

また「個人的素質あるいは脆弱性」を考慮した対処スキルの指導を欠いたことで、Aさんの「薬が解決してくれる」「3ヶ月リワークに通えば復職できる」という他力本願を助長してしまったのではないか、と考えられます。

 

皆さんが通院されているメンタルクリニックやリワークはどうでしょうか?

 

院長

 

今回が2020年最後のうつ状態からの回復ブログです。2021年から毎週火曜日に、うつ病回復ブログと摂食障害関連ブログを交互にアップしていきます。皆さま、よいお年をお迎えください。

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