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心的外傷的出来事(トラウマ体験)の諸相

[2024.02.05]

一般の人が使う[トラウマ]とは異なり、医学的な意味での【トラウマ(心的外傷的出来事)】は診断基準によって定義されています。

 

心理の領域では、一般的な意味での[トラウマ]を[小文字のトラウマ:trauma]、後者の医学的な意味での【トラウマ】を大【大文字のトラウマ:TRAUMA】と区別することも行われているようです。

 

【トラウマ】は医学的に定義されているにも関わらず、受検の不合格、意に沿わない学校への入学、失恋、既婚者との恋愛、だけでなく、医療保護入院、身体拘束、経管栄養、なども【トラウマ】であると拡大解釈してはばからない医療者もいらっしゃるので、【トラウマ】後遺症(PTSDや複雑性PTSD)の治療を希望される一般の人は困ってしまいますよね。

 

今回は、さまざまな診断基準から【トラウマ】の定義を比較してみましょう。

 

DSM-5:心的外傷後ストレス障害(PTSD)

A.実際にまたは危うく死ぬ、重症を負う、性的暴力を受ける出来事への、以下のいずれか1つ(またはそれ以上)の形による曝露:

(1)心的外傷的出来事を直接体験する。

(2)他人に起こった出来事を直に目撃する。

(3)近親者または親しい友人に起こった外傷的出来事を耳にする。家族または友人が実際に死んだ出来事または危うく死にそうになった出来事の場合、それは暴力的なものまたは偶発的なものでなくてはらなない。

(4)心的外傷的出来事の強い不快感をいだく細部に、繰り返しまたは極端に曝露される体験をする(例:遺体を蒐集する緊急対応要員、児童虐待の細部に繰り返し曝露される警官)。

注:基準A4は、仕事に関するものでない限り、電子媒体、テレビ、映像、または写真による曝露には適用されない。

○基準Aにおける直接体験される心的外傷的出来事には、(これらに限定されてはいないが)兵士または民間人としての参戦、実際の身体的暴行またはその脅威(例・身体への攻撃、強盗、ひったくり、幼児期の身体的虐待)、実際の性的暴力またはその脅威(例:無理強いされた性交、アルコールや薬物で興奮を高めた性交、虐待的な性的接触、身体接触を伴わない性的虐待、性的目的のための人身売買)、誘拐、人質、テロ攻撃、拷問、戦争の捕虜としての監禁、天災または人為災害、重大な自動車事故が含まれる。

○子どもの場合の性暴力となる出来事には、身体的暴力または怪我を伴わない発達的に不適切な性的体験もある。

○生命を脅かす病気または体を衰弱させる医学的疾患は、必ずしも外傷的出来事とはみなされない。外傷的出来事とみなされる医療事故に、突然で破局的な出来事(例:手術中の覚醒、アナフィラキシーショック)がある。

○目撃された出来事には、これらに限定されるわけではないが、重症の怪我またはその脅威、不自然な市、暴行事件における身体的あるいは性的虐待、家庭内暴力、事故、戦争や災害、あるいは自分の子どもの医療上の惨事(例:生命を脅かす出血)がある。

○出来事を耳にするという間接的な曝露は、近親者や親しい人の被害経験で、暴力的かつ偶発的であるもの(例:自然経過による死は該当しない)に限られる。このような出来事は、人に対する激しい暴力、自殺、重大事故、または大怪我を含む。

 

2022年に解説部分が改訂(text revision)されたDSM-5-TRでは、「PTSDの出来事基準(基準A)」では、DSM-5の「重を負う」が「重を負う」に改訳されています。

さらにPTSD発症の契機となりうる性的トラウマ体験として、DSM-5の内容に追加した形で、以下のように具体的に記載されています。

 

強制性交等、アルコール・薬物酩酊下の不同意性交等、他の望まない性的接触、陰部露出、無理やりポルノを見せたり性的画像を撮ったりする、性的画像の望まない拡散、子どもの発達上で不適切な性体験、など。

 

「これは社会的に性的トラウマ体験が多様化している中で、臨床現場でもPTSD診断に該当する外傷的出来事か否かの線引きをしなければならない実情に見合ったものである」との意見があります。(飛鳥井. 心的外傷及びストレス因関連障害. 精神医学 65(10): 1083-1039, 2023)

 

また、「PTSDではないか」「複雑性PTSDではないか」と自己診断される多くの方が、[トラウマ]体験として、心理的虐待やいじめ、あるいは心理的ネグレクトを挙げられるのですが、「心理的虐待」や「心理的ネグレクト」あるいは「身体的ネグレクト」は、診断基準上は【トラウマ(心的外傷的出来事)】には該当しないのです。

 

DSM-5-TRでは、「「いじめ」に関しては、深刻な危害や性暴力の確かな脅威が存在している場合に基準Aの体験(トラウマ(心的外傷的出来事))とみなされることがある、といった限定的な記載となっている」のです。(前掲論文)

 

ICD-11:複雑性PTSD(c-PTSD)

○極めて脅威的または恐怖的な性質の出来事または一連の出来事にさらされること。

○最も一般的には、そこから逃れることが困難または不可能な、長期にわたる反復する出来事である。

○このような出来事には、拷問、強制収容所、奴隷制度、大量虐殺、その他の組織的暴力

○長期にわたる家庭内暴力、幼少期の性的・身体的虐待の繰り返しなどが含まれる。

○これらに限定されるものではない。

 

ICD-11の「複雑性PTSD」では、上記の出来事基準を挙げてあります。

「これらに限定されるものではない」とありますので、具体的な例はDSM-5やDSM-5-TRの参照する必要がありそうですが、やはり「心理的虐待」や「ネグレクト(身体的・心理的)」、はトラウマ体験には該当しません。

 

ベッセル・ヴァン・デア・コーク:発達性トラウマ障害

A.曝露:児童または少年が児童期または少年期初期以降、最低一年にわたって、以下のような逆境的出来事を、複数または長期間、経験または目撃した場合。

A1.対人的な暴力の反復的で過酷な出来事の直接の体験または目撃、および、

A2.主要な養育者の再三の変更、主要な養育者からの再三の分離、あるいは、過酷で執拗な情緒的虐待への曝露の結果としての保護的養育の重大な妨害。

 

「PTSD」や「複雑性PTSD」と異なり、「発達性トラウマ障害」では、対人的な暴力(身体的虐待)に加えて、面前DVとネグレクト(育児放棄)による養育者からの分離、が出来事基準として挙げられています。

「心理的虐待」や「心理的ネグレクト」は、保護的養育の重大な妨害(育児放棄)がない限り、「発達性トラウマ障害」でも出来事基準には該当しないようです。

 

また、自閉スペクトラム特性(AS特性)や注意欠如多動特性(ADH特性)があると、発達障害的特性による逸脱行為やコミュニケーションの不良によるストレスのため、幼少期から虐待的な養育による矯正を受けやすいと言われています。

 

さらに、加害的な養育者にも発達障害特性があることから、先天的な発達障害特性と虐待後遺症である「発達性トラウマ障害」との鑑別は非常に難しくなります。

 

「発達性トラウマ障害」では、年代によって主となる症状が異なってくることが、発達障害特性との鑑別になるかもしれませんね。

 

院長

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