複雑性PTSDと発達性トラウマ障害の併存症
幼少期の身体的虐待あるいは性的虐待などによる後遺症で、「PTSD三徴(再体験・回避・過覚醒)」と、「感情調節の障害・否定的な自己概念・対人関係の障害」を伴い、「個人的・家族的・教育的・社会的・職業的など重要な領域の機能に著しい障害」を生じている状態は、「複雑性PTSD」と診断されます。
「発達性トラウマ障害」では、身体的虐待や家庭内暴力(面前DV)、ネグレクト(育児放棄)や養育者からの再三の分離の後遺症として、「不全型のPTSD症状」とともに、「感情や情緒の調節障害(感情爆発、情緒的不安定さ、感情の安定化困難)」、「自己に対する否定的なイメージ」、「対人関係における調節困難(他者への基本的不全感、他者への反抗や攻撃性・暴力)」がみられ、一部、「複雑性PTSD」と重なる部分もあります。(『発達性トラウマ障害』参照)
複雑性PTSDと発達性トラウマ障害の発達障害特性
「発達性トラウマ障害」では上記に加えて、「注意欠如多動症(ADHD)」の多動・衝動型に似た「注意を含む行動の調節障害」、および、「境界性パーソナリティ障害」に類似した「自己慰撫のための不適切な行為」「習慣性・反応性の自傷行為」が診断基準に挙げられています。
さらに「発達性トラウマ障害」では、「自閉スペクトラム症(ASD)」様の「身体的機能の調節障害(睡眠や摂食、排泄、感覚過敏と鈍麻、行動移行の混乱)」や、「知的能力障害/知的発達症」に似た「感情・情緒・身体感覚の認識や言語化困難、共感的興奮の調節の問題」、なども見られることが特徴とされています。
精神発達を構造的にみれば、関係性の発達(X)、認識の発達(Y)、自己制御の発達(Z)の三つの軸からなっている。
「生物学的な個体」としてこの社会に生み落とされた子どもが、人と関係する力を培い(X)、世界を意味(概念)によって認識し(Y)、注意や欲求を状況や規範に応じて自己制御する力を伸ばし(Z)、それによって「社会的な個人」へと育つプロセスが精神発達なのである。
発達障害が基本的に「自閉症スペクトラム(関係の障害)」「知的障害(認識の障害)」「ADHD(自己制御の障害)」のかたちをとるのは、偶然ではなく、発達がこの三軸構造をなしていることの反映であろう。
滝川. 一次障害と二次障害をどう考えるか. そだちの科学(35); 2-6. 2020.
つまり「発達性トラウマ障害」は、不全型PTSD症状とともに、さまざまな神経発達の問題を抱えた病態ということができるようです。
対して「複雑性PTSD」の子どもや青年でも、「同年齢の子どもや青年よりも認知的な困難(例えば、注意力、計画性、整理整頓の問題)を示す可能性が高く、その結果、学業や職業上の機能に支障をきたす可能性がある」と「認知機能の問題」も指摘されています。
また「複雑性PTSD」でも、「注意欠如多動症(ADHD)」に似た「注意を含む行動の調節障害」、および、「知的能力障害/知的発達症」に似た「感情・情緒・身体感覚の認識や言語化困難」、「境界性パーソナリティ障害」に類似した「自己慰撫のための不適切な行為」「習慣性・反応性の自傷行為」なども見られることが知られています。
小児では、情緒調節の広範な問題や人間関係を持続させることの持続的な困難が、退行、無謀な行動、自己または他者に対する攻撃的行動、仲間との関係の困難として現れることがある。
さらに、感情調節の問題は、解離、感情体験や感情表現の抑制、肯定的な感情を含む感情を誘発しうる状況や経験の回避として現れることがある。
青年期には、薬物使用、危険な行動(例えば、危険な性行為、危険な運転、自殺を伴わない自傷行為)、攻撃的行動が、情動調節障害や対人関係の困難の問題の表れとして特に顕著に現れることがある。
ICD-11 platform. 6B41 Complex post traumatic stress disorder.
このような「注意欠如多動症(ADHD)」や「境界性パーソナリティ障害」、あるいは「知的能力障害/知的発達症」や「自閉スペクトラム症(ASD)」に類似した症状から、「複雑性PTSD」や「発達性トラウマ障害」は、他のさまざまな疾患のようにみえることがあります。
複雑性PTSDの子どもや青年は、うつ病性障害、摂食障害、睡眠・覚醒障害、注意欠如多動性障害、反抗挑戦性障害、行為・反社会性障害、分離不安障害と一致した症状を訴えることが多い。
外傷体験と症状の発症の関係は、鑑別診断を確立するのに有用である。同時に、極度のストレス体験やトラウマとなる体験の後に他の精神障害が発症することもある。
症状が複雑性PTSDで十分に説明できず、各障害の診断要件がすべて満たされている場合にのみ、追加の併発診断を行うべきである。
ICD-11 platform. 6B41 Complex post traumatic stress disorder.
「注意欠如多動症(ADHD)」から、「反抗挑戦性障害(ODD)」、「行為障害(CD)」から「反社会性パーソナリティ障害(ASD)」に至る「DBDマーチ(破壊的行動障害マーチ)」が知られています。
また、「注意欠如多動症(ADHD)」や「境界性パーソナリティ障害」、あるいは「自閉スペクトラム症(ASD)」に伴う気分変動は、双極性障害との鑑別診断が必須とされています。
複雑性PTSDと発達性トラウマ障害の薬物療法
歴史的に、C-PTSD(註:複雑性PTSD)は精神保健の専門家にさえも十分に理解されてきませんでした。
そのため、小児期トラウマを持つ多くの人々が誤診されています。
とくに、合わない薬を処方されたり、別の治療介入がなされたりするといった誤診が下されることは、メンタルヘルスの適切なケアの妨げになります。
たとえば、情動の調節不全があると、ある場面では不安になったり、別の場面では落ち込んだりします。このとき、治療者が患者のトラウマ歴を理解していなければ、こうした「気分の波」は双極性障害の症状と誤解するかもしれません。
シュワルツ『複雑性PTSDの理解と回復』金剛出版
上記引用にある「合わない薬を処方される」ことは、特にうつ病性障害や睡眠覚醒障害に対する抗うつ薬や抗不安薬の問題として浮上してきます。
「著者の臨床経験では、発達障害およびトラウマが基盤にあると考えられる気分障害の症例において、抗うつ薬は躁転を引き起こすので禁忌、また抗不安薬も抑制を外すだけで行動化傾向を促進し、こちらも禁忌である」とされています。(杉山『発達性トラウマ障害と複雑性PTSDの治療』誠信書房)
日本トラウマティック・ストレス学会の「PTSDの薬物療法ガイドライン」でも、「ベンゾジアゼピン系抗不安薬は即効性の抗不安作用は認めるものの、PTSD の中核症状には無効である。また、薬剤性健忘や依存を形成しやすいため、長期連用は推奨されない」、あるいは、「PTSD ではベンゾジアゼピン系抗不安薬(睡眠薬、抗不安薬)に対して中核症状への効果がない上、心理的依存を生じやすく、多くのガイドラインで推奨されていない」と、トラウマ関連障害には抗不安薬は禁忌であることが明確に記載されています。
このようなガイドラインがある一方で、日本トラウマティック・ストレス学会は、漫然と抗不安薬が使用されていたケースもあったと報告しています。
「複雑性PTSD」や「発達性トラウマ障害」などのトラウマ関連障害に対する抗うつ薬と抗不安薬の不適切な投与については、上記の本でも言及されていました。
プロザック(フルオキセチン、日本未承認)、ゾロフト(セルトラリン)、パキシル(パロキセチン)といった選択的セロトニン再取り込み阻害薬(SSRIs)は、一般的に抗うつ薬として用いられますが、トラウマにも使用されます。
怒り、イライラ、抑うつなどの過覚醒や気分症状をやわらげるのに効果があります。しかし、再体験症状や解離症状をコントロールするにはあまり効果がありません。
(中略)
バリウム(ジアゼパム)、ザナックス(アルプラゾラム)、アチバン(ロラゼパム)、クロノピン(クロナゼパム)といったベンゾジアゼピン系の薬は、通常、不安、睡眠障害、身体的疼痛の軽減に即効性があるために処方されます。
これらの薬は依存性が高く、回復にかかるプロセスを長引かせてしまうことから、2012年にPTSDには有害であるとされました。
実際、これらの薬を長期間服用すると、不安やイライラ、睡眠障害が悪化します。また、自律神経系を抑止し、解離症状のリスクを増大させます。
シュワルツ『複雑性PTSDの理解と回復』金剛出版
「複雑性PTSD」や「発達性トラウマ障害」の治療の前に、今回のブログで書いたような精緻な診断が必要であり、また抗うつ薬や抗不安薬を使用しない治療が必要不可欠ですから、トラウマ関連障害の治療を専門に行っている医療機関以外での治療は難しいのかもしれませんね。
院長