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低栄養状態と摂食障害の思考障害

[2019.01.07]

年末年始で体重が増えてしまったから、ダイエットしよう!と考えている人も多いのではないでしょうか。

2012年の「思春期青年期の健康誌Journal of Adolescent Health」に、ダイエットした女子学生とダイエットしなかった女子学生の10年間の体重経過についての論文が掲載されていました。(Neumark-Sztainer Dら、2012)

 

この論文では、ダイエットした女子学生はBMIが5.19増え、ダイエットしなかった女子学生はBMIは0.15しか増えなかったと報告されています。

つまり、食事を抜いたり、食べるものを制限したりする非健康的なダイエットは、栄養不足を引き起こすだけでなく、逆に体重を増やすことが示されているのです。

 

栄養不足の副作用については長く研究されてきており、摂食障害の有害な影響ははっきりと証明されています。食事制限や代償行為により栄養面で身体に負荷を与えれば、深刻な身体的、精神的影響が出るのです。

過食症の医学的な合併症については本章の後部で説明しますが、ここでは、脳を飢餓状態にすると心理学的問題(誤った方向に思考が導かれることも含まれる)の原因にもなると述べるに留めておきましょう。

そもそも、そうでもなければ、減量中の人が過食や代償行為を試すことがよい考えであるなどと、どうして考えるでしょうか?

ホール&コーン『過食症:食べても食べても食べたくて』星和書店

 

ダイエットにともなう飢餓状態(低栄養状態)は、脳機能に深刻な影響を及ぼすします。

「食事を抜けば太らない」とか「吐けば太らない」という何の根拠もない思いつきを、あたかも現実のように思い込んでしまう「思考障害」を引き起こすのです。

それだけでなく、「痩せているのでなければ太っている」とか「デザートを食べてから嘔吐したから、一生このままなんだ」などの摂食障害特有の思考パターンや、「太っているような気がする」という考えを「私は太っている」という現実と混同してしまうなど、心の中のイメージや考えと現実を分けて考えることが難しくなってしまうのです。

 

食物は身体と脳にとっての燃料になります。

燃料の入っていない身体にはエネルギーがなく、免疫機能は損なわれますし、栄養不良の脳では明晰な思考、よい判断ができず、幸せなことを考えることもできなくなります。

ホール&コーン『過食症:食べても食べても食べたくて』星和書店

 

考えてみると当然のことですが、「体重や体型、食べてしまったものと食べてはいけないもので頭がいっぱいになっている」状態は、明晰な状態ではありませんよね。

しかし、乱れた食行動(摂食障害症状)で悩む女性たちのほとんどは、空腹時の高揚感や活動量の増加(食物探索行動)を明晰な状態と錯覚してしまうのです。

このような低栄養状態の有害な思考パターンにはまり込んでしまっていると、安心できるどころか、別の考え方をしてみることすら困難になります。

「安心できると食べられるようになる」と書いてある本もありますが、安心できるようになるためには、まず食べることで飢餓状態(低栄養状態)を改善すること、つまり身体の安定が必要なのです。

 

普通の食べ方をしている人にとっては、食べ物は単なる食べ物です。人生の中で欠けているものの代用品ではなく、感情を満たすための方法でもありません。」という基本を取り戻すことが最優先すべきことなのです。

三田こころの健康クリニック新宿の摂食障害/対人関係療法の専門外来では、ガイドラインにもとづき日本人の平均BMIを20と考えて、BMI:16以上を外来通院での精神療法が可能なレベルとしています。
(体重30kgを外来治療の下限としている医療機関もあるようですが、患者さんによって30kgは命にかかわる数字でもあるので注意してください!)

 

自分の心や考え方が否定的であることに気づいていなかったばかりか、その理由(私の育てられ方、外見に対する社会からの要求、過食嘔吐による自己嫌悪、そして、長年の過食症で脳が栄養不足であったという重大な事実)もわからずにいました。

ホール&コーン『過食症:食べても食べても食べたくて』星和書店

 

過食症(食べ吐き)や過食性障害(むちゃ食い)には、抑うつ状態(心や考え方が否定的であること)の合併が高いことが知られています。

抑うつ状態が摂食障害の発症の引き金になったのか、あるいは、摂食障害が発症した結果、抑うつ状態になったのか、の区別はかなり難しく、詳細な問診が必要です。

しかし、食べ吐きやむちゃ食いを主訴に、心療内科や精神科のメンタルクリニックを受診すると、ほとんどの場合、「うつ状態」「うつ病」と診断されて、抗うつ薬や抗不安薬が処方されます。

 

過食症患者さんの多くが同時にうつを体験しますが、うつ状態になると、何もかもが否定的に感じられます。

そのように感じること自体は、本人にとっては本当の体験で、尊重されるべきですが、同時にその状態は、ある薬や、栄養素の欠陥によって引き起こされているかもしれません。

そして、否定的な感情、うつ状態が、摂食障害の原因となったのか、それとも結果として生じているのか、それを見極めることは容易ではないのです。

ホール&コーン『過食症:食べても食べても食べたくて』星和書店

 

このブログをお読みになっているほとんどの人が、ネットでいろんな人の摂食障害体験記もお読みになっていると思いますが、「薬物療法で摂食障害から回復できた」という記事を読んだことはありますか?

たしかにアメリカでは、フルオキセチン(商品名:プロザック)が一部の過食症の患者さんに有効であることが知られています。

しかしながら、夢の薬として登場したプロザックでさえ、服用中は過食衝動は多少落ち着くものの、服薬をやめると過食衝動が再燃することが知られているのです。つまり、薬物療法は摂食障害の根本的な治療ではなく、個人精神療法を補完するための補助的な治療という位置づけなのです。

 

薬物療法を最も強く支持している専門家たちでさえ、薬だけの治療を推奨することはありません。
過食症行動の根本にある、感情的問題やスピリチュアルな問題を完全に解決できる「魔法の薬」はないのです。
治療薬は複数の分野にわたる治療アプローチの一部であるべきだと考えます。

ホール&コーン『過食症:食べても食べても食べたくて』星和書店

 

残念なことに、日本では「薬だけの治療」しか行われていません。

このブログでも『過食症:食べても食べても食べたくて』の「摂食障害を治療してくれる専門家はどのように選べばいいのでしょうか?」や「専門家による治療」から引用して、摂食障害から回復するための根本的な治療について紹介していきますので、楽しみにしていてくださいね。
(『摂食障害から回復するためにはどのような治療者を選べばいいのか』も参照してくださいね)

 

院長

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