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摂食障害(エド)との関係をメンタライズする

[2019.07.16]

前回『摂食障害(エド)との対人関係』で、アンナ・フロイト・センターの「メンタライゼーションに基づく治療(MBT)」の基礎トレーニングを終了したことに触れました。

 

2019年の国際対人関係療法学会で、アンナ・フロイト・センターのロズリン・ロウ先生が、対人関係療法にメンタライゼーションの技法を取り入れることで対人関係療法の効果を強化することに関心のある治療者向けのワークショップを開かれます("Mentalizing – Giving IPT an Evolutionary Advantage")

 

国際対人関係療法学会は、2017年にアタッチメントの考え方を取り入れたり、今年はメンタライゼーションを取り入れたりと、適応的に進化し続けていますよね。

 

このブログでも時々、メンタライジングとかメンタライゼーションという言葉を使ってきました。
耳慣れない言葉なので、何のことだろう?と疑問を持っていらっしゃる方も多いかもしれませんね。

簡単にいうと、メンタライジングあるいはメンタライゼーションとは

    • 自分や他者のこころの状態に思いを馳せること
    • 自分や他者の取る言動をその人のこころの状態と関連づけて考えること

ということです。池田「メンタライゼーションとは何か」こころの科学 204: 2-8, 2019

 

先ほどの例に戻れば、眉間にしわを寄せた彼女の表情、メモをじっと見つめる彼女の姿勢、周囲をキョロキョロと見回している彼女の動き、こうした彼女の表面上の様子から「道がわからなくて困っている」という彼女の心の状態を推測し、なぜそのような行動を取っているのかという彼女の内的状態(この場合は、動機や願望)を理解しようとする能力といえる。

池田暁史「メンタライゼーションとは何か」こころの科学 204: 2-8, 2019

 

ところが、このメンタライジング能力は常に変動し、また関係の距離が近くなればなるほど、メンタライゼーションにブレーキがかかってしまうのです。

ですから、対人関係療法で「重要な他者」との関係に焦点を当てるのは、メンタライジング能力を高め、同時に、情動調整能力を高めるという一面もあるのです。

 

関係性が近くなるほどメンタライジングが制止することを、ジェニーさんは「暴力を振るわれている女性が夫と別れることを恐れている」と表現しています。

 

私は、この本の中で、摂食障害から分離することに対して「離婚」という言葉を使いました。というのも、面接の中で、摂食障害との関係は、婚姻関係の中で虐待されている女性、夫からコントロールされ、ときには暴力を振るわれている関係と似ていると習ったからです。

暴力を振るわれている女性が夫と別れることを恐れているように、摂食障害に罹患している多くの女性も、病気から良くなることを恐れているのです。彼女らが知っている世界というのは、その病気の状態だけ、ということも多々あります。

多くの虐待されている女性が、殴られたアザを隠すように、摂食障害に罹っている女性たちも、家族や友人から病気と闘っていることを隠そうとします。

妻たちは、虐待している夫と別れることを決断したときに初めて、その関係からの癒しが始まると言われています。そして、摂食障害に関してもまったく同じで、別れる決意をしたときから、人生における自由を手に入れることができるのです。

シェーファー、ルートレッジ『私はこうして摂食障害(拒食・過食)から回復した』星和書店

 

ジェニーさんは自分の摂食障害に「エド」と名前をつけ、虐待してくるエドと離婚することを望みながら、一方ではエドから離れることを恐れているという、アンビバレントな思いを抱いていました。

 

ある程度の関係の距離感があれば、「自分と相手は別の人間なのだから、思考パターンも違うし、物事の受け止め方も違うから、協同するには擦り合わせが必要になる」というメンタライジング(当たり前の配慮)が生じます。

しかし関係が近くなると、自動的に、相手には「自分のことをわかって欲しい」と期待してしまい、「なんでわかってくれないんだ!」と、当たり前に行っていたメンタライジングができなくなってしまうのです。

 

関係の距離が近いと自分自身と相手の心理状態をメンタライズすることが難しくなるため、期待のずれ(アンビバレンツ)が生じます。
つまり、摂食障害(エド)との関係は「役割期待の不一致(不和)」です。

そう考えると、対人関係療法で「対人関係上の役割をめぐる不和」をあつかう時と同じように、摂食障害との関係にとり組み、自分自身と摂食障害(エド)の期待のずれを解消していくことが治療の方向性になりますよね。

摂食障害(エド)との関係を対人関係としてあつかう治療のすすめ方にすごくマッチしているのが、摂食障害の部分と健康な部分の対話を勧める『摂食障害から回復するための8つの秘訣』なのです。

 

心理面接の中で、摂食障害から回復するということは、摂食障害を取り除くことではなくて、摂食障害との付き合い方を変えること、と習いました。
私とエドとの関係も、離婚した夫婦の関係が変わるように、この別離の過程の中で完全に変わりました。

エドとの関係を変えるために、私は、自分の足で立ち、私自身をエドから離して考えることを学びました。
自分自身の意見を持つことができるようになると同時に、エドの意見に同意しないということができるようになりました。

そして、食べ物に関する強迫的な考えも体型についての否定的な考えも、実は私自身のものではなく、エドのものだったということがわかるようになりました。
今では、回復とは、本当の私自身の存在を強化することだと思っています。

シェーファー、ルートレッジ『私はこうして摂食障害(拒食・過食)から回復した』星和書店

 

ジェニーさんも、「摂食障害(エド)との付き合い方を変える」ことにとり組まれました。

 

関係を変えるということは、相手を強制的に、一時的に従わせることではありません。

摂食障害から回復するための8つの秘訣』で、健康な部分と摂食障害の部分との対話にとり組んでもらうときに、「摂食障害の部分を説得しないように!」とアドバイスしているのがそれに当たります。

関係を変えていくためには、自分自身の内的な構造変化を生み出す必要があるのです。
このプロセスを補強してくれるのがメンタライゼーションです。

 

ジェニーさんも説明しているように、まず、摂食障害(エド)との関係をメンタライズし(私自身をエドから離して考える)、健康な部分を強化して(自分自身の意見を持つ)、そして、エドの意見に同意しない、というプロセスが必要です。

この内省的なプロセスによって、愛着(アタッチメント)の土台となる「内的作業モデル」が変化していきます。
つまり、自己表象と対象表象との間で交わされる内的な相互作用に適応的な変化を起こしていくことが、対人関係療法で「自分自身との関係を改善する」と呼ぶプロセスなのです。

 

院長

 

補遺 1

摂食障害から回復するための8つの秘訣ワークブック』が発売されました。

この本を訳してくださった安田さんは、「あえて認知療法とか対人関係療法という言葉は使っていませんが、でも、このワークブックの内容こそが今の摂食障害治療に有効な治療方法なのです!!」と、このワークブックは摂食障害に必要な治療法を網羅してくれていると説明されています。

こころの健康クリニック芝大門でも、対人関係療法の効果を補強するために、以前から『摂食障害から回復するための8つの秘訣』を併用してきました。このワークブック版は過食症から回復するためのさらなる取り組み方を期待できるところですね。

8つの秘訣』の読み込みと合わせて取り組むことで、一人でも多くの人が「乱れた食行動」から回復する道のりを進んで行かれることを願っています。

 

補遺2

摂食障害を乗り越えて』というブログを書かれていたTamikoさんが、次のステージに進むために摂食障害からの卒業宣言をされました。
価値にそった生き方(ライフ・ゴール)を選択された彼女の人生が満ち足りたものでありますように!!

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