習慣化した過食行動からの回復と行動変容
摂食障害(拒食症・過食症)の「強迫性」に関して、「セット・シフティングの障害」と「セントラル・コヒアランスの脆弱性」があることが指摘されています。
「セット・シフティング」とは、状況に応じて考えや行動を変化させる能力を指し、認知の柔軟性と関連していると言われます。
一方、「セントラル・コヒアランス」は、情報を整理し全体を統合する能力のことです。
摂食障害の「セット・シフティングの障害」は、強迫性、頑なさ、完璧主義などの性格傾向と関連し、自分で決めたルールへの固執、変化への抵抗など、型にはまった行動への固執という問題として表現され、「セット・シフティングの障害」は、細部へのこだわりとして体重や体型への過度の注目として表れます。
こだわりとして表現される「セット・シフティングの障害」は、たとえば過食(むちゃ食い)や過食嘔吐、あるいは大量の水分摂取と自己誘発嘔吐やチューイング(噛み吐き)などの過食症症状を引き起こします。
これらの過食症症状にともなう飢餓によって脳機能が低下し、情報を整理し全体を統合する能力である「セントラル・コヒアランス」はさらに低下します。
「セントラル・コヒアランス」の低下により、ますます「セット・シフティングの障害」が強くなるのです
この悪循環によって「乱れた食行動」が習慣化し、パターン化した行動を継続するようになると考えられています。
リンジーさんの体験談を読んでみましょう。
それでも私は、とっても深いレベルでは、今回に限っては自分が正しいことをしていると感じていましたし、多くのプレッシャーにもかかわらず、気分が改善し始めました。
信じがたいことに、リーと一緒に住み始めた最初の数週間は過食症も姿を消しました。日常生活の急変は素晴らしく、毎日が健康的で新鮮に感じられました。これこそ、私がずっと望んでいた、魔法の、即席の治癒のように思えました。
ホール&コーン『過食症:食べても食べても食べたくて』星和書店
リンジーさんはリーさんと一緒に住み始めたことによって、過食嘔吐という「報酬刺激を求める強迫性」が一時的に緩和されたようです。
しかしこの状態が「魔法の、即席の治癒のように思え」たのは、リンジーさんが長年苦しんだ過食嘔吐もそうですが、「報酬」だけに価値を見出す「報酬感受性の亢進(早く報酬を得られるならば少なくてもかまわない)」が関与しているようです。
このような「報酬感受性の亢進」は、願望や感情は心理的な動きとして認識されず、行動として表出されます。
この状態は、メンタライジング・アプローチでは「目的論的モード」と呼ばれます。
「目的論的モード」ではその行動を引き起こした心理状態は、行動のあとに間接的に推測されるにとどまります。それが「魔法の、即席の治癒のように思え」たわけです。
けれども、日々の生活が落ち着いてくると、新たに見出された私の力も衰えだしました。
(中略)
過食症なしでは、私は何者なのでしょう?
自分が本当に正しいことをしているのか、自分の心がわかっているのか、疑問を持ち始めました。
結局のところ、私は九年もの間、何か狂気じみたことをしているとよくよく知りながら、食べては吐いていたのです。たぶん、私はまだ正気ではなかったのでしょう!
ホール&コーン『過食症:食べても食べても食べたくて』星和書店
「多くのプレッシャーにもかかわらず、気分が改善し始め」たリンジーさんは、「日々の生活が落ち着いてくると」最初の数週間は姿を消した過食嘔吐が再び舞い戻ってきたのです!
過食嘔吐が再発したとき、リンジーさんは「過食症なしでは、私は何者なのか」「自分が本当に正しいことをしているのか」「自分の心がわかっているのか」など、さまざまな疑念を自分に問いかけながらも、「食べては吐く」という習慣に戻ってしまいました。
この頃のリンジーさんには、「抑制機能」と「意志決定能力」の障害が表れていたようです。
「抑制機能」の障害は、過食嘔吐を意図的に抑制する能力のことで、「認知抑制(頭の中に浮かんでくる関係のない刺激を排除する能力)」と、過食嘔吐という不適切な反応を抑制する「行動抑制」の2つの能力を指します。
過食嘔吐を伴う神経性過食症やむちゃ食いを伴う過食性障害では、「脱抑制(抑制が利かない)」が特徴とされています。
また「意志決定能力」は刺激の評価、行動の選択と遂行、衝動制御、結果の予測など多くの処理過程から構成されています。
神経性過食症では、体重減少を望みながらも過食を続ける行為は、目標と行動における不一致であり、「性急自動衝動性の亢進(状況判断なしにすぐに行動してしまう)」と「報酬感受性の亢進(早く報酬を得られるならば少なくてもかまわない)」の「衝動性」と関連しています。
これらの「抑制機能」と「意志決定能力」の障害は、意志が強いか弱いかの問題ではありません。つまり、過食嘔吐をガマンできるかどうかとはまったく関係がないのです。
過食嘔吐による飢餓で脳機能が低下し、情報を整理し全体を統合する能力である「セントラル・コヒアランス」の障害の結果、「抑制機能」と「意志決定能力」の障害が引き起こされたのです。
かつては、最後のはずの過食の後で、「明日」こそはよくなると期待していました。けれども、今回は明確な段階を踏まなければならないと考えました。
私は二つのことを決意したのです。
リーにすべての過食を伝えることで、完全に正直になるということと、回復のためには何でもする——必要であれば入院さえする——ということでした。(中略)
頼れるガイドラインがなかったので、私たちはあらゆる方向から考えて、対処方法をひねり出していきました。
私は一日に二回の瞑想を始めて、日記を書くことに再度本気で取り組み始めました。
自分の考えていることと言っていることを常時見つめて、よりよい気分を確立しようとし、ネガティブな「セルフトーク」はポジティブなものへと意識的に表現し直しました。ホール&コーン『過食症:食べても食べても食べたくて』星和書店
リンジーさんは「今の状態を変えたいと認識しており、実際に行動して、計画を立て、異なるやり方を試している」「実行期」に移行したようです。
リンジーさんは「完全に正直になるということ」「回復のためには何でもする」と、自分の心と向き合うことを決心し、マーリン医師から勧められていた「率直に発言する、感情を正直に認める、毎日書き留める」を実行し始めたのです。
なかでも「自分の考えていることと言っていることを常時見つめ」る「セルフ・モニタリング」で、「ネガティブな内語(自己内対話)の仕方を変えていくこと」に取り組み始めました。
「ネガティブな内語(自己内対話)の仕方を変えていくこと」は、『摂食障害から回復するための8つの秘訣』では、「摂食障害の部分と健康な部分を対話させよう(p.66)」と「自分の思考や歪んだ考え方に抵抗してみよう(p.129)」の練習と同じですね。
三田こころの健康クリニックで行っている対人関係療法でも、「自分との関係を改善する」取り組みで「摂食障害の部分と健康な部分を一つに統合する(p.71)」の練習から始めますよね。
これから治療を受けようと考えていらっしゃる方も、現在治療を受けられている方も、「自分との向き合い方」は過食嘔吐やむちゃ食いから回復するための必須のプロセスですから、よく練習しておいてくださいね。
また、重要な他者とのコミュニケーションに焦点を当てる従来の対人関係療法のやり方で過食や過食嘔吐から抜け出せなかった方も、「自分との関係」「摂食障害特有の思考とのつきあい方」に焦点を当てる対人関係療法が助けになりますので、三田こころの健康クリニックに相談してみてくださいね。
院長