不安定な愛着スタイルと境界性パーソナリティ障害
「複雑性PTSD」と「境界性パーソナリティ障害」は、オーバーラップしやすい症状を含んでいます。
クロワトルらは、子ども期虐待歴のある女性のPTSD関連症状を解析し、「境界性パーソナリティ障害群」は「複雑性PTSD群」と共通する「自己組織化の障害(DSO)」だけでなく、「見捨てられまいとする尋常ならざる労力」「理想化と脱価値化の間を揺れ動く不安定で激しい対人関係」「著しくかつ持続する不安定な自己感覚・イメージ」「衝動性」が特徴として認められた、と報告しています。(飛鳥井「複雑性PTSDの概念・診断・治療」in 原田・編『複雑性PTSDの臨床』金剛出版)
アレンは、「境界性パーソナリティ障害(BPD)」では、PTSD、解離症状、抑うつ、全般性不安、物質濫用、健康不良、摂食障害、非自殺性自傷、自殺企図などが認められるものの、「境界性パーソナリティ障害(BPD)」における中核的問題は、①アイデンティティ混乱、②安心の乏しさおよび見捨てられることへの敏感さを特徴とする不安定な密着関係、③激しい情動的反応性、④衝動的な自己毀損行動、を含んでいる、としています。(J.G.アレン『愛着関係とメンタライジングによるトラウマ治療』北大路書房)
セリさんは、自分の症状が「強迫性障害」だけではなく、「境界性パーソナリティ障害」もあるのではないか?と思い始めたようです。
私は、その頃、自分なりにインターネットで自分の症状を調べていた。その中のひとつに「境界性パーソナリティ障害」という病気があった。
この病気は、感情のコントロールがうまくできず、極端に不安定になるとともに、次のような症状がみられるのだという。
○感情を爆発させやすい
○慢性的な空虚感がある
○自己否定感が激しい
○気分が物事に簡単に左右されてしまう
○衝動的に飲酒、セックス、買い物などをしやすい
○他者を良い・悪いの両極端で評価し、評価自体も簡単に反転してしまう
○リストカットなどの自傷行為をする
○自殺をほのめかす
すると、人間関係にトラブルが絶えなくなり、家庭や仕事面でも深刻な問題が生じやすくなる。私はまさにそれだった。
咲・咲生『「死にたい」の根っこには自己否定感がありました。——妻と夫、この世界を生きてゆく』ミネルヴァ書房
セリさんは、怒りっぽい父親と寡黙な母親との間で、十分な情動調律が行われないまま成長し、父親から自分に向けられた否定の言葉を内在化してしまいました。
父が怒鳴り出すと、どれだけ理不尽なことだったとしても、母は回のように口を閉ざして嵐が過ぎ去るのを待つか、泣いて謝った。そうすることが、父の怒りが少しでも早く通り過ぎるすべだと、母は思っていたのだろう。
だけど私にとっては、かばってもらえないということは、父の罵声を「正しい」と認めることと同じだった。
(中略)
人格を否定されるような言葉を投げかけられるたび、胸がちぎれるほど傷ついたけれど、そのうちに、私は自分自身を責めるようになった。
「悲しむ資格はわたしにはない。できない私が悪いんだ」。
咲・咲生『「死にたい」の根っこには自己否定感がありました。——妻と夫、この世界を生きてゆく』ミネルヴァ書房
情動調律の不全、つまり「子どもをBPDに陥りやすくさせる中心的要因は、心理状態に関する筋の通った語り合いを減退させる家族環境なのです」(強調は原著)とアレンは述べています。
また、境界性パーソナリティ障害(BPD)の症状と関連する家庭環境について、以下の項目が挙げられています。
BPD症状と関連していたのは、①愛着の無秩序(12〜18か月)、②不適切な養育(12〜18か月)、③母親の敵意と境界侵犯問題(42か月)、④父親がいることに関連する家族崩壊(12〜64か月)、⑤家族ライフストレス(3〜42か月)でした。
J.G.アレン『愛着関係とメンタライジングによるトラウマ治療』北大路書房
セリさんの対人関係スタイルをふり返ってみると、『さまざまなアタッチメントスタイルとエナクトメント』でふれたように、「アンビバレント—とらわれ型」とともに「無秩序—恐れ型」の愛着スタイルが活性化されていたのではないかと考えられます。
情動的苦痛に直面し、慰めを必要とする場合、BPDを抱える人は、表面的手がかりを誤認しやすく(例えば、懐疑の表出を、非難と敵意が込められた顰め面とみなすこと)、他者の心の状態に対する解釈を誤りやすくなります(例えば、拒絶として解釈すること)。
情動感染が、正確な理解と効果的なコミュニケーションよりも優位に立ちます。
相互交流におけるそのような不全は、愛着関係において、①拒絶、②波長合わせの誤り、③見捨てられ、を体験したことへの反応として生じる可能性が極めて高いのです。
J.G.アレン『愛着関係とメンタライジングによるトラウマ治療』北大路書房
おそらくセリさんは、父親および母親のメンタライジング不全のために、苦痛が強まった状態で、情動感染(人が他者の情動に影響されてそれと同じ情動を体験したり表出したりする現象)を起こしやすくなっていたようです。
相手に自分の理想の親になって欲しいという「理想化転移」、あるいは、言わなくてもわかってくれて当然という「融合転移」が満たされないと、自己不信および他者不信が強くなります。
さらに、過剰な理想化と過小評価との両極端を揺れ動く特徴をもつ不安定で激しい対人関係や、実際のまたは想像上の見捨てられる体験を避けようとする懸命の努力を繰り返していたようです。
深く付き合うまでは良好な関係を築けていた人でも、仲良くなると、その対人関係は不安定になった。最初は「こんなに気の合う人はいない」と思っているのに、一度でも、意に沿わない言動行動をされると、「そんな人だと思わなかった」と勝手に幻滅し手のひらを返した。
咲・咲生『「死にたい」の根っこには自己否定感がありました。——妻と夫、この世界を生きてゆく』ミネルヴァ書房
相手の言動行動から、相手および自分自身の心の中で起きていることについて推測することができないメンタライジング不全は、「無秩序型愛着」および「不安—アンビヴァレント型愛着」が生じる背景条件であり、どちらも「境界性パーソナリティ障害(BPD)」に結びついてしまうのです。
複雑性PTSD、発達性トラウマ障害など、愛着関連のトラウマや愛着の問題、発達障害との関係についての一般向けの書籍は『発達障がいとトラウマ』を参照してくださいね。
院長