関係の中で自分と向き合うこと
『過食や過食嘔吐の回復に必要なこと』の「行動変容を動機づける5段階」についての解説で、「「熟考期」から「準備期」に移行できるかどうかが過食や過食嘔吐から回復に向かうときの最大の山場になる」と説明しました。
自分自身と向き合って変化を起こそうと決心するとき(準備期)、変化し続けるとき(実行期)には、何度も「熟考期」に戻ってしまったように感じる紆余曲折が待っています。
『摂食障害の謎を解き明かす素敵な物語』と『摂食障害から回復するための8つの秘訣』を読み込むことが怖くてできなかった患者さんたちも、治療者と一緒に少しずつ進んで行くガイド付きセルフ・ヘルプによって、「自分と向き合うこと、自分を知ることが楽しくなってきた」と話されていました。
エドと別れることはとても難しいことで、ときには不可能ではないかと思えました。
私自身を信じ続け、何度も何度も失敗することを恐れずに歩んできました。
転んだり失敗したりしたときには、自分で立ち上がれる強さを自分自身の中に見出す必要がありました。
トムが証明してくれると思いますが、私はこれまでの過程で、本当に何度も何度も失敗してきているのです。
ときには立ち直るまでに何日もかかることもありました。
ここで大切なことは、何日かかろうとも、結局は立ち直ってきたということです。
シェーファー、ルートレッジ『私はこうして摂食障害(拒食・過食)から回復した』星和書店
ジェニーさんは何度も失敗しながらも、転ぶことは何かを学び成長する機会(失敗は学習の道のり)、別のやり方を試してみる変化のチャンスととらえ、立ち直ること、摂食障害から回復することを決して諦めず、変化を起こす「実行期」に留まり続けました。
この継続した取り組みを支えたのは、ジェニーさん自身のモチベーションでもあり、治療者であるルートレッジさんとの関係でした。
「独房の扉が開け放たれても、ときに囚人はとどまる方を選ぶ」と言われるように、変化すること、変化し続けることが、これほどまでに難しく感じられるのはどうしてだと思いますか?
『過食や過食嘔吐の回復に必要なこと』の「変化に向かうときに必要な5つの心の姿勢」で説明したように、わたしたちは「変化できない」という考えを盲信して「変化できるかもしれない」という可能性を閉め出してしまう傾向にあるのです。
わたしたちが変化をためらう最大の理由は、自分自身と向き合ったことがないからではないか、また向き合う方法を知らないからではないか、と言われています。
わたしたちは個的で、唯一無比で、分離独立した自己というものを信じている。
だがあらためてそれらを深く見つめてみると、その自己というものが、際限もなく集められたさまざまなものに支えられてようやく成り立っていることに気づくはずだ。(中略)
これら慣れ親しんだ支えを失ったとき、わたしたちはわたしたち自身に向き合う。
見ず知らずの、ずっと一緒に暮らしてきたのにけっして会いたいと思わなかった気詰まりなよそ者に。わたしたちがあらゆる時間を騒音と雑用——それがどんなに退屈でくだらなくても——で埋め尽くそうとするのは、沈黙の中でこのよそ者と二人きりになるのを避けるためなのだろう。
(中略)
わたしたちは自己の外側を見ることに取りまぎれ、内なる存在へ向かう道をすっかり見失ってしまった。そして、内側を見ることを恐れている。
なぜなら、そこで何に出くわすのか、わたしたちの文化は何も教えてくれなかったからだ。
わたしたちは、内側を見つめたりすると気が変になるのではないかとすら思っている。これは、わたしたちが真の本質を見出すのを邪魔するために、自我がもちいるきわめて巧妙な策略のひとつなのである。
ソギャル・リンポチェ『チベットの生と死の書』講談社+α文庫
わたしたちが自分と向き合うことを避けたい理由は、自分の知らない自分自身、あるいは、向き合いたくないと薄々感じている自分の本質(本当の自分自身)と直面せざるを得ないことを恐れているのです。
上記のジェニーさんも「これまで自分自身であるジェニーに会ったことがない」と感じていましたよね。
対人関係療法でいう両親やパートナーなど「重要な他者」の中で、もっとも重要な他者は「本当の自分自身」と考えることができますよね。
彼ら(註:外傷育ちを生き抜いた人たち)と関わる時、いつも私は心に1つのイメージが湧きます。
マンホールの蓋の上にしゃがみ込んで、ただただその蓋が開いて下から汚水が噴き出してこないようにすることに全体重をかけてなんとか生きている人のイメージです。
彼らはみな、幼少時代からの激しい、未解決の感情を処理することもできないまま、とにかく上から重たい「心の蓋」をして、それが吹き出してこないように、全体重をかけてすべての感情を抑え込んでいるのです。
崔『メンタライゼーションでガイドする外傷育ちの克服』星和書店
自分と向き合い、自分自身との関係を改善していくプロセスで必要になるのが、心の蓋を開けて(メンタライズ)、自分の心の動きを鏡で見るように(ミラーリング)示すことができる治療者の存在です。
治療関係という愛着(アタッチメント)関係をセキュア・ベース(安心基地)として、治療者は、患者さんと一緒に未解決の感情を処理し、止まってしまった心の成熟を、もう一度体験的に育て直す養育者のような役割を担います。
ジェニーさんの場合は、トム・ルートレッジさんという臨床心理士がその役割を担いました。
このように、自分自身との関係と向き合うときには、治療者との二者関係が助けになります。
また一方で、外側の世界との関わり方を改善するときには、自分自身との関係(価値にもとづく行動)が土台になり、そして二者関係・集団との関係を改善していくときには、行動の仕方を変えていくことが必要になります。
関係はこのように入れ子構造になっているのですよ。
院長