適応障害と発達障害特性
3月から4月に、進学、就職、異動、転居など、生活状況の「変化」があった人は、ゴールデンウィークが終わったこの時期から、心身の不調を自覚することがあります。
ゴールデンウィークという10日ほどの連休で4月の過緊張状態が一時的に緩み、荷下ろしのような状態になります。
また、気候が暖かくなって内部代謝が下がってくることも関与して、朝起きられない、気力がわかない、何となく身体が怠い、わけもなく辛い、など、さまざまな不定愁訴を自覚することが多くなります。
このような主訴で医療機関を受診すると、「適応障害」と診断されることが多いようです。(『五月病と適応障害』参照)
『生きづらさと反応性抑うつ状態(適応障害)』で触れたように、「適応障害」は「反応性抑うつ状態」と考えることができます。
つまり、出来事に対する馴化の過程で、適応的あるは不適応的な心理的・行動的な反応が起きている状態です。
『ストレスチェックと「適応障害」の治療の周辺』でみたように、「適応障害」は、活気の低下、イライラ感、疲労感、不安感、抑うつ感、身体愁訴(胃痛、下痢など)の心身の反応(ストレス反応)を主徴とする「特定の症状プロフィールをもたない不均一な臨床像」と言えます。
さらにICD-11で「適応障害」の臨床像は、「ストレス因とその結果にひどくとらわれており、過剰な心配や苦痛な思考、その意味についての反芻的思考がみられる。そうした症状はストレス因の想起刺激によって悪化し、結果として回避が生じる。抑うつ、不安症状や、衝動的な外在化症状、喫煙、飲酒、物質依存などを伴うことがある」とされています。(金. ICD-11におけるストレス関連症群と解離症群の診断動向. 精神神経学雑誌 123: 676-683, 2021)
「適応障害」は、ストレス反応を引き起こした出来事(ストレス因)に対する「主観的な体験の違い」によって発症すると考えられています。
同じ出来事を体験しても、それが個人のストレス因となるか、さらには発病に導くほどの強度をもったストレス因になるかは、その個人の主観的体験による。
上司に同じように叱責されても、何事もなかったかのように受け流せる人もいれば、その叱責を前向きにとらえ姿勢を正す人もおり、また叱責によって大きな苦痛や混乱を感じてしまう人もいて、個人の反応は千差万別である。
平島. 適応障害の診断と治療. 精神神経学雑誌 120: 514-520, 2018
上記の引用に続いて平島先生は、「そのようなことが起こるのはパーソナリティの脆弱さゆえではなく、主観的な体験の差異にあるということも適応障害の診断にとって重要な認識である」と述べていらっしゃいます。
このような「主観的な体験の差違」、つまり「その出来事をどう体験して、どのように意味づけしたのか?」について、生活歴や家族歴などをふり返ることが治療的に作用すると述べられています。
ストレス因と目される出来事や状況に対する主観的な体験を理解する糸口として、それまでの人生のなかで同様の出来事や状況に遭遇した体験の有無を聴き、そのときの対処や心身の状態と現在の状態とを比較し、何がどう異なるのかを話し合うことは有用である。
また,これまでに繰り返し同様のストレス状況に陥っていないかを探ることは、その人の「人生のテーマ」を見出す手がかりとなる。
これらの診断のための試みは、患者自身が適応障害の病状に陥った理由を理解することを促すので,治療的にも作用する。
平島. 適応障害の診断と治療. 精神神経学雑誌 120: 514-520, 2018
このような病歴の聴取によって、「適応障害」を引き起こすような「主観的な体験の差違」の根底には、生まれ持った個人の特性が見えてくることも少なくありません。
多数派は生活上のストレスに関連したうつなのが現状である。これはつまり「広義の適応障害」である。ゆえに、この患者はなぜ適応に失敗したのか?と考えることが重要になる。
発症にストレスが関連していたとしても、同じ学級、同じ職場にいる他の人は適応障害になっていないのに、なぜ彼(彼女)は適応障害になったのであろうか?
「彼はなぜ、クラスで孤立していたのか?」「彼はなぜいじめられたのか?」
「他の人は適応できたのに、彼はなぜ、職場の環境変化に適応できなかったのか?」
「他の人よりもストレスが強くかかったのはなぜか?」「なぜ彼だけ上司に怒られる機会が多かったのか?」
「なぜ彼は仕事のミスが多かったのか?」「他の人は臨機応変に対応したのに、彼はなぜできなかったのか?」
「他の人は空気を読んでずるく立ち回って逃げたのに、彼はなぜできなかったのか?」
「他の人は周囲との対人関係に助けられて状況を乗り切ったのに、彼はなぜ助けてもらえなかったのか?」
「他の人は困ったことがあったらすぐ相談するのに、彼はなぜ相談しようとしなかったのか?」「周囲が助けてあげようとしたのに、なぜ彼は助言を受け入れなかったのか?」
「なぜ助言を拒否し、自分のやり方にこだわったのか?」「彼はなぜ急な状況変化に混乱したのか?」などを考えると、発達障害と診断される程ではないにせよ、発達障害特性をいくらか持っているために、適応障害になってしまったのだと理解できる事例が非常に多い。
そもそも、適応障害のなりやすさは個体差が大きいのであるから、「適応障害になりやすい素因を彼が持っていた」可能性を考えざるを得ず、その素因とは何かと言えば、発達障害特性であることが多いということが容易に想像がつくだろう。
そういう目で見ると、今やクリニックレベルで精神科を受診する患者の半数くらいが、薄い発達障害特性をもっているのではないかと筆者は感じている。
中村、本田、吉川、米田・編『日常診療における成人発達障害の支援:10分間で何ができるか』星和書店
「適応障害」という診断の背景にある「発達障害(神経発達症)特性」は、『ストレスチェックと「適応障害」の治療の周辺』で触れた「③ストレス反応だけが高い人」に相当すると考えられます。
注意しなければならないことは、「適応障害」だから「発達障害(神経発達症)特性」があるというわけではない、ということです。
ASD特性を持つ方々の二次障害について、筆者は、ジェンダー、遺伝的気質、定型発達から非定型発達の濃淡、知的レベルなどの生物学的基盤と、生育環境、日常生活、対人関係、就労環境などの環境因子から人格傾向、自己効力感が醸成され、そこに適応能力やストレスコーピング様式などセルフケアが影響し、不均衡が生じた場合に二次障害に繋がりうると理解している。
出口, 岩﨑. 就労者の精神疾患に神経発達症が及ぼすインパクト─主治医および精神科を専門とする産業医の立場から─. 精神科治療学 37(1): 29-34. 2022
『生きづらさと反応性抑うつ状態(適応障害)』で触れたように、「発達障害(神経発達症)特性」が強く、双極性障害やうつ病などの「内因性精神疾患」や、適応障害やPTSDなどの「心因性精神疾患」をミミック(mimic)した場合、「病像が非典型的なものとなって診断や治療が難しく」なるということなのです。
院長