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複雑性PTSDの語りえないトラウマと解離

[2023.06.05]

入眠困難や中途覚醒、不安や対人恐怖が強くなり、出社困難となった人がメンタルクリニックを受診し、病歴だけでなく症状もあまり聞かれないまま、うつ状態や適応障害の診断で、抗うつ薬や抗不安薬、睡眠薬が処方され、休職されている人がいらっしゃいました。

 

これらの人たちが、こころの健康クリニック芝大門に転院された際に、詳細な病歴聴取やライフイベント尺度で検査をして、症状が出る1〜3カ月ほど前に、事故、あるいは、性被害に遭っていらっしゃったことがわかり、詳細に症状を検討してPTSDと診断して治療方針も変更した人が何人かいらっしゃいます。

 

このように、単回性の外傷性出来事(トラウマ体験)後のPTSDでさえ、現在の精神科臨床では過小診断(見落とし)されてしまうことがあるのです。

 

あるいは、情動不安定にともなう過量服薬やリストカットなどを主訴に医療機関を受診し、幼少期に繰り返された性的虐待や思春期の性被害を聴取されていたにもかかわらず、「特定不能のうつ病性障害」「境界性パーソナリティ障害」と診断され治療を受けていた患者さんが、こころの健康クリニック芝大門に転院して来られました。

 

この方は、「他の特定される解離性障害」をともなう「不全型の複雑性PTSD」、つまり「発達性トラウマ障害」と診断を変更し、治療を行いました。

このように病歴を聴取されているにもかかわらず、「複雑性PTSD」などのトラウマ関連障害と診断されないのも過小診断と考えられます。

 

解離と外傷性出来事(トラウマ体験)

解離が議論された19世紀の時点で、すでに心的外傷と解離との本質的な関係が指摘されていた。

解離性同一性障害の9割前後に過去に外傷体験があり、解離症全体でも、86%の患者に性的虐待の既往があり、79%に身体的虐待の被害者であるというデータもある。

日本では、性的外傷体験の既往が確認されたのは解離症患者の3割だけであり、それに対して6割にいじめ体験、6割に両親の不仲があったとする報告がある。

野間. 現代の解離症理解. 精神療法47(1): 8-12, 2021

 

心的外傷およびストレス因関連障害』の治療を専門にしているこころの健康クリニック芝大門では、「複雑性PTSD」と診断される人の中で、やはり性的虐待を受けた人に解離症の合併が多い印象を受けています。

 

また、明らかな外傷性出来事(トラウマ体験)ではない、日常的なトラウマ(傷つき)体験をした人の中にも解離症を認めることも多く、発達障害特性を持つ人の自己の成立と解離の間にも密接な関係がありそうです。

 

心的外傷体験の既往のある人は、安定した日常生活を送るために、普段は日常生活に没頭し、離人や現実感喪失によって感情が動かないように努めている。

しかし、一旦外傷体験を思い出すと大きく混乱して激越状態に陥り、闘争-逃走反応や過覚醒状態が生じることが知られている。

これら二つの人格状態はそれぞれ、構造的解離理論では、「あたかも正常に見える人格部分(apparently normal part of personality:ANP)」と「情動的な人格部分(emotional part of personality:EP)」と呼ばれる。ANPとEPはそれぞれが閉じられたシステムを形成しており、互いに急にスイッチすることが特徴である。

野間. 現代の解離症理解. 精神療法47(1): 8-12, 2021

 

USPT入門 解離性障害の新しい治療法』の著者の一人である新谷先生は、「あたかも正常に見える人格部分:ANP」を「主人格パート(生活担当人格)」、「情動的な人格部分:EP」を「交代人格パート(トラウマ担当人格)」と説明されます。

 

第二次構造的解離(内在性解離)とフラッシュバック

記憶には、物語記憶と外傷性記憶がある。

物語記憶は、容易に頭の片隅から取り出すことができる。

対して、外傷性記憶は“言葉にならない”ほどのつらさを伴う行動・感情・感覚・記憶のかたまり--Bennett G. Braunはこういったトラウマ題材を、Behavior, Affect, Sensation, Knowledgeの頭文字をとりBASK要素と称した--として冷凍保存される。

(中略)

このこと(註:ANP(主人格パート)とEP(交代人格パート)の分離)は、Pierre Janetが二重感情と名づけた外傷の重層性の問題をも内包する。

新谷, 小栗. 「USPT」 in 『あたらしい日本の心理療法』遠見書房

 

「トラウマ担当人格(交代人格パート):EP」が担っているのが、「外傷性記憶」と呼ばれるものです。外傷性記憶には、その時の思考、感情、身体感覚、行動などが含まれています。

 

「生活担当人格(主人格パート):ANP」で生活しているところに、急に「トラウマ担当人格(交代人格パート):EP」が現れ、冷凍保存されていた外傷性記憶が再活性化された状態が、「フラッシュバック」と呼ばれる「再体験症状」あるいは「侵入症状」です。

 

例えば現時点で上司に叱責されたことがトリガーとなり、「幼年期に親から責められたときの外傷性記憶」など、交代人格パートの引き受け続けてきた冷凍保存カプセルの中身が再活性化される。

その際、外傷記憶は“言葉にならない”ため、記憶データだけでなく感覚や感情まで総動員されたかたちで噴き出してくる。映像を必ずしも伴わない、いわゆる“感情のフラッシュバック”によって、主人格パートは今の苦痛と昔の苦痛、両方を一度に被ってしまう。

新谷, 小栗. 「USPT」 in 『あたらしい日本の心理療法』遠見書房

 

これらの「主人格パート(生活担当人格):ANP」と「交代人格パート(トラウマ担当人格):EP」のが区別されるというのが、オノ・ヴァンデアハートらの「構造的解離理論」です。

 

特に「複雑性PTSD」では、1つの「主人格パート(生活担当人格):ANP」と、複数の「交代人格パート(トラウマ担当人格):EP」が交代で出現するためフラッシュバックの内容が一定しないようです。

そのため「複雑性PTSD」の人は、感情調節の障害や対人関係の障害、あるいは否定的自己概念にもとづく慢性的な抑うつ感などを主訴として、医療機関を受診することが多いようです。

 

一つのANPと一つのEPから成る最も単純な人各分離の構造が、「第一次構造的解離」である。(中略)単純性心的外傷後ストレス障害(PTSD)がその代表である。

幼少期に長時間にわたり慢性的に虐待を経験した場合には、解離構造がより複雑になる。

EPはまず、経験するEPとそれを観察するEPに分離する。さらに、さまざまな外傷体験に対応して、怒りの感情を持った攻撃的なEP、恐怖で凍りついたEP、母親にすがりつくEP、激しい痛みを体験して耐えているEPなどが、交代で現れる。このように、一つのANPに対して複数のEPが交代で出現する解離が、「第二次構造的解離」である。

複雑性PTSD、外傷に関連した境界性パーソナリティ障害がこれに当たる。ICD-11で登場した「部分的解離性同一性症(partial dissociative identity disorder)」は、第二次構造的解離のことを指している。

野間. 現代の解離症理解. 精神療法47(1): 8-12, 2021

 

上述した《性的虐待を受けた「複雑性PTSD」と診断される人に解離症の合併が多い印象》は、構造的解離理論でいうと「第二次構造的解離」に相当する「部分的解離性同一性症」、USPTでいうところの「内在性解離症」が関連しているため、トラウマ体験そのものを「語り得ない」ということなのだろうと考えています。

 

なお専門的になりますが、新谷先生は『第二次構造的解離としての複雑性PTSD』という論文で、解離構造について図を示して説明されていますので、第二次構造的解離(内在性解離)やUSPTという治療法について興味のある方は参照してみてくださいね。

 

冒頭に書いたように、トラウマ関連障害で過小診断(見落とし)がありますから、「もしかしたら?」と思い当たる方がいらっしゃいましたら、こころの健康クリニック芝大門に相談してくださいね。

 

院長

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