複雑性PTSD/発達性トラウマ障害と多衝動型過食症
こころの健康クリニック芝大門では、アタッチメント形成の障害(愛着トラウマ・関係性トラウマ)、トラウマ関連障害(複雑性PTSDや発達性トラウマ障害)の診断と治療を行っています。
それらの患者さんたちの中に、過食排出型・神経性やせ症(AN-BP)や神経性過食症(BN)の過食嘔吐や、過食性障害(BED)に似た過食・大食・ダラダラ食いの症状を呈する人がかなりの数いらっしゃいます。
発達障害・アタッチメント形成の障害・トラウマ関連障害の患者さんたちは、性格プロトタイプのうち、情動調節障害および衝動性によって特徴づけられる「感情制御不全型」や、対人的回避や感情の過剰な抑制を特徴とする「感情抑制型」が多く、古典的な摂食障害の患者さんたちは社会的な機能が高いとされる「高機能・完璧主義傾向型」が多い印象がありました。
これまでに何度も書いたことがありますが、「複雑性PTSD」は再体験・回避・過覚醒の「PTSD症状」とともに、感情調節障害・否定的な自己概念(認知の障害)・関係性障害の3つの症候を有する「自己組織化の障害(DSO)」によって特徴づけられます。
また「自己組織化の障害(DSO)」の「自己制御(情動調節や衝動制御)の障害」「認知の障害(記憶の問題や学習困難、認知発達の遅れ)」「関係性の障害(対人関係の問題)」は、それぞれ、「注意欠如/多動症(ADHD)」「知的障害(認知機能障害)」「自閉症スペクトラム障害(ASD)」の特徴でもあるのです。
対人関係療法による神経性過食症の治療を申し込まれる方の過半数以上が「自閉症スペクトラム障害(ASD)」や「注意欠如/多動症(ADHD)」に伴う衝動性を伴う食行動障害であることも多く、重要な他者との関係に焦点を当てる従来の対人関係療法のすすめ方では治療効果が上がらないため、対人関係療法そのものをアレンジする必要性に迫られました。
家族関係については、葛藤的である場合とそうでない場合があり、一定の傾向は認められないが、虐待や著しい剥奪体験がある場合はASDの特徴や多動を示す場合が少なくなく、ASD合併の診断には注意が必要である。
これに関連する事項として、衣笠が提唱している重ね着症候群がある。
これは背景にある発達障害の傾向が軽微であるために長期間認識されず、成人になった種々の精神症状、行動障害を呈して精神科を受診し、パーソナリティ障害や気分障害などと診断されるが、力動的診断面接を用いた詳細な診断を経てようやく背後になる発達障害の傾向が発見される病態である。
(中略)
これまで発達障害の研究を進めてきた児童精神医学の領域では、発達障害に伴う食行動異常は自己中心的な行動としてではなく、神経生物学的な問題の結果として理解することの重要性が指摘されている。
つまり、治療者も洞察による葛藤の解決という葛藤モデルから、発達障害特性のために欠けている機能を補い支えるという欠損モデルへ重点を移した治療姿勢をとることが可能になると思われる。
和田:摂食障害と発達障害. 精神科治療学33(11): 1327-1332, 2018
さて、愛着トラウマ・関係性トラウマに起因する、「複雑性PTSD」や「発達性トラウマ障害(DESNOS)」の患者さんに話を戻すと、以前より「逆境的小児期体験(ACE)」に伴う衝動性の問題を有する「境界性パーソナリティ障害(BPD)」と「多衝動性過食症」の関連が指摘されていました。
「多衝動性過食症(multi-impulsive bulimia:MIB)」は、過食や過食嘔吐などの症状だけでなく、反復的な自傷、自殺未遂、万引き、薬物の乱用や依存、性的乱脈などの衝動性を示す一群で、Lacey(レイシー)は「摂食障害の発症以前から自傷行為、自殺企図を有することが多い」としています。
また、「衝動行為はコントロール不可能という感覚と関係する。それぞれの行為の頻度は流動的であり、他の衝動行為との間に互換性がある。患者にとってそれらの行為は衝動的に起こる、とみなされる」と報告しています。
摂食障害と「境界性パーソナリティ障害(BPD)」の関連では、本邦での報告では摂食障害患者の17.1%が「境界性パーソナリティ障害(BPD)」の診断基準を満たし、「神経性やせ症」の過食排出型と「神経性過食症」に特に多かった、と報告されています。(吉村・他:摂食障害における強迫性と衝動性. 精神科治療学33(11): 1313-1319, 2018)
また、Reyes-Rodríguez(レイズ・ロドリゲス)らの調査によると、753名の摂食障害患者のうち13.7%が外傷後ストレス障害(PTSD)症状を有し、類型別では神経性やせ症排出型が18.4%で最も多く、外傷の内容は幼少期の性的外傷が最多で40.8%であった、とされています。(崔: 摂食障害と心的外傷.精神科治療学33(11): 1299-1304, 2018)
さらに、Thompson-Brenner(トンプソン・ブレナー)の性格プロトタイプが摂食障害患者に占める割合は、高機能・完璧主義型が42%、感情抑制型が31%、感情制御不全型が27%とされています。(吉村・他:摂食障害における強迫性と衝動性. 精神科治療学33(11): 1313-1319, 2018)
このことから考えると、「感情制御不全型」の背景には「アタッチメント形成の障害」「トラウマ関連障害」があり、そのうちの約半数が、「境界性パーソナリティ障害(BPD)」や「心的外傷後ストレス障害(PTSD)」の診断基準を満たすということのようです。
Lacey(レイシー)は摂食障害症状に自傷、物質乱用等の衝動行為を合併する病態を多衝動型過食症と呼び、これについてCorstrophine(コーストフィン)らは幼少期に心的外傷を経験しているED患者ほど多くの衝動行為を合併するとの調査結果を報告した。
EDは他の自己破壊的な衝動行為と並んで幼少期の外傷体験と関連が深い病態であると言える。
(中略)
また同じく幼少期外傷体験と関連づけられる境界性パーソナリティ障害の治療でも、激しい自傷行為や解離症状が徐々に収まった後に摂食障害症状だけが長く存在する経過も多く見られる。
(中略)
ED患者においてメンタライゼーション機能不全を認めるという報告が多く、それによる情動調節能力や衝動コントロール等の機能の障害への影響が報告されている。
崔:摂食障害と心的外傷. 精神科治療学33(11): 1299-1304, 2018
つまり、「アタッチメント形成の障害」「トラウマ関連障害」の患者さんたちの摂食障害症状は、診断基準を満たすほど重症ではないものの、対人関係療法や認知行動療法など通常の過食症の治療では改善が難しい治療困難例が多く治療抵抗性であるということです。
では「アタッチメント形成の障害」「トラウマ関連障害」と関連すると考えられる「感情制御不全型」について、次回以降にその特徴と治療法について考えてみましょう。
院長