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複雑性PTSDと対人関係の障害

[2021.07.19]

複雑性PTSDの診断基準では、「人間関係を維持し、他の人を親密に感じることへの持続的な困難。人との関わりや対人交流の場を避ける、軽蔑する、またはほとんど関心を示さない」とされています。

 

このような特徴は、PTSDの回避症状とオーバーラップするだけでなく、回避性・境界性(情緒不安定性)・スキゾイド(シゾイド)・スキゾタイパルなどのパーソナリティ特性(障害)でもよく見られます。

もちろん、自閉症スペクトラム障害(発達障害)の特徴とも重なりあいます。

 

これらのパーソナリティ障害や自閉症スペクトラム障害(発達障害)と、複雑性PTSDの鑑別は、「当該の外傷的出来事とあきらかに関連して生じたものでなければならない」とされています。

 

ところが、発達障害と愛着(アタッチメント)トラウマ(II型トラウマ:長期反復性トラウマ)が掛け算になった発達性トラウマ障害は、トラウマ的な養育環境のために他者との基本的な信頼関係が築けなかった人々であり、この診断基準では明確な区別は困難とされています。

 

ここで留意すべきなのはCPTSDにおけるDSO(註:自己組織化の障害)は自己イメージの問題にとどまらず、他者イメージの深刻な障害が伴っていることである。

他人を信用できず、自分に対して何らかの脅威となりかねない存在と感じる傾向は、その人の社会生活をますます非社交的で狭小なものにする。

それは親密さに基づく他者との関係や信頼関係のもとに成り立つ職業に携わることに深刻な影響を及ぼすであろう。

岡野「CPTSDについて考える」in 原田・編『複雑性PTSDの臨床』金剛出版

 

アタッチメント・システム自体が、養育者と子どもの対人関係に土台を持ちます。

複雑性PTSDを特徴づける「自己組織化障害」のうち「対人関係障害」は、トラウマの結果生じたものであると同時に、愛着関係に埋め込まれたトラウマそのもの、ともいえるわけです。

 

対人関係の問題の背景には、主に幼少期の養育者との間で形成される“対人関係スキーマ”があると考えられている。

対人関係スキーマという構成概念は、経験したことに基づいて養育者と関係維持に役立つ随伴する事柄を特定・予測する情報を体系化する、認知感情的構造と説明されるが、さまざまな重要な他者とのさまざまな結果に至った対人関係に基づいて、複合的なスキーマが発達する。

生きる上で役立つはずのスキーマが虐待関係の中で形作られると、後の人生において、虐待者とは異なる人々との関係には、役に立たないばかりか不利益を被ることにもなる。

しかしながら、スキーマの自己成就的性質、すなわち否定的な予測に基づいてとった行動が実際に否定的な結果を招いてしまうという性質により、不適応的なスキーマは維持されてしまう。

そのため、親密な関係を維持することが難しかったり、関係を避けたりといった状態に陥ることがある。

丹羽「複雑性PTSDの病態理解と治療 認知行動療法〜STAIR/NSTの立場から」in 原田・編『複雑性PTSDの臨床』金剛出版

 

上記の引用では、不適応的な「対人関係スキーマ」が複合的に発達していくと説明されています。

 

対人関係障害に関しては、「発達的に変化していくendophenotype(エンドフェノタイプ:表現型)として、すなわち変化をしていくものとして静的ではなく動的に把握し・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」ていく必要があるとされています。(杉山. 統合失調症と発達障害と複雑性PTSD. そだちの科学(36); 2-10, 2021.)

 

「関係性の問題」を動的に把握するときに理解しやすいのが、「投影同一視」の考え方です。(『「関係トラウマ(外傷育ち)」の自己攻撃状態と被害者モード』参照)

 

メンタライズ力が乏しい人がピンチの時、苦痛が生じるたびに最も苦しい自己破壊状態に陥らない方法、それが「投影同一視」と呼ばれるものです。

内なる攻撃者「ヨソモノ自己」を対象に投げ込み(投影)、相手を自分のヨソモノ自己の性質そのもののような存在と認識(投影同一視)するのです。そして自分が相手に攻撃されている状況に陥るのが「被害者状態」です。

(中略)

もう1つの投影同一視はもう少し複雑です。(中略)「暴力状態」でも同様に、投影同一視は内側からの攻撃による「自己攻撃状態」の耐え難い苦痛を減じるために使われます。

とにかくヨソモノ自己を外在化することは自分を守るための死活問題であり、暴力がまさに自己防衛と感じられているのです。

やはり攻撃する対象を嗜好的に求める依存心は存在し、攻撃しながらコンテイナーである対象を喪失する恐怖は高まっているのです。

崔『メンタライゼーションでガイドする外傷的育ちの克服』星和書店

 

複雑性PTSDの治療として、感情制御と対人関係調整とともに曝露技法(持続エクスポージャー)を応用してトラウマ記憶処理を行い対人関係スキーマを処理する、「感情と対人関係の調節スキル・トレーニングとナラティブ・ストーリー・テリング(STAIR & NST)」と名付けられた幼少期のトラウマによるPTSDのための認知行動療法があります。

 

STAIR & NSTでは「対人学習の不足」に対して、「この感情調節の困難さや対人関係の問題が、能力不足や生まれつきの問題ではなく、発達途上において適切な学習の機会が十分得られなかったためであり、これらの問題に対応するためには新たにスキルを学習する必要があり練習することで身につけられる」と位置づけ、スキルトレーニングやスキーマ分析と代替スキーマの導出を行っていきます。

 

対人関係療法でも、気分変調症や、神経性過食症あるいは過食性障害などで、「医原性役割の変化(性格ではなく治療可能な病気の症状)」「対人関係の欠如(心を開ける親密な他者がいない)」ことの背景に「対人学習の不足」があると位置づけることがあります。

 

しかし対人関係療法では、STAIR & NSTのように、スキーマ分析や代替スキーマの導出など自己認識の変化には焦点を当てることをしません。

そのため、現在の生活に影響を与えているスキーマの起源が過去のトラウマ的出来事にあることが明確になると、「自分は限られた選択肢しか持てなかった犠牲者である」との考え方から抜け出すことが難しくなります。

 

かつて下坂幸三が1998年の本紙(精神療法)の特集「外傷理論再考」(24巻4号)で、「心的外傷理論の拡大に反対する」というタイトルで警鐘を鳴らしたが、筆者も同じくC-PTSDの診断が多様されることを大変に懸念している。

この診断は患者を「被害者」とし、かつて外傷を与え続けたもの(家族員であることが多いだろう)を「加害者」とラベルしやすく、この構図が一生変わらずについて回るという悲劇を生むのではないか。

中村「複雑性PTSDへ“複雑な”思い」in 原田・編『複雑性PTSDの臨床』金剛出版

 

このように複雑性PTSDの「対人関係障害」の根底にあるリスクファクターとしての「長期反復性トラウマ(対人トラウマ:II型トラウマ)」、あるいは「愛着(アタッチメント)トラウマ」は、その性質上、加害者vs.被害者という対立構造を生み出しやすいのです。

 

今一つ重要なこととして、定型者にとって、言語がその物語機能によって抗トラウマ作用をもつのに対し、ASDは、物語機能とともに・・・・・・・・過去の出来事がトラウマとなる・・・・・・・・・・・・・・という逆説的なメカニズムがある。

内海『自閉症スペクトラムの精神病理 星をつぐ人たちのために』医学書院

 

STAIR & NSTをディスるわけではありませんが、トラウマ・ナラティブで、トラウマ記憶に伴う恐怖、怒り、悲しみ、恥などの感情が処理される際、複雑性PTSDと鑑別が困難な自閉症スペクトラム障害(ASD:発達障害)では、逆に、物語ることで過去の出来事がトラウマになるということへの注意が必要ということですね。

 

院長

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