自閉症スペクトラムと自閉症スペクトラム障害
新型コロナウイルスの連日のニュースを見聞きして、先の見えない生活に気持ちが滅入ったり、不安になったりと、コロナストレスを感じている方も多いかもしれません。
あるいは、どこにも出かけられなくてムシャクシャしたり、コロナ疲れを感じている方もいますよね。
ゴールデンウイークはステイホーム週間ということなので、今回は職場や仕事にまつわるお話を書いてみました。
自閉症スペクトラムについて、信州大学の本田教授は、不適応状態を意味する「障害」を外し、純粋に「特性」を意味して、「自閉症スペクトラム(非障害自閉症スペクトラム)」と呼ばれています。
非障害自閉症スペクトラムの人を含めると、「自閉症スペクトラム」の人たちは人口の10%は存在すると考えられています。
自閉症スペクトラム障害には、生活に支障をきたし福祉的支援が必要になった「(狭義の) 自閉症スペクトラム障害」と、抑うつ障害や不安障害などが併存し生活の支障をきたした「(広義の) 自閉症スペクトラム障害」の重なりとして説明されています。
本田『発達障害』SB新書
以前、こんな患者さんがいらっしゃいました。
(個人が特定できないように、いくつかのケースを組み合わせて書いています)
課長から皆の前で罵倒される、課長の言い方が上から目線で、自分の仕事を否定されるとのことで、イライラして寝付きが悪く、会社に行く前に吐き気がする、会社を休みがちになっている、ということで受診されたのです。
話をお聞きすると、いかに自分が一生懸命に業務に携わっているか、周囲の人を気づかい、顧客への対応も怠らずにやっているのに、自分の努力が正当に評価されていないか、を力説されます。
受診のきっかけとなった課長との人間関係に話を戻しても、「たとえば、……」と入社してからこれまでの部署異動の話や、それぞれの部署での業務の内容に話が行ってしまうので、核心の課長との人間関係にはなかなか話がたどり着きません。
何度か話をさえぎって、「最近、課長から否定されたと感じたやりとりを、具体的に教えていただきたいんです」と根気よくお聞きして、ようやく会議の場面での話をしてくださいました。
ミーティングの場でそれぞれの進捗状況を報告するときに、患者さんは全てをわかってもらおうと、プロジェクトの立ち上げから話し始めたそうです。
課長から「前振りはいいから、この1ヵ月の進捗だけを話してくれ」と言われたので、「課長がプロジェクトの経過ご存じないので、説明しているんです」と返したそうです。
課長もさすがに、「君の仕事の内容くらいわかっている!その仕事を指示したのは私だと言うことを忘れたのか!」と語気を荒げられたそうです。
その言い方が上から目線で、皆の前で自分がやってきたことをすべて否定された気がした、ということでした。
ここまでお聞きするのに30分以上が経過していました。
例えば自閉スペクトラム症の対人関係には孤立型と受動型と能動—奇異型がありますが、大人の能動—奇異型は余計なことを言いすぎて周囲の顰蹙を買いがちです。
本人にはあまり自覚がなく、最初は自身も困りませんが、周囲に引かれて孤立していると気づくうちに、なぜだろうと悩み出します。
中村、本田、吉川、米田・編『日常診療における成人発達障害の支援:10分間で何ができるか』星和書店
この患者さんの場合「能動—奇異型(積極奇異型)」と考えられました。
患者さんの特性を考えると、全てを話したいという強迫的な衝動があり、それをストップされたのは、患者さんにとっては本意ではなかったのかもしれません。
「もしかすると、先ほど私が具体的な話をお聞きしようと何度か話をさえぎったことも、課長と同じように、上から目線で否定されたようにお感じになったのでしょうか?」とお聞きしてみました。
患者さんは一瞬、驚いたような表情をされましたが、「朝起きるのがシンドくて、睡眠時間が足りていないのかもしれません」と、話が逸れてしまいました。。。
AS(自閉スペクトラム)を持つクライアントが、心理療法にやってきて、一方的に自分の話したいことを話していき、セラピストは自分が一人の人であることが全く無視されておりただ聞くだけの人のように扱われていると感じる、というのがその典型的な表れであろう。
そのとき、セラピストが、セラピスト自身の視点で現実的な話をしようとすると途端にクライアントは脅かされているような状況になるかもしれない。
もちろん多くはセラピスト独自の視点が無視され続けることになる。
ASを持つ人と関わることの多い人には馴染みのあるこうした状況は、関係の中で、主観性や主体性を持つ二人の人が共存することが困難になっていると捉えることができる。
内海・他『発達障害の精神病理II』星和書店
この患者さんとは、言いたいことが伝わりやすいコミュニケーションについて、考えていくことにしたのですが、毎回、同じような話の繰り返しで、15分の面接時間を超過しても終わらないことが続いていました。
話を切ることができなくなる上に、延々と同じような話の繰り返しに直面して時間をいくら使っても何の積み上げもできていない徒労感に困惑するという事態を私たちは時に体験するのである。
内海・他『発達障害の精神病理II』星和書店
あるとき患者さんから、「課長に私の状態を伝えたいので、診断書を書いてください」と申し出がありました。「自分がどれだけ苦しんでいるかを課長にわかってもらうために、診断書を書いてほしい」とおっしゃるのです。
診断書に記載する内容は、診断名、現在の状態、治療および治療見込み期間、安静の有無、入院の有無、休学や休職の必要性、後遺症の有無、後遺症の回復の見込みや期間など、です。
「診断書ではなく、産業医の先生に診療情報を書いて、職場での対応や理解をお願いしましょう」と説明したところ、「産業医の先生……先生は産業医なんでしょう?!だから先生にお願いしたんです!診断書を書いてもらえないなら、もういいですっ!!」と、すごく立腹されました。
この患者さんと課長との間での関係が、治療者である私との間でも再演されてしまいました。
この患者さんのように、「(広義の) 自閉症スペクトラム障害」の方が、うつ状態やうつ病、適応障害の診断で、薬を処方されていることが多いのです。
この患者さんの自閉症スペクトラム特性をもっと早く産業医に連絡していて、職場で特性に合わせた対応をしてもらえていたら、ずいぶんと働きやすかったのではないだろうか?と残念に思っています。
院長