自分の心に正直になり摂食障害から回復する
対人関係療法による摂食障害の治療では、「自分の気持ちをよくふり返り、言葉にしてみる」に取り組んでいきますよね。
自分の心の中をふり返り、心の中の思いを言葉にすることによって積極的に心を構成していく、つまり「主体性(行動主体)」を培っていくのです。
『過食症の自己欺瞞に向き合う』に書いたように、摂食障害の人たちが一番苦手とするのが、自分の心をふり返ることですよね。
乱れた食行動で苦しむ女性たちとともに取り組んできた経験から言えることですが、自己主張できるようにならずに回復した人はひとりもいません。
おそらく、これが克服にとって最も大切なスキルなのでしょう。
なぜなら、自己主張は他人を傷つけずに自分という人間を認め、表現する方法だからです。
自己主張こそが、正しい道、つまり私たちの糧となり心を満たしてくれる人々や場所に私たちを導き、そうでない人や場所から遠ざけてくれる心の道を歩んでいることを保証してくれるのです。ジョンストン『摂食障害の謎を解き明かす素敵な物語』星和書店
「自己主張」というと「オレが!オレが!」「私が!私が!」など、自分勝手の印象がありますよね。
そうではなく、自己主張とは、自分の心を正直に認め、自分自身および他者と素直なコミュニケーションをとることで、『自分の心との向き合い方と対人関係』の説明をまとめると以下のようになります。
主権を手に入れるということは、すべての女性の幸福にとって必要不可欠ですが、食べ物や太ること、ダイエットで苦しんでいる人たちにとってはとくに大切です。
乱れた食行動で苦しむ女性たちは、どうしようもなく無力で希望も持てないという呪いにかかっているからです。
そしてこの呪いは絶対に解かれなければなりません。
呪いから解放されるためには、欲しいものを選び、自分にとって正しくないものは拒否するという、生まれ持った権利をはっきりと主張できるようになる必要があるのです。自己主張は、人生での主権を握るためには必要不可欠なツールです。
はっきりと自分の意見を述べられるようになる過程で、自分らしさや、自分は何が欲しいのかを表現する術を学びます。
受身になって自分のニーズを無視したり、攻撃的になって他人のニーズに無関心になったりせずに、意思を伝える方法を学ぶのです。ジョンストン『摂食障害の謎を解き明かす素敵な物語』星和書店
『ネガティブな解釈と感情との向き合い方』で説明したように、摂食障害の人は自分の気持ちと裏腹な解釈をしがちですよね。
ジョンストン先生はこれを、「受身のコミュニケーション」と指摘されています。
受身のコミュニケーションをしている人は、NOと言いたいときにYESと言い、YESと言いたいときにNOと言ってしまいます。
(中略)
奥深くにある自分自身とのつながりを失うと、外面、つまり最も表面的な自分しか知ることができません。本当の自分を知ることができず、それを外の世界に見せることもありません。
その代わり、自分の外見、つまり他人の目に自分がどう映っているかばかりに気が向いてしまいます。(中略)
相手を不機嫌にしたくないために、すぐに「大したことありません」「構いませんよ」「気にしていません」「あなたが決めていいわよ」といった返事をします。
すると、いずれは自分の考えることや感じることは本当に大したことがない、そして自分という人間も重要ではないと信じるようになってしまいます。
自分をそのように納得させるだけでなく、周囲の人にまで、自分の考えや気持ちは何の価値もないと思い込ませてしまいます。(中略)
自分を育む道ではなく、消耗させるような道を歩いていることに気づいたときには、安心感や精神的な支え、そして慰めを得るために食べ物に頼ってしまいます。食べることで、失ってしまった自尊心を埋めようとするのですが、うまくいきません。
あるいは、他人を満足させられなかったんだから、自分も満足する資格などないと思って食べなかったり、本当にお腹が空いているときのように食べたとしても、自分を責めたりします。こうして、人生がどんどんと空っぽになっていくのです。
ジョンストン『摂食障害の謎を解き明かす素敵な物語』星和書店
「受身のコミュニケーション」では、「自分はダメだ(自責・自己非難)」が背景にあり、「他者からの評価が気になる(被害者状態)」が起きやすくなっています。
他者の言動に注目をしているようでも、実は自分自身の「自分はダメだ」という考えにしか意識が向いていないのです。
そして、素直なコミュニケーションを選択しなかったことで引き起こされた結果に対して、自分を責めたり、食べ物で慰めようとしたり、あるいは他者を遠ざけたり、攻撃したりと、ますます自分自身が苦しくなる方向に進んでしまうのです。
人に左右されずに自分の感情を表し、誰のことも責めたり脅したり非難したりせずに自分の望みを伝えるなど、はっきりと自己主張ができるようにならなければなりません。
他人の考えと感情を尊重すると同時に、自分の考えと感情をも尊重することが、自分に自信を持ち、理想とする人間関係を築くための唯一の方法なのです。ジョンストン『摂食障害の謎を解き明かす素敵な物語』星和書店
対人関係療法による摂食障害や愛着の治療でも、【自分自身との折り合い(自己志向)】と【他者との関係(協調性)】のスキルを高めていくのは同じですよね。
食べ物で自分を麻痺させるのではなく、自分の気持ちに注意してはっきりつかめるようになる、つまり自分自身との関係を改善し、他人との関係を改善できれば、ネガティブな気持ちをコントロールするために食べ物を利用しなくてすむようになるでしょう。
自分の気持ちがうまく扱え、他人との関係もうまくいくようになるほど、過食は減っていくでしょう。ウィルフリィ『グループ対人関係療法』創元社
三田こころの健康クリニック新宿では、摂食障害症状(乱れた食行動)を使わずに、日常生活のさまざまな出来事に対処することができるようになることを治療目標にしています。
摂食障害症状(乱れた食行動)がなくなることは、治療の通過点に過ぎないと考えているのです。
たとえば、風邪をひいて熱は下がったけれども咳や鼻水が残っている状態では、ちょっと走っただけで咳き込んだり息切れがしたりします。この状態は治ったとは言わないですよね。
症状が残っている状態は、症状には振り回されていないかもしれませんが、症状のために人生が制限されていますよね。
ですから摂食障害の治療は、「症状をゼロにする」だけではなく、その先の、「自分自身の人生を自分が主人公との自覚を持って生きられるようになること」をゴールと考えているんです。それがジョンストン先生がおっしゃる「主権」ということですよね。
院長