メニュー

発達性トラウマ障害や愛着障害という生きづらさのラベル

[2023.04.27]

ゴールデンウィーク直前のため、軽い読み物を書いてみます。

 

DSMやICDなどの診断基準には掲載されていませんが、ヴァンデアコークらがトラウマ性の出来事への曝露体験(身体的虐待やDVの目撃体験など、家庭内における慢性的な暴力的な体験)などの不適切な養育による影響として「発達性トラウマ障害」の診断基準を提示しています。金. ICD-11におけるストレス関連症群と解離症群の診断動向. 精神神経学雑誌 123: 676-683, 2021

 

「発達性トラウマ障害」では、子どもと養育者との「アタッチメントの障害」と同時に、「生理および情動の調節障害」、自己感・行動・対人関係など「自己調節の障害」など、さまざまな精神機能に影響を与える、とされています。西澤.「アタッチメントと子ども虐待」in 小林. 遠藤.,『「甘え」とアタッチメント』遠見書房

 

「発達性トラウマ障害」では、子どもの児童期には「注意を含む行動の調節障害」や「他者への基本的不信感、および、それらに起因する他者への反抗や攻撃性・暴力」など、「注意欠如多動症(ADHD)」に類似した多動性と破壊的行動(反抗挑戦性障害や行為障害)が表面化してきます。

 

思春期にさしかかると、「心的外傷後スペクトラム症状:PTSDの3つの症状群のうちで、2つ以上の症状群について、各群に最低1項目に該当する」、あるいは、「自己慰撫のための不適切な行動」「習慣性・反応性の自傷行為」や「感覚、情緒、身体状態への自覚の低下もしくは解離」などの症状を呈するようになり、その一部は「複雑性PTSD」の診断基準を満たすようになるといわれています。

 

こころの健康クリニック芝大門では、『不全型(閾値下)の「複雑性PTSD」』は、「発達性トラウマ障害」とみなして治療をしているのです。

 

発達性トラウマ障害ではないのですか?

こころの健康クリニック芝大門では、トラウマ関連障害の診断には自記式質問票を用いています。

自記式質問票を用いて「出来事基準」をスクリーニングし、「PTSD症状」や「自己組織化障害症状」「機能障害」の程度をアセスメントしているのです。

 

「出来事基準」や「PTSD」の症状を満たさず、「複雑性PTSD」「発達性トラウマ障害」が否定的であった場合、「幼少期の辛い体験が今も続いているわけではなかった」と、ホッと安堵される方もいらっしゃいます。

 

しかし逆に、「複雑性PTSD」や「発達性トラウマ障害」の診断に固執される方がいらっしゃいます。

診断に固執される方の大多数は、出来事基準やPTSD症状は満たさず、「自己組織化障害症状」と「機能障害」のみを満たすことがほとんどです。

 

自己組織化障害は、「感情調節障害(感情の過剰または乏しさ)」、「否定的自己概念自分は弱く、敗北した、価値がないという信念)」、「対人関係の障害(対人関係を維持したり他者に親近感を抱くことの困難)」の3つです。

 

「複雑性PTSD」や「発達性トラウマ障害」の診断に固執される方たちは、「非障害性自閉スペクトラム特性(AS特性)」と「非障害性注意欠如多動特性(ADH特性)」があって、強迫観念を主とする「強迫症」を伴っていることが多いような印象を受けます。

 

そのような人たちは、「AS/ADH特性」と「強迫症」に伴う「反芻思考」や「思いこみ」が強く、「白黒思考(全か無か思考)」にとらわれやすい傾向があるようです。

この「反芻思考」をフラッシュバックを考えられているようなのですが、PTSDの「反復的、侵入的な苦痛を伴う想起」とは区別されます。

 

PTSDの侵入症状と間違われやすい「ストレス因とその結果へのとらわれ、過剰な心配や苦痛な思考,その意味についての反芻的思考がみられ、ストレス因の想起刺激によって悪化する」症状は、「適応障害(適応反応症)」との鑑別が必要ですが、ストレス要因から3カ月を越えた遷延発症した、あるいは、ストレス因の遷延がなく6カ月を越えて遷延した「類適応障害」と診断されます。

 

また、トラウマ関連障害ではないとの診断を「あの程度の出来事でトラウマと思った自分はダメだ」など、強い自責を伴う場合もあり、自分は弱く、敗北した、価値がないという信念である「否定的自己概念」を、「気分変調症でかもしれない」と思い悩まれている場合もあります。

 

さらに、非言語的コミュニケーションや情緒的な対人交流の構築・維持など「対人関係の困難」や感情の過剰または乏しさの「感情調節障害」のため、「愛着障害ではないか?」と考えられることも多いようです。

 

愛着障害ではないのですか?

自己診断で「発達性トラウマ障害」と同じくらい多いのが、「愛着障害かもしれない」という診療申し込みです。

 

愛着障害反応性アタッチメント症・脱抑制性対人交流症」とは、適切な養育がなされなかった場合(重度のネグレクト,マルトリートメント,施設での養育)に生じる、アタッチメント行動、あるいは、社会的行動の異常と定義されています。金. ICD-11におけるストレス関連症群と解離症群の診断動向. 精神神経学雑誌 123: 676-683, 2021

 

上記の「発達性トラウマ障害」でみられる「アタッチメントの障害」は、養育者(アタッチメント対象)が虐待者であるアタッチメントの混乱ですが、「愛着障害(アタッチメント障害)」は戦争孤児のように生まれたときからアタッチメント対象が欠如したためアタッチメントが形成されていない状態ですから、養育環境が整うとアタッチメント機能は回復すると言われています。

 

「愛着障害(アタッチメント障害)」は、発達年齢で1歳から5歳までの子どものみに診断することができるとされています。さらに、自閉スペクトラム症(ASD)が存在する場合は診断することができない、と規定されています。金. ICD-11におけるストレス関連症群と解離症群の診断動向. 精神神経学雑誌 123: 676-683, 2021

 

前述したように「愛着障害ではないか?」と考えられる人は、「AS/ADH特性」に伴う、非言語的コミュニケーションや情緒的な対人交流の構築・維持など「対人関係の困難」、感情の過剰または乏しさなどの「感情調節障害」を「愛着障害」と自己診断されるようです。

 

苦しみを抱えた当の人にとってもまた、それは救いになるのかもしれない。漠然と抱いてきた「生きづらさ」に名前がつくからだ。

アダルトチルドレン、境界例、発達障害、HSP、そのうちにおそらく発達性トラウマ障害もこうした生きづらさを表現するためのラベルとして使われていくだろう。

工藤. 人はなぜそれを愛着障害と呼ぶのだろう. こころの科学: 216, 92-93, 2021.

 

「愛着障害ではないか?」と思われる中には、「他者と親密になりたい、でも、できない。孤独は怖い」とジレンマに陥っている人もいらっしゃいます。でも残念ながら、このような訴えは疾患として診断できませんし、効果のある薬物療法も思いつきません。

 

こころの健康クリニック芝大門では、治療すべき疾患があるかどうかを診断基準に基づいてアセスメントし、「AS/ADH特性」以外に該当する診断が付かなくても、苦悩を軽減していく方向性を話し合うのですが、それでも納得されない方がいらっしゃって、コメントなしの星1つの低評価を付けらたことが何度もあります。

もちろん、「発達性トラウマ障害ではないか?」「複雑性PTSDではないか?」「愛着障害かもしれない」などで診療申込をされる方の期待は、「そのように診断して欲しい」ということなので、期待が裏切られて落胆される気持ちは納得できます。

 

さて今後、自己診断にもとづく診療申し込みへの対応はどのようにしようか?と、考えあぐねているところです。

 

院長

▲ ページのトップに戻る

Close

HOME