「適応障害」とまぎらわしい疾患
クリニックのある港区芝大門周辺に、今年もツバメが戻ってきました。
戻ってきたツバメが青空を背景に滑空している様子を見ていると、ようやく春だなと感じます。
クリニック前の通りにある街路樹のハナミズキたちも、白い花を咲かせはじめているようです。
さて、『適応障害とは何だろうか?』の最後に、「適応障害(ICD-11では「適応反応症」)」とPTSDについて、出来事基準に挙げられる「生命に関わる外傷的エピソード」の有無が鑑別になることについて触れました。
つまり、症状が「PTSD」の診断基準を満たしていても、曝露されたストレス因が「生命に関わる外傷的エピソード」という出来事基準を満たさない場合は、「適応障害(適応反応症)」と診断される、ということです。
逆に、「生命に関わる外傷的エピソード」のような重篤なストレス因に曝露された場合であっても、症状が「急性ストレス障害」や「PTSD」の診断基準を満たさない場合も「適応障害(適応反応症)」と診断されます。
「適応障害(適応反応症)」は「うつ病・不安性の苦痛を伴うもの」との鑑別が非常に難しくなります。
さらに、長期化した「適応障害(適応反応症)」は、「気分変調症」や「混合性不安抑うつ障害(混合性抑うつ不安症)」との鑑別が必要になります。(『気分変調症と混合性不安抑うつ障害』参照)
適応障害の診断がストレス因と症状発現・消失との時間(縦断)的関連によってなされる一方で、うつ病の診断は横断的(症状の数と持続期間)であるため、両者の鑑別は簡単ではない。
特に、操作的診断の運用上のルールに基づけば、うつ病と診断するには症状数や持続期間が不足している場合、DSM-5では「他の特定される抑うつ障害(Other Specified Depressive Disorder)」に分類されるか、ストレス因との因果関係によって適応障害と診断される。
しかし、適応障害の診断にはストレス因の終息を見極める縦断的な診断が必要になるので、その時点では確定されず、一方、その病勢が進行中であれば、症状や持続期間が増して、うつ病の診断が濃厚になる。
平島. 適応障害の診断と治療. 精神神経学雑誌 120: 514-520, 2018
ある患者さんが以前に通院していた医療機関で、「(休職して)6ヶ月で治らないから、適応障害じゃなくてうつ病だね」と言われた、と話されていました。
「6ヶ月で治らないからうつ病」との謂いは乱暴すぎる診断ですが、「適応障害の診断にはストレス因の終息を見極める縦断的な診断が必要になる」との一文は、「適応障害」の安易な診断に警鐘を鳴らすものでもあると思えます。
「特定不能のうつ病性障害」と「適応障害」を比較研究したジマーマンは、両者では症状の特徴が異なることを報告しています。
適応障害群では食欲不振、体重減少、不眠がより多く認められたのに比して、特定不能のうつ病性障害群では興味関心の喪失、食欲亢進、過眠、決断力低下、アンヘドニアがより多く認められ、また、特定不能のうつ病性障害群には適応障害に比してパーソナリティ障害の併存が有意に認められたという。
平島. 適応障害の診断と治療. 精神神経学雑誌 120: 514-520, 2018
「適応障害」では、食欲不振、体重減少、不眠など、急性ストレス反応と似たような症状が見られるのに対し、「特定不能のうつ病性障害」では、興味の喪失、決断力低下、アンヘドニア(快楽喪失)とともに、食欲亢進(主に炭水化物飢餓)や過眠など、「非定型の病像」がみられることが多いとされています。
「発達障害(神経発達症)特性」のある人では、「特定不能のうつ病性障害」の症状を示すことが多く、うつ状態が精神運動制止にとどまらず、インターネットやゲームなどの過集中や昼夜逆転を伴うことも多いようです。
『はじめての精神科』に抑うつ状態を呈する1つに、「パーソナリティの偏りに由来する抑うつ状態(治療というよりは自分の心とのつきあい方を学ぶべき)」とあるように、「パーソナリティ障害」と「うつ病・うつ状態」は密接な関連があると同時に、「パーソナリティ障害」でも「不適応」を生じることがあり、さらに「適応障害」と併存します。
「特定不能のうつ病性障害」と「適応障害」そして「パーソナリティ障害」は、症状による区別は困難で、「F43 重度ストレス反応および適応障害」では、「適応障害」の発症の危険性と症状の形成に、個人的素質あるいは脆弱性が大きな役割を演じている、とされています。
ICD-10が6ヶ月以内に新たな適応水準に到達できない患者も含めていることであり、言い換えれば、ストレス因子に対する心理的反応であっても人格特性等の患者側の要因によっては経過が長期化してしまう点に注目している点である。
『ICD-10精神科診断ガイドブック』中山書店
同じようなストレス状況にあっても、適応障害と診断されるほどの症状を呈する人と、そうならない人がいる。
それはパーソナリティの脆弱さゆえではなく、主観的な体験の差異にあることは、適応障害の診断にとって重要な認識である。平島. 適応障害の診断と治療. 精神神経学雑誌 120: 514-520, 2018
「個人的素質あるいは脆弱性」ではないかと考えられていた「人格特性等の患者側の要因」は、「主観的な体験の差違(体験の仕方と意味づけ)」にあることが明確に指摘されています。
つまり、出来事(ストレス因)の体験の仕方、つまり出来事をどう捉え(認知的)、どんな気持ちになり(情緒的)、そして、どのように対処したか(行動的)が、状況因に対する適応的なコーピングとなったのか、あるいは逆に、不適応反応を強化したのかによって、「適応障害(適応反応症)」の発症とその持続につながっているということです。
このことは「適応障害(適応反応症)」の治療にも関わってきますので、次回も考えていきましょう。
院長