摂食障害と幼少期の養育者との関係
「摂食障害が女性に多いのは、どうしてなのですか?」とある患者さんから質問を受けました。
一般向けの本などには、第二次性徴が始まる思春期前後に、丸みを帯びた女性らしい身体になるのを嫌悪してダイエットを始め、それがエスカレートすることが「食行動障害および摂食障害」の発症につながる、と「成熟拒否説」を元に説明されていることが多いのですが、皆さんの体験からはいかがですか?
児童精神科医のアッヘンバッハは、精神疾患や問題行動を「外在化障害」と「内在化障害」に分類しています。
「外在化障害」とは、反抗挑戦性障害や行為障害など、極端な反抗、暴力、家出、反社会的犯罪行為など行動上の問題として、環境との葛藤を他者に向けて表現するものです。
一方、「内在化障害」とは、不安、気分の落ち込み、強迫症状、対人恐怖、引きこもりなどの情緒的問題として自己の内的な苦痛を生じるもので、「過食症(過食嘔吐をともなう過食症)」「過食性障害(むちゃ食い症)」「大食をともなう排出性障害」などは、内在化障害に分類されます。
女の子においては、抑うつ、不安、あるいは摂食障害のように、内在化された障害がよく見られる。これらはしばしば、成人のメンタルヘルスの問題の先駆である。
男の子においては、行為障害の他、ADHD、自閉症、トゥレット症候群、反社会的もしくは犯罪的行為のように、外在化された障害がよくみられる。
これは典型的な性差である。ミュージック『子どものこころの発達を支えるもの——アタッチメントと神経科学、そして精神分析の出会うところ』誠信書房
食行動障害および摂食障害に女性が多いのは、自己の内部に情緒的苦痛を感じる内在化障害によると説明されていますね。
また思春期前後から明確になる内在化障害は、「愛着(アタッチメント)」との関係も示唆されています。
内的作業モデルの防衛的な情報処理方略と精神病理の関連については次のように説明されている。
乳児が非応答的な養育者との間でとる方略パターンには、アタッチメント欲求の表現を最小化する試みと最大化する試みの2通りがある。
最小化方略とは、苦悩や養育者の有効性についての問題から防衛的に注意をそらすような働きであり、自分自身の感情にはあまり接近せず、養育者の有効性については非現実的な描写を好むようになる。(中略)
最小化方略は否定的な表象を解決することなく、不安や苦痛といった自己内部の問題が行動上の問題となって表れる外向性次元の障害(反社会性人格障害や摂食障害)と関連しやすい。
北川恵「アタッチメントと病理・障害」in 桜井みゆき・遠藤利彦『アタッチメント——生涯にわたる絆——』pp.245-275, ミネルヴァ書房
「内的作業モデル」とは、さまざまな対人関係を人が持つ際のシミュレーション(たとえば、他者の表情や言行から何を読み取りどう解釈するか、あるいは自分はいかに応答するかといったことに関わる対人的情報処理)を可能にする認知的構成体≒相手により異なる対人関係のテンプレート(雛形)とされます。
「内的作業モデル」の基底には、自身の幼少期における養育者等との関係に由来する自己や他者に対する主観的確信(たとえば、自分は愛される存在か、他者は助けてくれる存在か)が横たわっていると仮定されています。
自分の感情を抑圧して、養育者(親)との関係を維持しようとすることが、愛着(アタッチメント)の1つの方略です。ですからこのような状況では、〔回避型(軽視型)〕や〔アンビヴァレント型(とらわれ型)〕などの不安定(非安心)型アタッチメントスタイルは、きわめて適応的で、ひとつのリスク因となる場合があるものの、不利益を決定づけるものではないということです。
しかし、アタッチメント欲求の表現を最小化する試みは、「心理的孤立」と「無力感」を引き起こしてしまいます。
子どもを取り巻く周囲の大人たちは通常、成長過程の子どもたちの喜怒哀楽に共感し、子どもの感情に寄り添ってともに喜んだりなだめたり、慰めたり褒めたり叱ったりすることで、子どもたちの感情が極端に偏らないよう調節する役割を果たしている。
血圧や脈拍、体温などは極端に上下しないよう、子どもも大人も体内の自律神経の働きで常に一定に保たれているが、子どもの感情は自分の体一つでは調節できない。子どもの感情調節は常に他者を必要としており、他者の強力によって感情を調節してもらう成功体験を積み重ねていくうちに、やがて他者から受け取った励ました慰めなどの言葉が自分の心の中に取り込まれていく。そして、大人になる頃には、自分で自分のことを慰め、励まし、戒め、自分一人で感情調節できるようになっていくのである。
逆に子どもが不安な時に、子どもの感情の波長に合わせて安心の言葉をかけてくれる大人が年単位で不在だったらどうだろうか。子どもが悲しく惨めな気分の時、慰め、励ましてくれる大人がおらず、いつも叱ったり無視したりする大人しか居なかったら、何年経っても子どもの心の中に安心の言葉は蓄積されず、子どもは単独で感情を調節することができないままになってしまう。
そのような場合は、自分の心の「外」に、安心の言葉に代わって感情を調節してくれる「物」を探すしかないのだ。小林『人を信じられない病 信頼障害としてのアディクション』日本評論社
自分のこころの中に生じた不安、気分の落ち込みなどの苦痛(内在化障害)を、自分の心の「外」に(外向次元の障害)、食べものという「物」、あるいは食べるという「行動」で解消しようとする(最小化方略)のが「過食症(過食嘔吐をともなう過食症)」「過食性障害(むちゃ食い症)」「大食をともなう排出性障害」などですよね。
アタッチメントの観点から摂食障害を検討したところ、摂食障害という病理について、自身の感情や苦悩から注意を食行動に向ける試みであると考察されている。
その結果、うつを報告した女子大生やうつと摂食障害を報告した女子大生にはとらわれ型が多かったが、摂食障害のみを報告した女性にはアタッチメント軽視型が多いことが認められ、摂食障害には最小化方略が、うつには最大化方略が関連していると報告している。北川恵「アタッチメントと病理・障害」in 桜井みゆき・遠藤利彦『アタッチメント——生涯にわたる絆——』pp.245-275, ミネルヴァ書房
心理的孤立感や無力感を感じた女性たちは、人との関係をより快適なものに修正するために、食べ物の意味づけを変え、食べ方を変えるという「単独行動」を選びました。
そして、日常的に感じる不安や苦痛を乗り切るための「単独行動」である食行動障害は、彼女たちに無力感を感じさせ、ますます心理的に孤立してしまうのですよね。
青年期から成人期の摂食障害の治療では、まず治療者との関係を「安全(安心)基地」として、自分自身の心と身体とつながること(自分自身との関係の改善)、そしてその安心感は、本来パートナー関係などこの時期のアタッチメント対象との関係性によってもたらされることを実感すること(対人関係の改善)が重要ということですよね。
院長