摂食障害と対人学習
思考があたかも現実のように感じられてしまい、対人関係から距離を取ることで安心を得ようとするのが、性格と間違われやすい慢性のうつ病である「気分変調症」の特徴です。
この状態は「遠ざかり境界性自己障害」とも呼ばれます。
過食症も気分変調症も、人を信じられなくなった状態なのです。
その状態をジェニーさんは次のように表現されています。
私は、周りの人たちの重荷になりたくないと強く思っていました。
それに、罪責感もとても強く、人に言うことが恥ずかしくて、とても怖かったのです。
自分が完璧ではないと、誰にも知られたくなかったのです。この摂食障害という「小さな」問題さえ自分で解決できないようでは、どうしようもない、と思っていました。
だって、今まですべてのことを自分だけでこなしてきたのですから、この問題にしても、自分だけでなんとかしないといけない、と思っていたのです。シェーファー、ルートレッジ『私はこうして摂食障害(拒食・過食)から回復した』星和書店
上のフレーズの「摂食障害」を「自分の性格の問題」と読み替えると、過食症と慢性のうつ病である「気分変調症」が似たような特徴を持っていることが理解できると思います。
過食症の人も気分変調症の人も、他者(人)を信じられないのは、自分自身が信じられない、あるいは本当の自分自身を知らないから、なのです。(『関係の中で自分自身と向き合うこと』参照)
私は、エドが考えていることはだいたいわかっていましたが、この私、ジェニーが考えていることを探し出すのには苦労しました。
不思議なことに、私はエドのことはとてもよくわかっていたのですが、これまで自分自身であるジェニーに会ったことがないのか、と思えることがたびたびありました。
シェーファー、ルートレッジ『私はこうして摂食障害(拒食・過食)から回復した』星和書店
自分自身への信頼感は、自分の心との親和性を高めること、自分自身の心と馴染んでいくことで培っていくことができます。
こころの健康クリニックで行っている対人関係療法による治療の一番最初に、「人の心の仕組みと動き方を知る」ことを指導しますよね。
「自分の気持ちを理解する」ことにとり組む中で、「非暴力コミュニケーション」を用いた「自己内対話」ができるようになってくると、自分と立場や考え方の違う他者についても、自分の心を通して、相手の立場になって他者の心の状態を理解できるようになります。
たとえば、親や兄弟からひどいことを言われると感じている人が、「どうしてそんなひどいことことを言うの?」 と聞いてみたいと思ったとします。
この時に、「なぜ?どうして?」と相手を責める気持ちがないかどうか、単純に理由を聞きたいだけなのか?どういう返事が返ってきたら自分は納得するか?を、まず自分に問いかける必要があるのです。
これが「メンタライジング能力」です。
しかし、最初から自分一人で取り組むにはかなり難しいのです。
自分一人では、摂食障害の行動をこれっぽっちも変えられませんでした。
誰にも苦しみを打ち明けないで一人でかかえ込んで対処しようとするには、エドとの離婚はあまりにも大変だったのです。
自分だけですべてを抱え込んでしまって、とうとう、今にも奈落の底に堕ちそうな感じがするところまで行きついてしまいました。人生が自分の目の前で崩れてゆくのが見えるようでした。
一人でエドに立ち向かおうとすればするほど、エドはもっともっと私のことを、巧みな罠にはめていくのです。
シェーファー、ルートレッジ『私はこうして摂食障害(拒食・過食)から回復した』星和書店
自分の行動を変えようとする時に必要になるのが、『8つの秘訣』の「秘訣7 摂食障害にではなく人々に助けを求めよう」です。
助けを求めるということは、ネガティブな気持ちを改善して欲しい、とお願いすることではないのです。
自分の中で渦巻いている反すう思考や、抑圧している感情や、生きづらさとかやり場のない思い、無意識に避けている部分に気づき、それらが存在することを認めるプロセスからスタートします。
ついに、誰かに、私が摂食障害で困っていることを打ち明けることを決断しました。
そして、このことを誰かに話したら、屈辱感、罪責感を感じざるを得ないことを覚悟しました。
私についての完璧なイメージを失うかもしれないとも思いました。
ほかの人から重荷だと思われてしまうかもしれない、ということも心配しました。それでも、もしもこれを私だけの秘密にしておけば、エドと一緒にこれからも生き続けていくほかなく、それは私自身の破滅とひょっとしたら死にさえつながるかもしれなと、容易に想像することができたのでした。
シェーファー、ルートレッジ『私はこうして摂食障害(拒食・過食)から回復した』星和書店
ジェニーさんは、自分の心の状態をエドの言いなりになって、過食でまぎらわせたり、嘔吐や絶食でなかったことにするのではなく、「自分の心の状態に正直になろう」と一大決心をしました。
そして、心の中を自分の言葉にして、自己批判することなく、ありのままを表現してみようと覚悟したのです。
ジェニーさんは、自分の心の中にある醜いところや、人を羨んだり妬んだりする気持ちも含め、ありのままに認める「自己受容」によって、「深い自己肯定感」への一歩を踏み出しました。
『8つの秘訣ワークブック』には、「摂食障害を手放すことで何が失われるのでしょうか?あるいは、何を新たに手に入れることができるでしょうか?」「あなたが挑戦してみようと思うときに、どのような障害が予想されるでしょうか?あるいは、前進しようとするとき、どんな障害にぶち当たりそうでしょうか?」という質問があります。
ジェニーさんの覚悟や決心は、治療を開始する前に皆さんに取り組んでいただいている「熟考期」から「準備期」に移行する段階に到達できたかどうかの質問とも関連するのです。
「誰かに話したら、屈辱感、罪責感を感じざるを得ない」「私についての完璧なイメージを失うかもしれない」「ほかの人から重荷だと思われてしまうかもしれない」などの考えが現実なのかどうか吟味するプロセスが必要不可欠です。
考えと現実を切り分ける方法の1つとして、こころの健康クリニックでは、バイロン・ケイティの「ザ・ワーク:人生を変える4つの質問」を勧めています。
過食症や気分変調症から回復したいと本気で願うときには、自分を縛り付けている考えから、自分自身の本当の心を引き離すことが必要不可欠なのです。
患者さんによっては、対人関係療法の初期の数回で、気分変調症から回復できるかもしれない、と感じられるほどの強力な方法ですから、皆さんも試してみてくださいね。
- 非暴力コミュニケーション」を用いた「自己内対話」(主語に注目する方法)
- 自分の心を通して他者の心の状態を理解すること(他者の立場で感じてみる方法)
- 「ザ・ワーク:人生を変える4つの質問」(考えの有効性を吟味する方法)
この3つは、復職までに身につける汎用性のあるスキルとして、リワークプログラムでも指導しています。(『リワーク(職場復帰)プログラムと自分の考えとの向き合い方』)
院長