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摂食障害とカサンドラ症候群

[2019.09.02]

苦痛な情動状態のときに安心となぐさめを求めて他者に近接する行動を、愛着(アタッチメント)希求行動と呼びます。

しかし、他者に期待した承認や称賛が得られなかった場合には、傷つき、自尊感情が低下し、抑うつ的になります。

 

摂食障害、とくに過食嘔吐を伴う「神経性過食症」や、「過食性障害(むちゃ食い症)」では、愛着(アタッチメント)希求行動にブレーキがかかり(愛着の回避)、「心理的孤立と無力感」を「食べる」という単独行動で解消しようとします。

  

話は変わって。

アスペルガー症候群の夫との関係の中で妻がおちいる「カサンドラ症候群」は、情緒的交流がうまくいかないこと(情動剥奪)によって、妻の側に自己評価の低下、無気力、抑うつ、不安などの精神的症状あるいは胃痛、動悸、身体のこわばりなど、さまざまな自律神経症状が現れた状態です。

 

生活が夫のこだわりで埋め尽くされ、情緒的交流や会話が乏しくなった妻が、コミュニケーションや情緒的サポートが苦手な夫にそれらを求めると、夫から強く反撃されてしまいます。

妻の側には、夫に何を言ってもムリという学習性無力感がつのり、また、夫の放つ言葉や理屈が冷たく突き刺さり、孤独感、絶望感が抑うつ状態を引き起こすようになることが知られています。

カサンドラ症候群の妻は、気分変調症の人と同じように、誰にも理解してもらえない、夫の言うとおりにできない自分が悪いのかもしれない、と感じ、ますます自分を責めてしまいます。

 

もしかすると、そんな夫となぜ別れないのか?と考える人もいらっしゃるかもしれませんね。 

次の『8つの秘訣ワークブック』の課題をちょっと考えてみてください。

 

なぜ人は、虐待的な人間関係から逃れることを恐れるのでしょうか。
考えられるかぎりの理由を書き出してみてください。例えば、「彼なしで生きていくことを恐れている」など。

(中略)

摂食障害を手放すことについて、みなさんは何を恐れているのでしょうか?

(中略)

虐待的な人間関係から逃れることの難しさと、摂食障害を「手放すこと」の難しさについて、あなたの考えを書き出してみてください。 

コスティン、グラブ『摂食障害から回復するための8つの秘訣ワークブック』星和書店

 

ある患者さんは「別れないのは好きだからじゃないでしょうか?」と話されました。
たしかに虐待が酷くない時期には、「この状態は一時的なもので、いつかはわかってくれる。いつかは変わってくれるはず」と信じたい気持ちの方が強いですよね。 
 

でも相手が変わってくれない、あるいは虐待的な人間関係がずっと続いているとしたら、「好きという気持ち」と「別れることへの未練」を混同していないかどうか、自分の期待をよく考えてみる必要があるかもしれませんね。  

 

私はこうして摂食障害(拒食・過食)から回復した』のジェニーさんは、エド(摂食障害)から人生をコントロールされ、自己イメージを歪められ、身体的にも傷つけられる虐待的な関係にあったと書かれています。 

そして「虐待している夫と別れることを決断したときに初めて、その関係からの癒しが始まる」と、エド(摂食障害)との離婚を決意されました。

 

エドは、ありとあらゆることについて細かくルールを決めています。

洋服ダンスのルールでは、「『細身ぴったり』ジーンズでさえ、いつでもぶかぶかでならなければならない」とか、「過食する日は、だぶだぶの服を着なければならない」とか、食事のルールでは、「どんな場所でも、食べる量は、一緒に食べる人たちの誰よりも少なくなければいけない」とか。

 

あなたの中に潜むエドは、あなたのためだけの特別なルールを用意しているかもしれないけれど、でもこれだけは間違いないはずです。

エドには必ず決まり事があって、それは、エドはあなたがそれに従うことを当然と思っているということです。 

シェーファー、ルートレッジ『私はこうして摂食障害(拒食・過食)から回復した』星和書店

 

上記で「カサンドラ症候群」の例を挙げたのは、カサンドラ妻たちが感じている夫のこだわりで埋め尽くされた生活が、まさにこんな感じなのです。

 

対人関係療法では、このような状態を「対人関係上の役割をめぐる不和」と呼びます。おたがいに期待がズレてしまっている状態です。

当然ですが、細かいこだわりのルールに縛られると苦しくなってきて、反発したくなりますよね。

 

エドのルールに従わないとどうなるのでしょうか?

もしも私がエドの言いなりにならないと、エドは、私のことを価値のないどうしようもない人間だと言います。
「言う通りにしないと、絶対に成功なんかしないぞ。一生、みんなから見下されるだけだ。君の本当の可能性に気づかないまま、人生を終わることになるよ」と。

シェーファー、ルートレッジ『私はこうして摂食障害(拒食・過食)から回復した』星和書店

 

乱れた食行動で悩む女性たちも、カサンドラ妻たちも、何とかコミュニケーションを取ろうと試みます。
しかし期待した反応が返ってくることはなく、さらに傷つき体験を重ね、ますます自尊心が低下してしまうのです。

対人関係療法では、不和が行き詰まった状態と考え、「学習性無力感」と呼びます。

 

しかし、私を本当に支配しているのは誰なのでしょう?
そう、みなさんにもおわかりの通り、エドなのです。

エドと決別すると決めて、回復への道へ歩み出そうとするならば、まず、あなたの生活の中で、あなたががんじがらめになっているエドのルールに気づくこと、それを見分けられるようになることが大切です。

エドがあなたに投げかけてくる課題と、あなた自身が自分のために設定した健康になるための課題の違いを区別できないといけません。

シェーファー、ルートレッジ『私はこうして摂食障害(拒食・過食)から回復した』星和書店

 

エド(カサンドラ妻の場合はアスペルガー症候群の夫)との関係は、再交渉から行き詰まりの段階に至った「不和」ですが、対等の対人関係にはなっておらず、支配と隷属の関係になっていますよね。

 

対等の関係であれば、対人関係療法で行うような自分の気持ちを相手に伝えるコミュニケーション・スキルを身につけることは有効ですが、このような上下関係にあるときに自分の気持ちを主張すると、不和の状態はさらに悪化してしまいます。

ですから、「学習性無力感」が対等の関係で起きているコミュニケーションのズレなのか、あるいは、支配と従属関係になっているのか、関係性の質を見極めることがすごく大切なのです。
摂食障害の部分(エド)との関係は、上記でみてきたように、あきらかに支配関係になっていますよね。

 

そして再交渉を行いつつ別離の準備を始めること、つまり、エドやアスペルガー症候群の夫の言いなりにならずに、丸太を手放して自分の力で泳ぐことができるスキルを身につけていくことが必要ですよね。

 

この取り組みが、対人関係療法で摂食障害(過食症)あるいはカサンドラ症候群を治療していくときの最初のステップである「自分自身との関係を改善する」取り組みになるのですよ。

  

院長

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