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愛着トラウマの2つの影響〜1.複雑性PTSDと発達障害の対人関係の問題

[2021.09.27]

愛着関係とメンタライジングによるトラウマ治療』の著者であるアレンは、「愛着トラウマ」について、「第一に、愛着関係において生じるトラウマを指すために使用します。第二に、そのようなトラウマが安定した愛着関係を形成する能力に与える悪影響を指すために使用します」と述べています。

 

つまり、愛着関係で生じる身体的虐待や精神的ネグレクトなどのトラウマ体験(逆境的小児期体験)は、情動的苦痛を引き起こすと同時に、情動的苦痛を調整する能力(アタッチメント能力)の形成を妨げるのです。

 

福井子どものこころの発達研究センターの杉山先生は、以下のように述べられています。

 

子ども虐待によって引き起こされる病理は、広い臨床像を呈することになる。

しかし、トラウマによる影響という発達精神病理学的視点でその臨床像の推移を見れば、同一の子どもがさまざまな臨床像を変遷していくという事実、発達精神病理学でいう、異型連続性(heterotypic continuity)が認められ、実は同じ根源から生じていることが示される。

この広範な臨床像をもたらすものを圧縮して述べれば、一つは愛着障害であり、もう一つが複雑性のトラウマ体験である。

(中略)

では被虐待児はどのような臨床像によって、われわれの前に現れているのであろうか。

(中略)

彼らは、発達障害としてわれわれの前に登場しているのである。

(中略)

被虐待児が、その異型連続性のなかで、とくに学童期において、発達障害の臨床像を示すということである。

このような症例において、一般的には多動性の行動障害、つまりADHDの臨床像と、非社会的行動、すなわちASDの臨床像とを共に呈するようになる。

杉山『発達性トラウマ障害と複雑性PTSDの治療』誠信書房

 

自験例でみてみても、愛着トラウマ(あるいは関係性トラウマ)から「複雑性PTSD」を発症したのではないかと考えられる患者さんたちは、「ASD特性(対人関係の構築と維持の困難)」を強く持っている傾向があります。

 

たとえば、幼少期には父親から、日常的に痣ができるほど殴打される、母親から刃物を向けられる、意識を失うほど首を絞められるなどのトラウマ体験が続いていた体験を患者さんの中には、思春期に自分が同性愛者だと自覚したり、あるいは過呼吸発作が続き、不登校になったりした人たちがいらっしゃいます。

 

さらに成人してからは、慢性的な希死念慮(過量服薬あるいは飛び降り自殺未遂)、記憶の断片化や、突然の抑うつ発作などの解離症状を呈する人たちも多いのです。

 

これら複雑性PTSDと診断される人たちはADHDの素因もあるのですが、前景に出てくるのが対人関係の困難さや認知様式の頑なさ、つまりASD特性なのです。

 

念のために強調するが、発達障害がすべて被虐待児というのではもちろんない。また発達障害が未診断であったときに、トラウマになる可能性のある事象を引き寄せやすいということもその通りである。

(中略)

もちろん、なにも素因がないところには生じないのではないかと思う。つまり素因がある子どもにおいて、より明白な発達障害の臨床像が示されるのであろう。

杉山『発達性トラウマ障害と複雑性PTSDの治療』誠信書房

 

「複雑性PTSD」と診断したある患者さんは、幼稚園児の頃には、すでに足し算ができたり、かけ算の方法を生み出すなど、勉強に秀でていたといいます。

また別の患者さんは、身体的あるいは精神的な暴力を受けつつも優秀な成績をおさめていたものの、思春期を過ぎる頃から少しずつ成績が下がり、それでも一流の大学に入学できたのですが、交友関係が次第に億劫になり、学校も休みがちで成績も下がってしまいました。

 

医療機関を受診し、「気分変調症」と診断された患者さんもいらっしゃいました。

あるいは、診断基準上は大間違いなのですが、がむしゃらな勉強の仕方を躁状態とみなされ、「双極性障害」と診断された患者さんもいらっしゃいました。

なかにはアイデンティティの不確かさを「解離性障害」と診断された方もいらっしゃいました。

 

このように「高機能自閉症」あるいは「アスペルガー症候群」と呼ばれるタイプ、あるいは「他の広汎性発達障害」と呼ばれるタイプでも、幼少期からの身体的・精神的な虐待体験を認めることは非常に多いのです。

 

さらに、患者さんの両親にも被虐待体験を認めることに加え、夫婦関係が悪いだけでなく夫婦間DVも多く、これらはトラウマの世代間伝達と呼ばれていることは、このブログでも触れたことがありますよね。

 

知的な遅れがない、いわゆる高機能ASD児の父親において、しばしばいわゆる広汎な自閉症発現型(broad autism phenotype:BAP)が認められることに関しては、以前から指摘されてきた。BAPというよりもASDと診断できる父親も経験される。この場合、それが必ずしも子ども虐待に直結するわけではない。

ところが、母親の側にBAPあるいはASDが認められた症例の場合、子育ての問題に結びつきやすい。

杉山『発達性トラウマ障害と複雑性PTSDの治療』誠信書房

 

両親ともにBAP(広範な自閉症発現型:発達障害の素因)やASDを持っていることも多いため、家族間での対人関係の問題が起きやすいのではないか、と考えられます。

 

両親(あるいは夫婦)がBAPあるいはASDをもっている場合、母(あるいは妻)が俗にいうカサンドラ症候群のような状態になることもあります。

ちなみにカサンドラ症候群では、強制的に夫を受診させる妻側にも、夫の発達障害特性に惹かれるサブタイプの異なる自閉症スペクトラムがある場合が多いのです。

 

この理由を考えてみると、そもそも夫婦どちらかが未診断の発達障害・発達凸凹の場合に、その配偶者もまた少なくとも発達凸凹を抱えている場合が多い。

これはやはり類似した認知特性をもつ者同士が惹かれ合うからなのではないかと考えられる。

このようなカップルに生まれる子どもに発達障害が生じやすいという生物学的な要因のみならず、主たる養育者となる母親の側のASD特性、あるいはADHD特性の存在が、子ども側の愛着形成の混乱を生じやすいからであると考えられた。

杉山『発達性トラウマ障害と複雑性PTSDの治療』誠信書房

 

両親ともに発達障害特性がある場合、認知様式の頑なさから衝突が起きやすいことは明らかでしょう。

また、私見ですが、父親の特性は娘に、母親の特性は息子に伝わりやすく、両親の夫婦関係が親子関係にエナクトメント(再演)される場合もあるのではないか、と考えられます。

 

発達障害があると、対人関係上の問題が起こりやすく(どちら側に非があるかは個々に異なるが、どちらにも非のない行き違いも少なくない)、それがトラウマになりやすい(『大人のトラウマを診るということ——こころの病の背景にある傷みに気づく』)と言われますから、対人関係の問題で悩んでいる人や、発達障害かもしれないと思われる人は、こころの健康クリニックに相談してくださいね。

 

院長

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