回避/抑うつ型の摂食障害とその治療
2021年10月末に開催された第24回摂食障害学会で、神経性拒食症や神経性過食症など、古典的な摂食障害は絶滅危惧種であることが報告されていました。
たしかに、拒食症に似て見える「回避/制限性食物回避障害」や、神経性過食症の定義を満たさない「排出性障害」、あるいは過食性障害(むちゃ食い障害)とも異なる「ダラダラ喰い」や、就寝直前や中途覚醒時の過食など「夜間食行動異常症候群」など、非定型の食行動異常が目立つようになった印象を持っていました。
以前より、摂食障害は幼少期の傷つき体験や、不安定なアタッチメントの問題など、複雑な病因からなると言われてきました。
たとえば、『「回避/抑うつ型(感情・行動抑制型)」摂食障害と幼少期のトラウマ体験』で紹介した「回避/抑うつ型(感情・行動抑制型)」もまた、求めても得られなかったアタッチメント希求を食べ物という「報酬」で埋め合わせているタイプです。(『トラウマと摂食障害』参照)
「回避/抑うつ型(感情・行動抑制型)」摂食障害と幼少期のトラウマ体験
トラウマと摂食障害
私は、日常臨床において、この第三群、すなわちかつての「よい子」たちがきわめて重要であると認識しています。
臨床家の前に現れる彼/彼女たちは、押し並べて自尊感情が低く、他者に怒ることはまずありません。たまに怒ることがあっても、それを外に示すことはめったになく、たいていは黙ってその相手との関係を断ち切ることで怒りを表現します。
池田『メンタライゼーションを学ぼう——愛着外傷を乗り越えるための臨床アプローチ』日本評論社
上記引用で説明されているかつての「よい子」たち、つまり、トンプソン−ブレナーによるプロトタイプのうち、「回避/抑うつ型(感情・行動抑制型)」の人たちは、感情制御不全、否定的自己概念、関係性障害という「自己組織化の障害」を認め、さらに「回避」症状(行動抑制)が目立つタイプでもあります。
彼女たちが食べ方を変えたそもそものきっかけは、人と人とのつながりをより快適なものに修正することだったのである。しかしそれは結果的に、孤立という彼女たちがもっとも望まない方向に彼女たちを誘導することとなった。
日常の食を反転させる形で行われる過食は、フローを引き起こし、それは彼女たちが不安と心配事がうずまく日常を乗り切るための術として定着した。
しかし、そのフローは誰とも共有することができない。過食は続ければ続けるほど孤立を生む、悲しい祝祭なのである。
磯野真穂・著『なぜふつうに食べられないのか 拒食と過食の文化人類学』春秋社
過食嘔吐や自己誘発嘔吐などの乱れた食行動は、過食で感情を麻痺させ感じないようにするのみならず、排出行動によってなかったことにする試みでもあります。
摂食障害症状(乱れた食行動)は、自分の感情を食べ物や食行動で調整しようとする、孤独・孤立の中で行われる自己慰撫手段と考えられています。
「摂食障害」は「ヒステリー」とともに時代の流れの中にあり、拡大された診断閾値以下の自閉スペクトラム症の傾向やアタッチメントの障害にくわえて、生きづらさをわかってほしくて「解離」しても周りに気がついてくれる人のいない「孤独の病」という新しい視点が重要になりつつある。
(中略)
今や摂食障害は「年代、性的指向、人種、地域にかかわらず罹りうる」とされ、文化結合症候群ではなくなった。
解離症以上に、摂食障害の精神病理、背景にある「生きづらさ」も多種多様で、把握がいっそう困難となっている。
永田「摂食障害治療という舞台に舞う解離」こころの科学 221: 96-102, 2021
食べ物との関係と同じように、対人関係においてもそこで感じられる感情を麻痺させ、なかったことにするために「遠ざかり境界性自己障害」と呼ばれる対人関係スタイルをとることで、承認欲求や依存感情を隠し持っているといわれています。
摂食障害や解離症に対するvalidation(註:承認、認証、有効化などと訳されてきたが、適切ではないので、そのまま使用している)が難しいのは、プロトタイプ診断に基づく診立て、生きづらさを超純粋に理解することが必要な点である。
(中略)
プロトタイプ診断において重要なこととは、面接場面での言語化されない対人相互作用を鋭く見抜き、背景にある病理を正しく把握することである。摂食障害、さらに解離症の患者は本質からそれたことを語る傾向にあるが、言語化されない感情を感じ取り、生きづらさを見出してほしい。
力動的精神療法が得意とする自己愛や、認知行動療法が得意とする対人相互関係への不安だけでなく、他者の思考表象の推理が困難なために対人相互作用の質的障害が生じている診断閾値以下の自閉スペクトラム症や、複雑性心的外傷後ストレス障害をも同時に抱える発達性トラウマ障害、アタッチメントの問題を持つ患者の生きにくさも感じ取り、的確に診立てる必要がある。
永田「摂食障害治療という舞台に舞う解離」こころの科学 221: 96-102, 2021
「回避/抑うつ型(感情・行動抑制型)」にみられる「回避」症状は、「他者、自己の心理をメンタライジングすることから距離をとることで情動的危機を回避してきた」と考えることができるわけです。
そのため、上記の論文では「背景にある言語化されない「生きづらさ」を正しく見出し、それが解決可能と返されないと、生きていくため術である解離や摂食障害を手放すことができない」とされています。
さらに、治療継続にも工夫が必要である。
境界性パーソナリティ障害に対して多くのエビデンスを有するもう一つの治療として、メンタライゼーションに基づく治療がある。共感的承認、認識的信頼(無知の姿勢)を基本とする。
永田「摂食障害治療という舞台に舞う解離」こころの科学 221: 96-102, 2021
神経性過食症や過食性障害の治療では、病気は治療可能であるという医学モデルではなく、生きづらさは解決可能であるという希望が、治療の契機になり得ると指摘されています。
彼らの治療を前進させるためには、彼らが慢性の抑うつを抱えていることにできるだけ早く気づき、それをもたらしている病理の本態としてのよそ者的自己に焦点を当てる必要があります。
逆にいえば、慢性の抑うつを呈している患者を治療する際には、常によそ者的自己の病理という視点からのアプローチを忘れないことが大事になってきます。この両者は、それほど密接に関連しているものだと私は考えています。
池田『メンタライゼーションを学ぼう——愛着外傷を乗り越えるための臨床アプローチ』日本評論社
食行動異常の背景にある診断閾値以下の発達障害(神経発達症)特性や、冒頭に書いたように複雑性PTSDの診断基準を満たさないまでも、愛着の問題を含む発達性トラウマ障害まで考慮に入れて「生きづらさ」を支え、自分が自分であることを享受できるようにセルフケアのスキルを高めていく必要があるのです。
セルフケアのスキルを高めるために、神経性過食症や過食性障害(むちゃ食い症)の治療では、「治療動機(行動変容の動機づけ)」がきわめて重要と言われています。
とくに認知行動療法や対人関係療法のように16回とか20回の期間限定治療は、その間に「変化を起こす」ことを重視します。そのため、「治療動機(行動変容の動機づけ)」が非常に大切なのです。
近年、摂食障害患者や家族の治療の動機づけの程度を評価したり、動機づけそのものを治療の対象にする考え方がある。
このアプローチでは「変化」がキーワードであり、長期化した症例については、症状の改善に取り組む以前に、症状があることで安定化してしまっている生活を変化させたいと思えるかどうかが治療のテーマとなる。
Treasurerは、長期化症例の場合、本人だけでなく家族が変化を望む、変化を受け入れられることが非常に重要だとしている。(中略)
神経性過食症では、神経性やせ症とは異なり、一方的に提供できる治療は少ない。
さらには、24時間、食べ物にアクセスできる現代の生活のなかで症状コントロールのスキルを身につけるには、本人の治療動機が必須である。こうしたことを背景に、神経性過食症には認知行動療法が勧められるようになった。認知行動療法は本人の症状モニタリングを重視する。
患者の数が非常に増えた後は、認知行動療法をベースにしながらも、より簡便な、患者自身が症状に取り組む方法が開発された。このガイデッドセルフヘルプ(指導つきセルフヘルプ)は、英国のNICEガイド欄において治療の第一段階でまず取り組むべき方法として推奨されている。西園. 摂食障害の精神医学―「心の病気」としての理解と治療. 日本評論社
こころの健康クリニック芝大門で、摂食障害の対人関係による治療導入の前に指定の本を読んでいただいているのは、「症状があることで安定化してしまっている生活」である「前熟考期」や「熟考期」から、「変化させたいと思える」「準備期」に移行してもらうためです。
「精神状態が悪いから本が読めない」とクチコミに書かれていた人がいらっしゃいます。
このような回避を支えるまことしやかな理由づけ(言い訳)をして、イソップ寓話の[すっぱい葡萄]のように変化しない/変化できないことを正当化するするのではなく、「精神状態が悪い時だからこそ、セルフヘルプや治療が必要」と理解してください。
「神経性過食症では、(中略)一方的に提供できる治療は少ない。(中略)本人の治療動機が必須である」とあるように、摂食障害、特に神経性過食症や過食性障害(むちゃ食い症)治療は、まかせておけば治るというものではありません。「行動の仕方を変えていく」ということは、行動主体である自分自身が取り組まなければならないことなのです。
さらに、本を読んでもらうことはNICEガイドラインの第1段階で行うことが推奨されている「ガイデッドセルフヘルプ」であると同時に、「治療動機(行動変容の動機づけ)」を「準備期」から、摂食障害から回復する10の段階のうちの第6段階である「実行期」に進んでもらうためなのです。
治療は山登りのガイドのようなものです。私たちはあなたを負ぶって登山するわけにはゆきません。
私も荷物を持っています。あなたも自分の荷物を持ってください。
登りたくない人、しゃがみ込んでしまうひとに私は何もできません。あなたが歩んでくれれば、登り道を一緒についていきます。
この治療は楽ではありませんが、登れば、それはあなた自身の力によるものです。
市橋. 外来治療の治療構造. in 精神科臨床ニューアプローチ5 パーソナリティ障害・摂食障害. メジカルビュー社
さらに症状があることで安定化してしまっている生活を本気で変えようとするとき、一時的にしろ症状は悪化します。
この時に『私はこうして摂食障害(拒食・過食)から回復した』のジェニーさんの体験のように、変化し続けること、前に進むことを続けられるかどうかが「実行期」の課題になるのです。
逆に、自分と向きあうこと(セルフモニタリング)は、そのくらい強力な治療法であるということです。
症状があることで安定化してしまっている生活を本気で変えたいと思い、「準備期」から「実行期」へと回復への道のりを歩こうとされる方には、私たち治療者がゴールまでガイド(道案内)をしていきます。
「精神状態が悪いから本が読めない」とクチコミをされた人は、「症状が軽い人が通える」と書かれていましたが、そうではありません。
私たちが治療している摂食障害の患者さんは、摂食障害の支配から自分の人生を取り戻したいと真摯に治療に取り組まれている「実行期」の方たちです。15年選手の方もザラにいらっしゃいます。
「症状が軽い人が通える」とのクチコミは、摂食障害の治療で通院されている患者さんや、治療を受けるまでと回復までの経緯を書いてくださったy dandelionさんなど、回復に向けて努力されている方たち・努力された方たちにとって、失礼な言い方だと思いますよ。
『摂食障害の対人関係療法導入ガイダンス』のお知らせ
8月6(土)10時~11時45分 (休憩15分)に、摂食障害の対人関係療法を希望・検討されている方や、治療を申し込んで課題に取り組んでいらっしゃる方に、治療導入前のガイダンスを行います。
過食やむちゃ食い、過食嘔吐など摂食障害の症状の背景にあるこころの状態や、クセになったと感じられる食行動の問題から回復するために、対人関係療法でどのようなことに取り組んでいくのかについて説明します。
ガイダンスの後に個別相談・個別指導も予定しています。
7月14日が締め切りですので、お早めにお申し込みください。
摂食障害の対人関係療法導入ガイダンス
院長