思考の悪循環とストレス反応
クリニックに面した通りでは、咲きそろった真っ白なヤマボウシの花に混じって薄紅色のハナミズキもチラホラと咲き始めました。
新年度が始まり、そろろそ3週目になります。
変化というストレッサーに対するストレス反応はいかがですか?慣れてきましたか?
「同じような問題が起きても、個人がそれをどのように受け止めるかによって、ストレッサーとなるかどうかの結果は異なる」(藤原、他『心は鍛えられるのか』遠見書房)ので、「刺激に対する認知的評価、特に脅威性の評価はストレス反応の発生に大きく影響」(前掲書)します。
このことを、こころの健康クリニック芝大門のリワークプログラムでは、ポリヴェーガル理論を使って「扁桃体の暴走」として説明していますよね。そして「扁桃体の暴走」は「思考の悪循環」によってさらに増大してしまうのです。
ストレス因が少ないにも関わらず、ストレス反応が大きく出ている人は、「思考の悪循環」による「扁桃体の大暴走」が起きている可能性が高いようです。
(抑うつの)リスク要因の中には、個人的な心理の中に見つかったものもあり、気質や生い立ち(幼少期の重要な人物像の喪失や被虐待歴など)のようなものや、思考の質(証拠もなく間違った結論に飛びつくといった、主に思考プロセスにおいて習慣的にやってしまう誤りなど)もある。
(中略)
抑うつ的な人の問題の核心は、自分の人生に起こることについて、無意識的に間違って解釈したり、考えたりするせいで、自分の考えが真実であると見誤ってしまうということである。
抑うつの思考プロセスの研究で、考えることは、特に自分のものの見方は「正しい」と信じている人にとって、危険になりうることが非常にはっきりとわかっている。
ヤプコ『鬱は伝染る。』北大路書房
考えが現実であるとみなしてしまう状態を「心的等価モード」と呼びます。外部世界に空想(思考)を投影し、それが現実そのものと感じられるのです。
『メンタライゼーションでガイドする外傷的育ちの克服』には以下のような例が挙げてあります。
- 自分にやましいことがある時に、「みんなが怒った顔をしている」と感じる。または「みんながぼくを攻撃してくる」と確信する(被害妄想)。
- 先生に男性として嫉妬を感じている時に、「先生はぼくの彼女を取ろうとしていますよね」。
- カエルが嫌いで、カエルの写真もさわれない(写真は表象の一種)。
- 早期の乳児にとって「見えない」お母さんは、「存在しない」。
〔これはジオラマの例えでは説明しがたいですが、早期乳児にとってお母さんが「見える時だけ存在する/見えないときは存在しない」のは、心の中のお母さん表象が根付いていない(対象恒常性が育っていない)ことを現しており、1つの心的等価モードです〕治療においては、「彼のあの発言はこういう意図であり、それ以外はありえない」など別の思考ができない姿勢も心的等価モードの1つに数えられます。
崔『メンタライゼーションでガイドする外傷的育ちの克服』星和書店
「心的等価モード」という「思考の悪循環」による「扁桃体の大暴走」から抜け出すにはどうしたらいいのでしょうか?
厚生労働省から出ている《職場における心の健康づくり》には、労働者によるセルフケアとして「労働者自身が、ストレスに気づき、これに対処することの必要性を認識することが重要」とされています。
問題(ストレッサー)に直面している人は、まず自分自身がもっているストレスコーピングを最大限に活用し、その影響を軽減し、問題解決に努める。
また周囲の人は必要に応じて有効なストレスコーピングを提供する。周囲の人が提供するストレスコーピングとは、たとえば問題解決の具体的方策などの助言(問題焦点型)、慰めや激励によるサポート(情動焦点型)である。
(中略)
自分一人のあるいは人間の力では到底乗り越えられないような問題に直面したとき、私たちはまず現実をありのままに見つめ、受け止めなければならない。
それは自分の限界を知り、受け入れることでもある。そうすることによって始めて、私たちは周囲の力を借り、必要な休息を取るなどの適切な対応を行うことができる。
藤原、他『心は鍛えられるのか』遠見書房
厚生労働省の「適応障害の治療」で書かれている3つの項目のうち、「ストレス因の除去」は補助手段であって、こころの健康クリニック芝大門のリワークでも指導しているように、「ストレス因に対しての本人の適応力を高める」ことがもっとも重要だということですよね。
一方で、「情緒面や行動面での症状に対してアプローチ」としての薬物療法については、こんな意見もあります。
投薬は単独で、抑うつの罹患率の上昇を何とかすることはないだろうし、不可能である。
逆説的ではあるが、投薬はむしろ抑うつの罹患率の増加に貢献しているかもしれない。
(中略)
端的に言うと、薬は、多くの人を孤独や抑うつといった苦痛や絶望にいたらせる問題を解決することはできないのである。
(中略)
彼女(『化学治療の神話』の著者であるモンクリフ博士)は、「医者や健康の専門家のほとんどは、自分自身が抑うつを乗り越えるために、人を助けたいのである……。彼らが気づき損ねているのは、自分たちが出す処方箋が、もれなく絶望と無力というメッセージを伝えているということである。抗うつ薬を勧めるたびに、人間が逆境を克服する能力を養っていくべきであるというメッセージに反駁することになるのである」と言っている。
ヤプコ『鬱は伝染る。』北大路書房
辛辣な意見ですが、一般的に不快感を伴って体験されるストレス反応は、ストレス因に対する適応過程で生じるものです。
ストレス反応自体は生命維持のために不可欠のものであるので、その不快感を減少させようとする試みは逆に、ストレス因への適応反応も阻害してしまいますよね。
そのため、「情動反応は増大し、さまざまなストレス反応を引き起こし精神疾患などにつながる」、つまり薬物療法だけでは「適応障害」の改善がうまくいかず長引いてしまうのです。
適応障害の遷延化を防ぐために、こころの健康クリニック芝大門のリワークに通っていらっしゃる方には、抗うつ薬や抗不安薬を少しずつ減らしていき、最終的には薬を服用していない状態で職場に復帰してもらっているのです。
ストレス反応に適応・順応していくためには、変化に伴う一時的な苦痛から逃避しようと躍起になって、苦痛を苦悩に変えないために、適応力、つまり、セルフモニタリングとセルフ・コントロールの能力を高めることが必要ということですよね。
院長