復職は休職前の状態に戻ることではない
休職に入られた患者さんから、「上司や人事担当者から『完全に良くなってから戻ってきて欲しい』と言われた」、と聞くことがよくあります。
つまり、心の病気が完全に良くなるまでは戻って来ないで欲しいということですが、この考えはどこかヘンだと思いませんか?
例えば、心の病気ではなく、足を骨折したと想像してみてください。
手術が済むと、多くの人は、ギプスを巻き、松葉杖をつきながら復職しますよね。
このような状況で、「完全に骨がつながってから戻ってきて欲しい」とは言わないはずですよね。
このような違和感が生じるのは、勤怠・安全・パフォーマンスなどの「事例性」と、病気があるかどうか・過去に病気があったかどうか、具体的な病名を主とする「疾病性」、そして疾病性が業務とどのくらい関連しているのかの「作業関連性」を区別して考えられていないことが原因のようです。
認知行動療法的な対応を行い、復職後の再発再燃防止を念頭に価値観、行動パターンなどを患者とともに考えていくことも多い。
ただ復職後には治療により獲得したそれら変化が減弱し、病前の性格や行動パターンに戻り、その結果、再燃に至ることも多い。その一因に、職域が、復職とは病気になる前の状態に戻ったことだから病前と同じ対応をしてかまわない、と考えることがある。
井上. 4つのケアを念頭においた職域との連携. 精神神経学雑誌 123: 81-86, 2021
しかしメンタルクリニックの中には、「休職期間が終わる頃に受診してください」と、休職診断書を出すだけで復職可能性の判定もしないまま復職可能の診断書を出すところもあるようです。
その意味では、冒頭に挙げた上司や人事担当者の意見も、精神科医療に対する信頼失墜を代表した、妥当なものなのかもしれません。
復職後1ヶ月目の産業医面談で、社員さんがこういうことをおっしゃったことがあります。
リワークでアサーションを学んで、しばらくは妻との関係も良かったんですよね。
でも最近、妻から、「あなたは自分の主張ばかりして、私の話をちっとも聞いていないじゃない!」と言われたんです。
だから家では、アサーションは使わず、妻の話を聞くことに専念することにしました。
このエピソードからわかることは、この社員さんが学んだアサーションは、対人相互的なものではなかった、ということです。
このように技法を教えることだけに終始したリワークプログラムがいかに多いことか。。。
このようなやり方では、職場では再燃・再発のリスクが高まるのです。
精神科医療で主治医が目的とすることは疾病性の改善であり、就労状況に合わせた薬物療法や職場を考慮した認知行動療法などの精神療法を行う。
しかし実際の診療場面では、患者の疾病性に対応することは可能であっても、適切な職域情報がなければ事例性への対応は困難である。
また主治医としてよかれと思った認知行動療法的アプローチであっても、実際の職場の現実にそぐわなければ認知の修正(再構成)が適切に活かされず、復職に伴い元の認知パターンに戻り再発してしまうことも多い(燃え尽きて抑うつ的になった労働者に無理をしないように理解させても、よくなったからと職場が労働者に以前同様の労務負荷をかけ、責任感からそれを受けて結局前回同様に燃え尽きてしまうなど)。
井上. 4つのケアを念頭においた職域との連携. 精神神経学雑誌 123: 81-86, 2021
「よくなったからと職場が労働者に以前同様の労務負荷をかける」ことと、「リワークで学んだセフケやコービングスキルが実際の職場の現状にそぐわないこと」。
このミスマッチが、冒頭で書いた「完全に良くなってから戻ってきて欲しい」につながるのかもしれません。
この矛盾を解決する可能性を有するのが、『職場における心の健康づくり』にある「4つのケア」です。
「4つのケア」は、「①セルフケア」「②ラインによるケア」「③事業場内産業保健スタッフなどによるケア」「④事業場外資源によるケア」の4つで、こころの健康クリニック芝大門のリワークから復職される前には、全員に教えていますよね。
精神科主治医とは職域からみると事業場外資源であり、直接セルフケアやラインによるケアにかかわるよりは、事業場内産業保健スタッフと連携し逆行性に労働者本人(セルフケア)まで情報を共有することが重要である。
(中略)
例として、仕事への義務感が強すぎるがゆえにさまざまな心身の不調をきたす労働者に、主治医として、病態の説明とともに症状軽減のためにも仕事の優先順位を意識することを指導した場合を想定してみる。
主治医④(事業場外資源)が③(業場内産業保健スタッフなど)と連携するときには医学的観点からその病態や治療指導内容を説明できる。
それをもとに③(業場内産業保健スタッフなど)から医療者ではない②(ライン:上司−部下関係)に説明するときには、仕事で優先順位をつけ、すべてを引き受けないなど、労働者がどう変わろうとしているのかを具体的に説明したうえで、ラインの立場でしてほしいこと、すなわち仕事量や内容の設定、注意事項、サポートにつながる声かけなどを依頼し、労働者の健康維持に結びつく介入を行うことができる。
井上. 4つのケアを念頭においた職域との連携. 精神神経学雑誌 123: 81-86, 2021
ここで井上先生が述べられている精神科主治医と業場内産業保健スタッフ(産業医)との連携は、職場復帰では必須のプロセスと精神科主治医としては考えています。
実際、厚生労働研究でも主治医と産業医の連携の有無により予後に差があったと報告されています(『リワーク主治医と会社産業医の連携による復職への効果』参照)。
リワーク主治医と会社産業医の連携による復職への効果
私自身が精神科産業医として職域に関わり、事例性(勤怠・安全・パフォーマンス)の問題の背景に疾病性がある場合や、作業関連性が想定される場合には、「職場内で、メンタルヘルス不調者への正しいアセスメント、事例性を中心とした基本的職場対応指導(ラインによるケア)、精神科主治医の適切性の判断など」を行っているため、精神科主治医と産業医の連携は必要不可欠と考えています。(前掲論文)
こころの健康クリニック芝大門のリワークに通院中の方、あるいは、リワークを卒業された方はご存じのように、こころの健康クリニック芝大門では、リワーク開始時に休職時の病状とともに、リワークでの課題と目標を産業医の先生にお送りしていますよね。
また、毎月の月次報告では、復職準備性評価スケール(PRRS)からみた回復状況と残っている課題をお伝えしています。ただ、多くの人が3ヶ月程度で復職されますので、月次報告をお送りするのは1回、もしくは2回であることがほとんどです。
さらに、「復職可能の診断書」を提出するタイミングで、休職期間中に受験してもらったWAIS-IVの結果から考えられる本人の特性や対応の仕方、再発の兆候を早期に発見するための留意事項などについて、産業医の先生にレポートをお送りしています。
復職する社員さん本人の「①セルフケア」を支える背景に「②ラインによるケア」があり、それを「③事業場内産業保健スタッフ」と「④事業場外資源である精神科産業医」が抱えるという仕組みの中、職場への復帰が達成されます。
一人で不調を抱え孤立無援で休職されたときとは全く異なり、「疾病性」が消失し、「4つのケア」という「事例性」および「作業関連性」に対するセイフティネットが広げられた状態で復職されますから、休職前とはまったくちがう状態で職場に戻っていかれるのです。
院長