対人関係の問題とストレス関連障害
職場での上司や同僚との関係、あるいは、夫婦・パートナー関係など、対人関係の問題は、急性ストレス反応や適応障害、その他の重度ストレス反応など、さまざまな影響を及ぼすことが知られています。
ストレス因(ストレッサー)の一つである対人関係の問題は、受け手側の反応(ストレス反応)を引き起こしますから、人によっては「トラウマ(こころの傷)」と体験されることもあります。
このような、心的外傷的出来事の基準(基準A)を満たさないその他のストレス因に反応して、情緒面または行動面の症状が出現する精神疾患は「適応障害」と呼ばれます。
ICD-11で適応障害は、反芻的思考、想起刺激による悪化、回避などが中心となっていて、抑うつ、不安症状や、衝動的な外在化症状、喫煙、飲酒、物質依存などを伴うことがある、とされています。
以前に産業医として以下のようなケースの面談をしたことがあります。(個人が特定できないように複数のケースを組み合わせています)
マルチタスクや予定の変更が苦手だった社員さんは、上司から注意を受けることが多かったそうです。メンタルクリニックでうつ病と診断され、エチゾラムを処方されていたそうです。
ある日、その社員さんは翌日の出勤のことをあれこれ考えて不安になり、溜め込んでいたエチゾラムをアルコールで過量服薬し、救急搬送されました。
命に別状はなかったものの、大声でわめき散らす、ベランダから飛び降りようとするなどの脱抑制行動が見られたため、精神科救急病院を紹介され受診したときには、すでに多少の落ち着きを取り戻していたため、医療保護入院にはなりませんでした。
そのエピソードの後に主治医を受診すると、エチゾラムは頓服ではなく、1回2錠1日3回を処方されたそうです。
この社員さんは、うつ病ではなく適応障害と考えられます。
診断の過誤はさておくとしても、常用量依存だけでなく脱抑制を起こすことで悪名高いエチゾラムを、過量服薬事件の後に増量して処方する主治医の常識を疑ったケースでした。
(適応障害の)精神症状は、抑うつ気分、不安、素行の障害と多岐にわたるが、症状が一定の期間持続し一定の重症度であり、うつ病、不安症、反抗挑発症(Oppositional Defiant Disorder:ODD)など特定の精神疾患の診断基準を満たしたら、診断は変更される。
桑原. ASとトラウマ. in おとなの自閉スペクトラム
発達障害特性(自閉スペクトラム特性)を持っている人が適応障害を引き起こした場合、上記の適応障害の症状とは若干異なる症状を呈することが多いようです。
たとえば、ある患者さんは、予約されていた日時に来院されず連絡もありませんでした。(行動上の問題)
その後の患者さんたちの予約が詰まっていたのでそのまま診療を続けていたところ、20分ほど遅れて来院されたそうです。空き時間がなかったため予約の取り直しをされたようですが、受け付けに対するクレームをクチコミに書かれていました。(行動上の問題)
せっかく来たのに、との気持ちもわからないでもないですが、一人一人の診療時間を確保するための予約制ですから、途中にムリヤリ診察を入れるためには、他の人の診療時間を少しずつ短くせざるを得ません。
自閉スペクトラム症(ASD特性)を有する方は、相手の状況を理解できずに、上記のように他責性を伴う社会性の問題(世の中/他者に対する不信、対人関係上の困難)が顕在化することが多いようです。
感情制御の問題や行動上の問題、自分自身への否定的認知や世の中/他者に対する不信、対人関係上の困難、心身の健康不全などとなって顕在化することが多い。
亀岡. トラウマインフォームドケアとは. in 『実践トラウマインフォームドケア』
そもそも、トラウマ(こころの傷)を引き起こす出来事は、誰にとってもストレッサー(ストレス因)であることが適応障害の診断基準なのですが、自閉スペクトラム特性のある人にとっては、適応障害の誘因は異なるようです。
ASDと適応障害が併存する場合には、原因となっているストレス因が定型発達者にとっては通常ストレス因にならないことがあるのが留意点である。
例えば常識の範囲内だが騒がしい教室や、曖昧な指示を出す上司が、ASDにとっては適応障害を発症させうるストレス因になる。
桑原. ASとトラウマ. in おとなの自閉スペクトラム
適応障害の治療は、基本的に環境調整、つまりストレッサー(ストレス因)となっている状況を改善する、あるいは、その状況から離れることが方針になります。
適応障害の治療法は確立していないが理論的には、原因となっているストレス因を解消することが根本的な治療になり、定義上は少なくとも6ヶ月以内に症状は消退する。
しかし、同居する家族がストレス因になっている場合など実際に解消することが難しいことがある。
また、学校や職場がストレス因になっている場合には、学校・職場を欠席すれば、抑うつ気分・不安などの精神症状は改善するが、学校・職場を欠席することで教育・就労の機会を失うことになり、長期化すると留年や無職が新たなストレス因になることもある。
桑原. ASとトラウマ. in おとなの自閉スペクトラム
上記の引用でも触れてあるように、対人関係がストレス因となっている場合は、ストレッサーとなっている相手から離れることが新たなストレス因となる場合もあるのです。
パワハラ上司がいるので会社に行くのが辛く、気持ちが沈み訳もなく涙が出るので治療を受けたい、でも会社を休みたいけれども休めない、交際相手やパートナーからDVを受けていて、相手と別れたいけど別れられない、と、こころの健康クリニック芝大門に治療を申し込まれる方がいらっしゃいます。
このような対人関係の問題から生じたさまざまな症状を改善するためには、『トラウマ関連障害の治療〜再体験症状(フラッシュバックと悪夢)』でも書いたように、まず、「安全な環境の確保(安全性の確立、安定化、および症状の軽減)」が必要不可欠です。
そうは言っても、休みたいけれども休めない、別れたいけど別れられない、などのアンビバレンツに伴う回避によって、職場のせいで人生が破綻したという持続的でゆがんだ認識や、男性は危険だという過剰に否定的な信念を持つようになり、攻撃的行動や他者を警戒するなど、社会適応の低下を引き起こしてしまいます。
PTSDや複雑性PTSDなどのトラウマ関連症状に似たこのような症状も、適応障害の一種と診断されます。
適応障害は期間で診断が制限されるが、ストレス因から3ヶ月を超えた遅延発症、ストレス因の終結後症状が6ヶ月を超えた場合には、他の特定される心的外傷およびストレス因関連障害に類適応障害として分類される。
桑原. ASとトラウマ. in おとなの自閉スペクトラム
「適応障害」の診断で半年以上も会社を休んでいる人は、あらためて「類適応障害」を含めた診断と治療について考えてみた方がいい、ということですね。
院長