トラウマ関連障害(PTSD・複雑性PTSD)の過剰診断
ご存じのように、こころの健康クリニック芝大門では、『心的外傷およびストレス因関連障害』の治療を専門に行っています。
このカテゴリーに含まれる疾患には、単回性の外傷性出来事により引き起こされる「急性ストレス障害(ASD)」「心的外傷後ストレス障害(PTSD)」や、長期的・反復性の外傷性出来事による「複雑性PTSD」がよく知られています。
あるいは、診断基準には掲載されていませんが、「ASD/ADHDの発達障害特性」と「解離症状」「自己組織化障害症状(DSO症状)」を主徴とする「発達性トラウマ障害(不全型の複雑性PTSD)」なども、「トラウマ関連障害」に含めています。
この『心的外傷およびストレス因関連障害』のカテゴリーにはその他にも、こころの健康クリニック芝大門の「職場復帰支援プログラム(リワーク)」で心理社会的治療を行っている「適応障害」や、[ストレス因から3カ月を超えた遅延発症]あるいは[ストレス因の遷延がなく6カ月を越えて遷延]した「類適応障害」などがあります。
今回は、「急性ストレス障害」「心的外傷後ストレス障害(PTSD)」の過剰診断について書いてみます。
それはトラウマ(外傷的出来事)なのか
トラウマ関連障害の治療目的で、こころの健康クリニック芝大門に紹介されて受診された患者さんの中には、拒食症による低体重で緊急入院し経管栄養を行われたことをトラウマによるPTSDと診断された人、あるいは、在宅介護していた親が亡くなったことをPTSDと診断された人など、前医で過剰診断(誤診)を受けた人もいらっしゃいました。
このような過剰診断がまかり通る背景には、診断基準上のトラウマの定義を医師の主観で恣意的に曲解し、日常的なトラウマ(傷つき)を診断基準上の「トラウマ(外傷性出来事)」にすり替えてしまうためなのかもしれません。
日常生活の中で私たちは、「トラウマ」という言葉を、精神的な衝撃となる日常生活上の出来事を説明するのに使っています。
たとえばこころのそこから愛している恋人との関係が破局し、その破局が心痛を引き起こしている場合、私たちはこう思うかもしれません。
「これはトラウマだ!」と。
(中略)
PTSDの場合、カテゴリーAで外傷的な出来事への遭遇ということが説明されていて、そこには客観的側面と主観的側面の両方が含まれています。
外傷的な出来事とは、「実際に、または危うく死ぬ、または重症を負うような、あるいは自分または他人の身体の保全に迫る危険」を伴った出来事(客観的側面)で、なおかつ「強い恐怖、無力感、または戦慄」を伴った出来事(主観的側面)を体験する、または目撃することです。
ルイス、ケリー、アレン『トラウマを乗り越えるためのガイド』創元社
上に挙げた過剰診断の例では、生命の危機のための緊急入院が「自分の身体の保全に迫る危険」あるいは親が亡くなることが「他人の身体の保全に迫る危険」などの客観的側面で、「経管栄養を行われたこと」や「親が亡くなったこと」を「無力感」という主観的側面であると臨床医が拡大解釈してとらえてしまい、トラウマ的出来事(外傷的出来事)を体験したと誤認されたようです。
他にも、女性との交際がうまくいかないのは小学生の時の初恋の失恋体験がPTSDになっていると診断されていたケース、就活が怖いのは大学受験で不合格だったことがトラウマになっていると告げられていたケース、さらに酷いのは、引きこもりの原因は幼稚園から大学までのエスカレーター式の学校に入れられた複雑性PTSDの影響で、親が悪いと診断されていたケースなど、精神科医としての資質を疑うような診断をなさる先生もいらっしゃいました。
皆さんがよくご存じのところでは、結婚されてアメリカに渡られる前のあるやんごとなき御方が2021年に「複雑性PTSD」と診断され、世間を賑わせたことも記憶に新しいことかもしれません。
もちろん、このようなケースは、トラウマ関連疾患とは診断されません。にもかかわらず、悲しいことに、このようないい加減な診断にもとづいて、トラウマの治療には禁忌とされている抗不安薬の投与が横行しているのが現状です。
このようないい加減な診断と治療が行われていることを数多く見聞きすることが増え、こころの健康クリニック芝大門では、治療が難しいといわれているPTSDや複雑性PTSD、あるいは発達性トラウマ障害の治療を行っていることを公表することにしたのです。
実際の外傷的出来事とは
以下の例で、外傷的出来事の客観的側面と主観的側面について考えてみましょう。
50歳の女性ジェニーは自分の自動車を運転し、田舎の道路を進んでいました。そして、踏切で停車し、列車が通り過ぎるのを待っていました。遮断機は下り、警報ライトは点滅していました。
ジェニーがバックミラーを見ると、1台のトラックが道路を下って近づいてくるのが見えました。トラックはスピードをゆるめる気配がなく、ジェニーは次第に不安になり始めました。
そしてトラックの運転手は突然ブレーキをかけたのですが、ぶつかる前に止まることができず、ジェニーの自動車の後ろのバンパーにぶつかってしまいました。
ジェニーは前のめりにはなったのですが、シートベルトをしていましたし、自動車は遮断機まで押し出されずにすみました。ジェニーは、トラックの運転手と保険会社の連絡先などを交換して、また自分の仕事に戻りました。
そしてこの数日後、ジェニーはいくつもの症状に悩まされるようになりました。
頭痛、イライラ感、睡眠障害、集中力と記憶力の低下などです。(中略)
その専門医はジェニーを診察し、神経心理学的検査をした後で、「脳がダメージを受けている徴候は見られません。PTSDでしょう」と伝えました。
ルイス、ケリー、アレン『トラウマを乗り越えるためのガイド』創元社
この追突事故が起きるまでの状況を考えてみると、「自分の身体の保全に迫る危険」という客観的側面と、「強い恐怖、無力感、または戦慄」という主観的側面を伴っているとみなして良さそうです。
急性ストレス障害(ASD)と心的外傷後ストレス障害(PTSD)
このような外傷性出来事(いわゆるトラウマ体験)後に、侵入症状、回避症状、覚醒症状といった3つの徴候に加え、認知と気分の陰性の変化、解離症状などの症状にともなう苦痛と社会的機能障害が1ヶ月以上持続すると「心的外傷後ストレス障害(PTSD)」と診断されます。
DSMは、外傷的出来事の体験から生じるPTSDの症状を3種類に分けて説明しています。
- 外傷的出来事をフラッシュバックや悪夢といった形で再体験する。
- 外傷的出来事を思い起こさせる状況や場面を回避したり、あるいは無感覚・麻痺状態になったりする。
- 覚醒水準が亢進状態となり、持続的に不安で過敏な状態となる。
この種の症状が大きな苦痛を生じ、日々の生活機能を損なうほど深刻なものであり、なおかつこれらの症状が少なくとも1カ月以上続く場合には、PTSDという診断が妥当と認められるでしょう。
ルイス、ケリー、アレン『トラウマを乗り越えるためのガイド』創元社
外傷的出来事の受傷後3日から1カ月の間に、上で説明したPTSDと類似した症状が認められるのが「急性ストレス障害(ASD)」であり、それが1カ月以上持続した場合に「心的外傷後ストレス障害(PTSD)」と診断されます。
上記で引用したジェニーの場合、外傷的出来事の受傷から数日しか経過していません。
また、症状はセリエの汎適応症候群の警告反応期でみられる交感神経系の亢進を伴う非特異的反応(いわゆるトラウマ反応)のようですから、この時点では「特定不能の心的外傷およびストレス因関連障害」としか診断できません。
ところが、ジェニーを診察した専門医は、PTSDと診断しています。このような短絡的なPTSD診断も多く見られるのが実情です。
よく誤解されることだが、別にPTSDがトラウマ反応のすべてを代表しているわけではない。トラウマによって生じる苦痛には、(中略)さまざまなものがある。
PTSDを手がかりとして、被害者の苦悩を見逃さないようにつとめることは有意義ではあるけれども、PTSDだけにとらわれて、それだけを探していたのでは中途半端である。
金. 『心的トラウマの理解とケア』じほう
上に挙げたトラウマ関連障害の過剰診断のさまざまなケースは、臨床医がPTSDにとらわれたための誤診といっても過言ではなさそうです。
一方、引用したジェニーの場合は生育歴にさまざまな問題があり、「外傷的出来事の累積体験」についての説明は、また別の機会に譲るとします。
今回のブログで説明したように、「外傷的出来事」と「症状」の関連は診断基準に則ることは診断の大原則です。そのため、臨床医の主観で判断するのではなく自記式質問紙などの客観的な指標を用いることが推奨されています。
しかしPTSDとか複雑性PTSDと診断された人のうち、質問紙などを用いて診断された人はほとんどいらっしゃらないのではないでしょうか。少なくとも、こころの健康クリニック芝大門に転院してこられた方の中では、皆無でした。
こころの健康クリニック芝大門では、精緻な診断に基づくトラウマ関連障害の治療を行っています。
PTSDや複雑性PTSD、あるいは発達性トラウマ障害などトラウマ関連障害と診断されて通院中だけど、よくならないと感じていらっしゃる方、他医で治療できないと言われた方は、こころの健康クリニック芝大門に相談してくださいね。
院長