トラウマ関連障害の「感情調節不全」の薬物療法
こころの健康クリニック芝大門では、複数の抗うつ薬や2種類以上の抗不安薬の処方を受けていらっしゃる方は、申し訳ありませんがお引き受けしていないのです。
「断っている医療機関はある意味健全です。複数のベンゾジアゼピン系薬物を含む数種類以上の向精神薬の多剤併用の害を承知していて、そのような処方は出さないと決めているところでしょう。」(原井『うつ・不安・不眠の薬の減らし方』秀和システム)
上記引用にもあるように、ベンゾジアゼピン系薬物(抗不安薬や睡眠薬)を含む、複数の向精神薬の多剤併用は、さまざまな悪影響が知られています。
たとえば、認知機能障害、気分耐性の低下、脱抑制(衝動耐性低下)、常用量依存など、原疾患の治療よりも副作用の治療のためにさらなる多剤併用にならざるを得ない可能性が高いためです。
気分耐性の低下と常用量依存は、症状に囚われやすくなり「症状が強まれば、薬を飲んだり休んだりする、ストレスを感じたりすれば解消のために薬を飲む」という、症状改善のための治療薬が逆に症状を強化する方向につながってしまうためです。(原井『うつ・不安・不眠の薬の減らし方』秀和システム)
抗不安薬を別の薬に置き換えることを想像してみてください。
その際、薬を変えることに抵抗を感じる人は、すでに抗不安薬の常用量依存が生じている可能性があるかもしれませんね。
治療に用いられる通常量の処方を行った場合、たとえば抗うつ薬の処方によって気分変動が悪化する、抗不安薬の処方によって意識水準が下がり行動化傾向が促進されるなど、副作用の方が目立つ状況となる。
(中略)
発達障害およびトラウマが基盤にあると考えられる気分障害の症例において、抗うつ薬は躁転を引き起こすので禁忌、また抗不安薬も抑制を外すだけで行動化傾向を促進し、こちらも禁忌である。
(中略)
睡眠の障害は複雑性PTSDでは普遍的な問題であるが、抗不安薬系の睡眠薬は抑制を外すので、逆に興奮してしまい、さらに眠気によって抑制がさらにさがり、悪性のフラッシュバックが延々と生じ、その結果としての自殺企図、大量服薬などが起きやすくなるのである。
杉山『発達性トラウマ障害と複雑性PTSDの治療』誠信書房
トラウマ関連障害の「感情調節不全」は、「感情のコントロールに関する重度で広汎な問題である。激しい気分変動、ストレス因への情動的反応や、情動と行動の爆発、無謀なまたは自己破壊的な行動、解離性の症状、楽しみやポジティブな情動を体験できないこと」とされています。(杉山『発達性トラウマ障害と複雑性PTSDの治療』誠信書房)
上記の引用で説明されているように、「PTSD」や「複雑性PTSD」、あるいは「発達性トラウマ障害」や「DESNOS(極度ストレス障害)」などの「トラウマ関連障害」の気分変動(感情調節障害)には、抗うつ薬や抗不安薬、および抗不安薬系の睡眠薬は禁忌とされています。
それにも関わらず、ほとんどの患者さんは抗不安薬を処方されていますよね。また抗うつ薬を処方されている人も多いはずです。
抗不安薬や抗うつ薬により、複雑性PTSD特有の「自己組織化障害」の1つである「感情調節不全」は、症状の悪化や遷延化を引き起こしてしまうのです。
特に、長い期間にわたって、トラウマとなる出来事にさらされることで生じる複雑性PTSDの症例において、後年になって、発達障害の有無に限らず、難治性の気分変動の併存が認められるようになる。
さらに発達障害の成人例で難治性の気分変動を有する場合、愛着の深刻な障害や、子ども虐待などの既往が認められることも普遍的である。
(中略)
この気分変動の起源を辿ってみると、発達障害よりもむしろ、学齢児の被虐待児にみとめられる気分の上下にたどり着く。これは抑うつの基盤にハイテンション(一般に午後になると)がみとめられるという、被虐待児特有の気分変動である。これが徐々に怒りの爆発など、気分の調整不全へと発展するのである。
杉山『発達性トラウマ障害と複雑性PTSDの治療』誠信書房
気分変動と説明されている「感情調節不全」は、午前中は億劫感が強く、午後から夕方にかけて被刺激性の亢進、つまりイライラや癇癪の爆発が起きやすくなり、夜はなかなか寝付けないという日内変動がみられます。
この状態がうつ病の日内変動と捉えられて、トラウマ関連障害の治療では禁忌とされる抗うつ薬が処方されているのではないか?と推測できるのです。
PTSDなどのトラウマ関連障害ではうつ病の合併が多いとする論文もありましたが、実際はトラウマ関連障害の気分変動、つまり「感情調節不全」の一端を担っている症状がうつ病のように見えていると考えられるなのです。
複雑性PTSDの気分変動は、双極性障害ではない。バルプロ酸ナトリウム(デパケン)の相当量を服用している成人をしばしば見かけるがぼんやりするだけで無効である。
(中略)
抗うつ薬の服用による医原性の増悪にはもっと注意を払う必要がある。
気分変動が強くなれば、子どもへの加虐が増悪し、さらに自身の自殺企図が増す。複雑性PTSDへの薬物療法は何よりも安全性を主眼とする必要がある。(中略)
抑うつは普遍的な問題なので、その診断が非常に重要である。
つまり複雑性PTSDの未治療の状況で起きている抑うつは、その多くは気分変動の一部分を拾っていることが多いため実はうつ病ではなく、抗うつ薬の処方は禁忌といってよい。気分変動を増悪させ、希死念慮などをむしろ強めてしまう。さらにハイテンションになった時に、子どもへの加虐などが生じることも多い。
杉山『テキストブックTSプロトコール』日本評論社
「感情調節不全」に伴う気分変動は、一見、双極II型障害の混合状態と捉えられることも多いようです。
こころの健康クリニック芝大門に転院してこられたトラウマ関連障害の患者さんたちのほとんどは、前医で双極性障害と診断されていて、400mg以上のバルプロ酸を処方されていました。
バルプロ酸は妊婦が服用すると胎児の催奇形性のリスクが大きく、また妊娠可能な女性では多嚢胞性卵巣症候群を引き起こし不妊の原因になる可能性もあります。
FDA(アメリカ食品医薬品局)では「妊娠が可能な女性について、バルプロ酸が本人の症状管理に必須な場合を除き、服用すべきではない」とのアラートが出されています。(『「バルプロ酸の投与を一部禁止するFDAのアラート」について』参照)
こうやって見てくると、トラウマ関連障害の治療では、抗うつ薬や抗不安薬は禁忌、バルプロ酸などの気分安定薬(抗てんかん薬)も使えないとなると、一般のメンタルクリニックでは為す術もない、手も足も出せない、というのが実情かもしれません。
杉山先生も「トラウマが背後にあるとすれば、複雑性PTSDの症状として明らかにされた気分変動が、気分障害として、うつ病とも双極性障害とも誤診される可能性をもつからである」(杉山. 発達障害の「併存症」. そだちの科学(35); 13-20. 2020.)と述べられているように、トラウマを見抜けないと誤診にもとづく無効な治療が延々と続けられることになります。
トラウマ関連障害の治療では、トラウマ関連障害に対する十全な知識と経験があり、的確な診断と適切な治療ができる、こころの健康クリニック芝大門のような専門の医療機関への受診が必要不可欠ですよね。
院長