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発達障害特性とコミュニケーションの問題

[2021.09.01]

うつ病、気分変調症、複雑性PTSD、双極II型障害、境界性パーソナリティ障害と、主診断が次々に変えられながら、15年以上の長きにわたって、効果のない精神療法を受け続けていた「自閉症スペクトラム障害(発達障害)」の人がいらっしゃいました。

 

上記の診断はすべてASDの鑑別診断として挙げられるもので、非常に残念なことに、この患者さんは鑑別診断もできず問題の本質を見抜くこともできない先生のところに通院されていたということですよね。

 

このような難治例あるいは治療抵抗例とみなされるケースを治療するたびに、この患者さんの治療に取り組んだ年月が、ここにたどり着くための必要なプロセスだったと思っていただけるようにと願いながら向きあっています。

 

さて、『職場の対人関係の問題とパワーハラスメントの問題』では、少しだけコミュニケーションの仕方の問題に触れました。

 

コミュニケーションの問題と対人関係の問題は表裏一体の関係にあり、「自閉症スペクトラム(AS)」の素因を持った人や、「自閉スペクトラム障害(ASD)」の人では、就労に当たって問題が起きることが多いようです。

 

こころの健康クリニック芝大門の自験例でも、次の回に患者さんとお会いした時は、カルテには記載してあることにたいして「そんなことは言ってません」と真っ向から否定されることもあります。

あるいは、私が説明したことを(これもカルテに記載しています)全く違って曲解されていることもあります。
おそらく理解できなかったことを想像で補って、「前回先生はこうおっしゃったんですが、それはどういう意味ですか?」と、起きていないことを質問され、水掛け論になりそうになることもしばしばです。

 

適応障害と反応性うつ状態』『対人関係の問題がある場合の休職と復職』『「うつ病」と間違われやすい「適応障害」と発達障害的特性』などで、対人関係の問題を引き起こしやすい「パーソナリティの問題」について触れたことがありますよね。

 

パーソナリティ障害は操作的な対人関係を作り上げようとするが、ASDによる自己中心性は自分の思いのままふるまっているだけである(中村、本田、吉川、米田、編著『日常診療における発達障害の支援:10分間で何ができるか』星和書店)と、パーソナリティ障害と、場合によっては自己愛パーソナリティ障害のように見えるASDによる自己中心性の鑑別について述べられています。

 

このような典型的なASDの人は職場で不適応を起こしやすいだけでなく、リワークでも同じような問題が繰り返されてしまうことがあります。

 

「今までに職場を3回変わってきた。職場環境が変わったとしても、このような事態が起こってしまい、トラブルが起こったり、あなたが体調を崩したりしている。あなたは相手のせいだというが、これほど繰り返すのは会社ではまれなことである。あなたにも何らかの課題があったのではないかと会社としては考えている。今回、リワークの中でも同じようなことがあったわけだし、これから先、復職した後に同じことを繰り返しては困る。繰り返さないようにあなたに考えて欲しい」

森本・向井『職場のメンタルヘルス対応マニュアル』中央経済社

 

典型的なASDの人については、私自身も産業医として関わったことがありますし、産業医の先生から紹介されて診断をしたこともあります。

 

さて、ASあるいはASDの対人関係の問題の背景にあるコミュニケーションの問題については、以下のように説明されています。

 

皮肉がわからないなど字義通りに理解し、表情・身振り・マナーなどノンバーバルの情報が分からない、表情が硬い、逆に表現が大げさ、小児期では「言葉の遅れ」「オウム返し」「独り言」「一方的な会話」など。

中村、本田、吉川、米田、編著『日常診療における発達障害の支援:10分間で何ができるか』星和書店

 

上記のようなコミュニケーション特性を持つ方が休職されると、人事担当者から「しっかり療養して病気が完全によくなって、問題がなくなってから復職するようにと伝えています」という言葉を聞く事があります。

 

確かにこの人事担当者の言い分はその通りなのですが、裏を返すと、コミュニケーションの問題などが残ったままで戻ってきてもらっては困る、という気持ちが見え隠れしているようです。

 

発達障害の方にコミュニケーション能力を求めることは、絶対音感がない人に絶対音感を持つ人と同等の能力を強いるようなものだと説明することもできます。

森本・向井『職場のメンタルヘルス対応マニュアル』中央経済社

 

社員にASDを含め、精神疾患があることがわかった場合、会社は「合理的配慮」を求められます。

 

合理的配慮とは、労働者の障害の特性に配慮して、障害によって引き起こされている就労の困難さを取り除くために会社が行う調整のことで、障害者差別解消法や雇用促進法などで求められるようになりました。

(中略)

合理的配慮は障害の原因や種類に限定されるものではなく、また障害者手帳の有無や雇用形態(パート、派遣など)に左右されるものでもありません。

労働者が障害を持っていることを企業が把握した場合に、合理的配慮の提供について検討する必要があるとされています。

(中略)

一方で、精神障害や発達障害の人の合理的配慮は、何をどこまで対処すればよいのか、については理解されづらく対策も悩ましいことがあります。

森本・向井『職場のメンタルヘルス対応マニュアル』中央経済社

 

合理的配慮は会社や行政機関に対しての努力義務となっていることから、「会社は病院ではない」ことを盾に、ASD特性が健康上の問題だけでなく、業務遂行能力の問題や、就業態度あるいは就業規則遵守の問題にすり替えられることもよくあることのようです。

 

配慮の一例として、「指示が複数にわたると混乱することから、担当者からのみ指示を行う」「急な作業変更は行わない」などがあげられます。とはいうものの、画一的な対応でうまくいくものではなく、またこれらをしていたから合理的配慮が充足しているともいえません。

(中略)

やはり主治医や産業医などのそれぞれの疾患の経験のある医療職から情報を得たり、ジョブコーチなどの第三者機関からの支援を得るなどしながら、「本人が要望する配慮内容」「医学的に必要な配慮」「会社として許容できる配慮」を踏まえ、折り合いがつくかを会社として丁寧に考えることが大切です。

森本・向井『職場のメンタルヘルス対応マニュアル』中央経済社

 

会社には安全配慮義務がありますから、マイノリティとしての生きづらさを感じているASDの人たちが二次障害を起こさないように合理的配慮が必要になるのです。

 

蛇足ですが、ASDをADHD(注意欠如・多動性障害)と診断し、アトモキセチンやメチルフェニデートが投与されているのをよく見かけます。

場合によっては抗うつ薬や気分調整薬も含めた多剤併用療法になっていたりして、主治医の先生の困惑ぶりと、患者さんが服薬量や副作用を我慢されていたことに痛ましさを感じることもよくあります。

 

自閉スペクトラム症の鑑別診断として、(1)注意欠如・多動症、(2)統合失調症、(3)うつ病、(4)不安症、(5)強迫症、(6)解離症、(7)パーソナリティ障害などがある。

いずれの疾患も鑑別するうえで重要な疾患であるが、これらの疾患は自閉スペクトラム症に併存しやすい疾患でもある。

(中略)

併存症として注意欠如・多動症は40%にみられ、うつ病などの気分障害は50%以上に認められる。(中略)統合失調症も10%にみられるが、自閉スペクトラム症の幻覚や妄想はストレスによる一過性の場合もあり、丁寧に鑑別する必要がある。

中村、本田、吉川、米田、編著『日常診療における発達障害の支援:10分間で何ができるか』星和書店

 

前出のADHDと診断されて多剤併用を受けていらっしゃった患者さんは、ASD(自閉症スペクトラム障害)と診断し、処方されていた抗うつ薬、気分調節薬、メチルフェニデート、アトモキセチンを中止し、少量のグアンファシンと単剤の抗精神病薬(これも極少量)の投与で安定した状態になりました。

 

このように「丁寧に鑑別する必要がある」のですが、多くの精神科や心療内科、メンタルクリニックは5分未満の診療で薬を処方するだけですから、丁寧な鑑別を望むべくもありません。

 

「ある疾患に適応を持つ薬剤が承認されると、その疾患と診断されるケースが増える」、まさに「木を見て森を見ない」いい加減な精神科臨床に対して、こころの健康クリニック芝大門では15分の診療の中で口惜しい思いを抱えています。

 

院長

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