それでも症状が気になってしまうとき
対人関係療法の効果は、まず対人関係面に現れます。
対人関係のストレスが軽くなり、自分のコミュニケーションにどうにか自信がついてきて、まず精神的に楽になります。
その後だんだんと食行動が正常化してきます。
「症状はストレスの表れ」ですから、食行動の方がストレスよりも先によくなるということは考えられないのです。
水島広子・著『拒食症・過食症を対人関係療法で治す』紀伊國屋書店
治療を受けることも、病気が治ることも
対人関係療法でいう「役割の変化」なのですが、
患者さんのプロセスによってその現れ方は
かなり異なっています。
「評価への過敏性(傷つきそうな評価を気にする)」を
治療焦点として、三田こころの健康クリニックで
対人関係療法による過食症の治療を導入した患者さんは
治療初期には、自分の気持ちを振り返ることで
一過性に過食が増えたのです。
そこで、どんな時に過食がひどくなるかを見てもらいました。
(『「過食症/むちゃ食い障害」の対人関係療法の初期に過食が増える』参照)
すると友達や父親といる時には過食が少なくなるのですが、
父親が出張で母親と2人で過ごすときには過食が増える
とおっしゃっていました。
母親と2人でいるときの状況をくわしく聞いてみると
母親とケンカになったりするわけではないのですが、
「母に何かを話すと面倒くさいことになるので話さない」という
「学習性無力感」にもとずく「役割期待の不一致(行き詰まり)」を
自分の中に抱え込んでしまうときに
過食が起こることがハッキリしてきました。
水島先生も
本来解決すべきところでのストレスを解決できずに、自分の中に抱え込んでしまうと、そのような状況を作り出した相手に腹が立つと同時に、そんな自分にも腹が立ちます。
行き場のない「モヤモヤ」「イライラ」は、過食によってしか解消されない、ということになります。(「解決」ではありません)
あるいは、何らかの不安があるけれどもそれを直視して解決できないときには、やはり過食によってつかの間の安心感を得るしかない、ということになります。
水島広子『拒食症・過食症を対人関係療法で治す』紀伊國屋書店
と書いていらっしゃる通りですよね。
また「想像上の評価を気にする」を治療焦点とした
別の患者さんは、少しずつ自分の気持ちを話すようになったことで
周囲の人たちとの衝突が増え、治療初期には過食が増えてきました。
(『「過食症/むちゃ食い障害」の対人関係療法の初期に過食が増える』参照)
しかし、治療が進んで少しずつ、上手に伝えられるようになり、
過食が起きやすいのは「気持ちを我慢したとき」
ということがわかるようになってきました。
実際には、数回の面接を経て、ほとんどの患者さんが過食と精神状態の関係に気づいていきます。
ここまで来れば、治るための軌道に乗ったと言えます。
その瞬間から、取り組むべき対象が過食というとらえどころのない症状ではなく、その精神状態につながった対人関係の問題になるからです。
水島広子『拒食症・過食症を対人関係療法で治す』紀伊國屋書店
こうやって対人関係療法による治療に取り組まれた多くの人が、
治療も終盤にさしかかってくると
過食したい気持ちはあまりないんだけど、
今日はどうしようかとあれこれ迷ったあげく、
いつもよりもひどい過食が起きてしまった
ということがあります。
このようなときには、3つのことを考える必要があります。
いちばん多いのは、知らず知らずのうちに
「過食をしてはいけない」という「べき思考」が始まっているときです。
もう一つは
「過食によって保っていた心のバランスが変化してきた」
ということでもあるのです。
私は「過食嘔吐は自由にやってください。過食は、心のバランスが取れてくると、自然と止まってくるものです」といって、現在のバランスを不用意に崩さない意志を明らかにしておきます。
水島広子・著『拒食症・過食症を対人関係療法で治す』紀伊國屋書店
そうであれば、このような心のアンバランスは
「病気が治る」過程で出てくる一時的なものであり、
そうやって手に入れた新たなバランスは、
過食嘔吐によって保っていた心のバランスとは比べものにならないくらい
満ち足りたものになります。
もう1つの残りのパターンは、
過食をしないでもいいという「ストレス過食」の低減と
それでも過食をしたいという「飢餓過食」のせめぎ合いということもあります。
こういう時は、過食以外の3食をきちんと摂るということで
少しずつ、過食は減ってきます。
このように、過食症やむちゃ食い障害が治りかけの時期が
「役割の変化」の時期として認識されることで、
自分の立ち位置が明確になりますし、さらに
「変化」に伴う不安も低減することができるということですよね。
一般に「治りにくい」と思われている「過食症」や「むちゃ食い障害」でさえ
三田こころの健康クリニックでの対人関係療法の終結時には
併存疾患のない人であれば、60〜70%の患者さんが改善していますから、
対人関係療法による治療を専門に行っている立場から言うと
比較的ちゃんと良くなる病気だ、ということですよね。
院長