うつ病・双極性障害などの気分障害と発達障害特性
統合失調症、うつ病、双極性障害、不安症、強迫症、摂食障害、睡眠障害、嗜癖性障害などの精神疾患の背景に、神経発達症(ASDやADHDなど)があることはよく知られています。
ASD(自閉スペクトラム症)の診断は、AQ(自閉症スペクトラム指数)、PARS(広汎性発達障害日本自閉症協会評定尺度)、ADOS-2(自閉症診断観察検査)、ADI-R(自閉症診断面接)などが標準の検査法とされています。
一方、ASD(自閉スペクトラム症)やADHD(注意欠如/多動症)に特有な認知傾向(群指数間でのバラツキ)や知能を検討しやすいため、WAIS(ウェスクラー式知能検査)が行われることも多いようです。
こころの健康クリニック芝大門では、主に乳幼児期の身体発達と言語発達の聴取、PARS(広汎性発達障害日本自閉症協会評定尺度)とASRS(成人期ADHD自己記入式症状チェックリスト)を使っていますが、精神障害者保健福祉手帳や年金診断書を記載するために、WAIS検査を依頼することも多いです。
WAIS検査を行うと、ASDでは言語理解(VIC)と処理速度(PSI)間に乖離が認められることが多く、ADHDではワーキングメモリ(WMI)や処理速度(PSI)が低下するなどの特徴が認められることが多いようです。
しかし、WAISの結果は個人差が大きく、WAISのみでASDやADHDなど発達障害の診断はできないとされています。それにもかかわらず、WAISで発達障害の診断が可能であると盲信されている先生も多くいらっしゃるようです。
うつ病や双極性障害などの診断で心療内科や精神科、メンタルクリニックに通院中の方で、なかなか良くならない、あるいは発達障害特性があるのではないかと疑われ、会社の産業医の先生からこころの健康クリニック芝大門を紹介されて受診される方も多くいらっしゃいます。
そのような方のほぼすべてのケースで、常用量を越える抗うつ薬や炭酸リチウムやバルプロ酸などの気分安定薬が処方されています。
「発達障害基盤の精神科併存症に対して、一般の成人量の処方を行うと、副作用のみ著しく出現し薬理効果は認められない、ということが少なくない」とされている通り、投薬の影響で改善どころか悪化していると考えられるケースとも頻繁に出会います。(杉山『発達性トラウマ障害と複雑性PTSDの治療』誠信書房)
主治医の先生に減薬をお願いしても、応じてもらえないどころか、薬が増量されるか、他の薬物が加えられる場合がほとんどです。
乳幼児期の身体発育・言語発達の情報が得られ、PARS(広汎性発達障害日本自閉症協会評定尺度)やASRS(成人期ADHD自己記入式症状チェックリスト)でASDやADHDなどの発達障害特性が認められた場合、本田先生の『発達障害』を示して特性のスペクトラムを説明しています。
発達障害 生きづらさを抱える少数派の「種族」たち
しかしながら主治医の先生方のほとんどは、WAISを行わないと発達障害の診断はできないと、発達障害特性の受け入れを頑なに拒否されることが多いのです。
ASDやADHDなどの発達障害特性に、トラウマ(心的外傷)だけでなく愛着関係の障害や逆境的小児期体験(ACEs)、あるいは様々なストレス因(傷つき体験)が加わると、さらなるカテゴリー診断の混乱が引き起こされます。
うつ病や双極性障害をめぐる診断の混乱に対して、発達障害というキーワードだけでは解明が不十分で、さらにトラウマの影響を考慮することが必要である。
特に、長い期間にわたって、トラウマとなる出来事にさらされることで生じる複雑性PTSDの症例において、後年になって、発達障害の有無に限らず、難治性の気分変動の併存が認められるようになる。
さらに発達障害の成人例で難治性の気分変動を有する場合、愛着の深刻な障害や、子ども虐待などの既往が認められることも普遍的である。
杉山『発達性トラウマ障害と複雑性PTSDの治療』誠信書房
ASDやADHDなどの発達障害特性に、心的外傷や愛着関係の障害、逆境的小児期体験、さまざまなストレス因が加わり、気分変動が生じている場合は「発達性トラウマ障害」と呼ばれます。(『発達性トラウマ障害と「ASD/ADHD」特性』参照)
「発達性トラウマ障害」は、愛着関係の障害も含む対人関係の調節障害、否定的自己概念などの「自己組織化の障害(DSO)」症状を中心として、注意と行動の調節障害(「ASD/ADHD」特性)と感情調節不全(感情および身体調節の障害)を認め、そのために様々な領域において問題を呈しているもの、と考えられます。
PTSDや複雑性PTSDでは、うつ病の診断基準を満たさないうつ状態を合併することよく知られています。このうつ状態などの気分変動の背景にあるのが「自己組織化の障害(DSO)」の中核症状である「否定的な自己概念(自己肯定感の低下)」と考えることができます。
この気分変動の起源を辿ってみると、発達障害よりもむしろ、学齢児の被虐待児にみとめられる気分の上下にたどり着く。これは抑うつの基盤にハイテンション(一般に午後になると)がみとめられるという、被虐待児特有の気分変動である。これが徐々に怒りの爆発など、気分の調整不全へと発展するのである。
(中略)
その背後には言うまでもなく、愛着形成の障害がある。愛着行動とは、幼児が不安に駆られたときに、養育者の存在によってその不安をなだめる行動であることを思い起こしてほしい。
その過程において、養育者の存在は幼児のなかに徐々に内在化され、養育者が目の前にいなくとも、不安をなだめることができるようになるのである。これこそが愛着の形成であり、その未形成は、自ら不安をなだめることを困難にし、それゆえ情動調整の障害が生じるのである。
愛着の未形成は、社会性や共感性の欠如、多動性の行動障害、フラッシュバック、さらに難治性の気分変動をもたらすのである。
(中略)
著者の臨床経験では、発達障害およびトラウマが基盤にあると考えられる気分障害の症例において、抗うつ薬は躁転を引き起こすので禁忌、また抗不安薬も抑制を外すだけで行動化傾向を促進し、こちらも禁忌である。
向精神薬には、全般に非常に敏感な反応を示し、通常の使用量の数分の一、場合によっては数十分の一の量で著効を示す例が多い。
杉山『発達性トラウマ障害と複雑性PTSDの治療』誠信書房
前掲書で杉山先生は「知的障害を伴ったASDに、双極I型と考えられる気分変動は時に認められるが、こと双極II型となると、双極性障害というより、トラウマ由来のフラッシュバックによる癇癪の爆発が、のちに気分変動の臨床像を呈するようになると考える方が、子どもと親の臨床像に合致する」と述べられています。
たしかに実際の臨床でも、衝動性があれば双極性障害と安易に診断されているだけでなく、抗うつ薬や気分安定薬、向精神薬などが常用量を越えて処方され、難治化しているケースを多く見かけます。
1つの症状のみを見て、元々どんな人だったのかという視点を欠いた「木を見て森を見ず」の臨床が横行していることが、患者さんたちの人生を損なっているのかもしれないと暗澹たる気持ちになります。
院長