「社会的うつ」と主治医の治療方針
『「社会的うつ」は医原性なのか』で、うつ病休職者の86%が診断基準に該当せず、10ケースのうち9ケースは、「うつ病と診断しない」率が平均83.3%と高い割合合であったことを書きました。
一方で、[再診断で「診断する」としたケースが複数あった医師ほど、社会的要因の影響を受けた主治医診断を容認・擁護する傾向が強かった]とされています。
この10例を再診断した医師のうち、「診断する」ケースが多かった医師ら(4例をうつ病と診断)のプロファイルを見てみると、一人は精神科医歴30年の開業医(開業して20年)、もう一人は20年の精神科医経験を持つ総合病院勤務の医師でした。
主治医が患者の症状が診断基準に該当しなくとも、別の要素を重視してうつ病と診断している可能性の指摘について、主治医がそう考える背景・理由には、次の二つがあるのではないかという意見(両方、またはいずれか)が大勢を占めた。
- うつ病診断による休職を希望している患者の意向を尊重したいという思い。
- 薬(抗うつ薬)による投薬治療を行いたいという意図。
奥田『社会的うつ―うつ病休職者はなぜ増加しているのか―』晃洋書房
(1)の「患者の意向を尊重したい」は、患者さんの期待に沿いたいという思いが、社会的要因の影響を受けた、とされているようです。
これは患者さんと精神科医・心療内科医との相互関係性によって現前してくる問題とも考えられます。
復職判断で「あなたが復職したいなら、いつでも復職可能の診断書を書くよ」とおっしゃる先生などは、患者さんの期待に沿いたいという思いと同時に、専門職としての無責任さが透けてみえるのは私だけでしょうか。
いずれも、うつ病にも見られる一部の症状が患者に出現していたが、診断基準DSM-5には該当しないことを認めたうえで、
- 職場環境などかなり強いストレス因子が存在しており、かつ患者が「会社を休みたい」と希望しているため。
- 診断基準に完全に該当しなくとも、類似した一部の症状が複数あり、かつ患者がそのつらさを強く訴えていれば、診断を出して休職し、通院加療したほうが患者のためになる。
- 精神科や心療内科を受診する前に婦人科など別の診療科を受診して投薬治療を受けていたにもかかわらず、症状が改善せず、患者が苦しさを訴え続けている。
これらの点を挙げた。
奥田『社会的うつ―うつ病休職者はなぜ増加しているのか―』晃洋書房
うつ病かもしれないと思って、メンタルクリニックを受診された方は、「うつ病ですね」と言われる場合と、「うつ病ではなさそうですよ」と言われることの、どちらを希望されているのでしょうか?
「もしかしたらうつ病かもしれない、うつ病だったらどうしよう…」と恐る恐るメンタルクリニックを受診した人は、「うつ病ではなさそうですね」と言われホッと肩の力が抜けるのでしょう。
逆に「うつ病ですね」と言われた場合は、「クスリを飲めば少しずつ良くなっていきますよ」と言われると安心できますよね。
一方で「うつ病に違いない」と確信して(思い込んで)受診した人は、「うつ病ですね」と言われることで何かしらの疾病利得が生じるのかもしれません。ですから、診断基準を一緒に見ながら「うつ病ではなさそうですね」と言われても、すんなりと納得できないですよね。
主治医の治療方針を拒否して課題に向き合うことを回避し、布団に籠もってずっとYouTubeの動画を見続けて寝逃げしていたにも関わらず、改善しない、治療が合わない、治療を受けて悪くなった、こうなったのは医師が誤診した(自分の思い通りの診断をしてくれなかった)せいだ、などと他責的に責任転嫁することもあるのかもしれません。(実際に数ケース体験したことがあります)
(2)の「抗うつ薬による投薬治療を行いたい」理由は、医師本人が自覚しているかどうかに関係なく、収益を上げるという面では納得できることです。
他にも、例えば薬物療法以外に対処法がわからない(精神療法のトレーニングを受けたことがない)とか、1人の患者さんに使う時間が限られている(初診30分、再診3分、月に1度の通院)などの理由も考えられるのではないか、と思います。
『社会的うつ』には、「主治医が必要以上に薬の服用を勧め、さらに副作用のリスクを軽視しているのではないかと推測される事例が一定数存在した」ことについても考察されています。
さらに(2)の主治医が抗うつ薬の副作用を十分に説明することなく、効能効果のみを強調し、服薬を強く勧めているケースについて、再診断医が推測したその主治医の心理・意図としては、
- MR(医療情報担当者)に強く勧められるなどして、抗うつ薬への過信があったのではないか。
- 投薬治療を続けることによって再診の数を増やし、治療期間を継続・長期化させて、診療報酬を増やしたかったのではないか。
- 主治医が患者に抗うつ薬を強く勧めているその意図までは推測できない。
という三つの見解に分かれた。
奥田『社会的うつ―うつ病休職者はなぜ増加しているのか―』晃洋書房
職場復帰支援プログラム(リワーク)を希望してこころの健康クリニック芝大門に転院してこられた患者さんは、うつ病と診断されて抗うつ薬を処方されていた方がほとんどです。中には抗うつ薬を最大量まで投与され、起き上がることすらままならなかったり、さまざまな副作用で苦しんだ経験をお持ちの方もいらっしゃいます。
実際の診断はうつ病ではなく、抗うつ薬の効果はみとめられず、逆に抗うつ薬によって病態が遷延してしまうことが知られている、適応障害(反応性抑うつ)や神経症性抑うつの患者さんが大部分でした。
2019年の6月、抗うつ薬の効果と副作用を考えると、抗うつ薬の投与量は承認範囲でも低めが最適である、という論文が発表されました。
抗うつ薬は最大容量で使うことで効果が出るという謳い文句は、製薬会社のプロモーションですから、それを鵜呑みにする精神科医が多いのでしょう。
このブログでも時々、こころの健康クリニック芝大門に紹介された患者さんの減薬治療について書いたりしていますよね。
さらに、抗うつ薬は減薬のペースが速すぎたり、自己判断で中止したりすると離脱症状が出ますから、投薬治療を続けることで再診の患者さんを確保するということにもつながっているのだと考えられます。
職場復帰がうまくいく予測指標として、①社会適応度が高いこと、②ワーキングメモリの成績が良いこと、③睡眠薬・抗不安薬が少ないこと、が知られています。
抗うつ薬が記憶や注意力、遂行機能などの神経認知機能に与える影響についての研究は少ないのですが、抗うつ薬により4割の人に神経認知機能の障害が残るとされています。実際に患者さんの話を聞いていても、記憶や注意力が落ちたとか頭の働きが鈍くなった実感を持つ人もいらっしゃいますよね。
抗うつ薬を服用している間は、ワーキングメモリ(なんらかの認知課題を遂行中に一時的に必要となる記憶の働き)が落ちているようですから、こころの健康クリニック芝大門のリワークに通っていらっしゃる方は、リワーク中に抗うつ薬を(抗不安薬や睡眠薬も)ゼロにして職場復帰してもらっています。
他院に主治医がいらっしゃる方では、主治医の先生に減薬をお願いするのですが、何かと理由をつけて減薬に応じてくださらないことが多いので、こころの健康クリニック芝大門で減薬することも多いのです。(もしかすると主治医の先生は効果的な減薬の方法と、離脱症状への対処をご存じないのかもしれません)
抗うつ薬を服用しながら働いていらっしゃる方や、休職中の方は、治療方針を見直してみる機会になるかもしれませんね。
院長