発達性トラウマ障害の自己感および対人関係の障害
このブログで何度も触れましたが、「複雑性PTSD」が、「心的外傷後ストレス障害(PTSD)」から独立して定義されたのは、その症状の特異性にあります。
「複雑性PTSD」では、通常のPTSDの症状である「再体験症状・悪夢・解離性フラッシュバック」、これらを引き起こす刺激に対する「持続的回避」、睡眠障害・攻撃性・集中困難・警戒心・驚愕反応などの「覚醒度と反応性の著しい変化」、に加えて、「自己組織化の障害(Disturbance in self-organization:DSO症状)」が特徴とされています。
「複雑性PTSD」に特異的な「自己組織化の障害(DSO症状)」は、「感情調節不全(affective dysregulation:AD)」、「否定的な自己概念(negative self-concept:NSC)」、「対人関係の困難(disturbed relationship:DR)」、という3つの徴候です。
DSO症状(註:自己組織化の障害)はDSM-5のPTSDにおける認知と気分の陰性的変化という症状に近接している。
DSM-5ではこの症状を含めることによって、CPTSD(註:複雑性PTSD)に相当する患者をPTSDとして診断することがある程度可能となった。
金.,ICD-11におけるストレス関連症群と解離症群の診断動向. 精神神経学雑誌 123: 676-683, 2021
「自己組織化の障害(DSO症状)」はPTSDの「認知と気分の陰性的変化」に類似しているとされ、「認知と気分の陰性的変化」は以下のように定義されています。
D. 心的外傷的出来事に関連した認知と気分の陰性の変化。心的外傷的出来事の後に発現または悪化し、以下のいずれか2つ(またはそれ以上)で示される。
⒈ 心的外傷的出来事の重要な側面の想起不能(通常は解離性健忘によるものであり、頭部外傷やアルコール、または薬物など他の要因によるものではない)
⒉ 自分自身や他者、世界に対する持続的で過剰に否定的な信念や予想(例:「私が悪い」、「誰も信用できない」、「世界は徹底的に危険だ」、「私の全神経系は永久に破壊された」)
⒊ 自分自身や他者への非難につながる、心的外傷的出来事の原因や結果についての持続的でゆがんだ認識
⒋ 持続的な陰性の感情状態(例:恐怖、戦慄、怒り、罪悪感、または恥)
⒌ 重要な活動への関心または参加の著しい減退
⒍ 他者から孤立している、または疎遠になっている感覚
⒎ 陽性の情動を体験することが持続的にできないこと(例:幸福や満足、愛情を感じることができないこと)
DSM-5 精神疾患の診断・統計マニュアル(医学書院)
上記を読むと、PTSDの「認知と気分の陰性的変化」は、「複雑性PTSD」の「感情調節不全」「否定的な自己概念」「対人関係の障害」を網羅しているように思えます。
「複雑性PTSD」の「感情調節不全」「否定的な自己概念」「対人関係の障害」を、ICD-11から引用してみます。
《感情調節不全》情動の調節における深刻で蔓延している問題:例としては、軽度のストレス要因に対する感情的な反応の高まり、暴力的な爆発、無謀または自己破壊的な行動、ストレス下での解離症状、感情的な麻痺、特に喜びや前向きな感情を体験できないことが含まれます。
《否定的な自己概念》ストレッサーに関連する恥、罪悪感、失敗の深く浸透した感情を伴う、衰弱した、敗北した、または価値がないという自分自身についての永続的な信念:たとえば、個人は、不利な状況から逃れたり、屈服したりしなかったこと、または他人の苦しみを防ぐことができなかったことについて罪悪感を感じるかもしれません。
《対人関係の障害》関係を維持し、他の人に親しみを感じることの永続的な困難:その人は、より一般的には、人間関係や社会的関与を一貫して避けたり、嘲笑したり、ほとんど関心を持たない場合があります。あるいは、時折激しい関係があるかもしれませんが、その人はそれらを維持するのが困難です。
DSM-5の「心的外傷後ストレス障害(PTSD)」における「認知と気分の陰性的変化」と、ICD-11の「複雑性PTSD」における「自己組織化の障害(DSO症状)」はかなり重複しているようです。
ヴァン・デア・コークらが提唱した「発達性トラウマ障害(DTD)」の「自己感および対人関係における調節障害」は、「心的外傷後ストレス障害(PTSD)」の「認知と気分の陰性的変化」、複雑性PTSD」の「自己組織化の障害(DSO症状)」とはどう異なるのでしょうか。
診断基準Dは、自己感および対人関係における調節障害に関するもので、自己に対する否定的なイメージ(D2)、他者への基本的不信感(D3)、および、それらに起因する他者への反抗(D3)や攻撃性・暴力(D4)が中心的な特徴となっている。
また、D6の「共感的興奮の調節の問題(註:共感的覚醒調節能力の問題)」は診断基準Dの他の特徴とはややニュアンスが異なり、診断基準Bの感情や情緒の調節の障害と関連していると考えられる。
D.自己の調節不全と対人関係の調節不全:個人的な自己同一性感覚と対人関係の領域における子どもの通常の発達的能力に問題がある。以下の項目のうち3つに該当すること。
D1.養育者またはその他の親密な人の安全(時期尚早の養育を含む)について、過剰なとらわれがある。あるいは、そうした対象との別離後の再会に困難がある。
D2.自己嫌悪、無力感、自己無価値感、無能感、「欠陥がある」という感覚など、否定的な自己感が持続してみられる。
D3.成人や同輩との親密な人間関係における、極端で継続的な不信、反抗、互恵的行動の欠如がみられる。
D4.同輩または養育者またはその他の成人に対する、反応性の身体的攻撃、あるいは言葉による攻撃がみられる。
D5.親密な関係(性的または身体的親密さを含むがそれに限らない)を持とうとする不適切な(過剰、もしくは年齢に不相応な)意図がある。または安全や安心を確保するための同輩または養育者への過剰な依存がある。
D6.共感的覚醒調節能力の問題。他者の苦悩の表現に対する共感性が欠如していること、あるいは耐えられないこと、あるいは過剰な反応性を示すことで明らかとなる。
西澤.「アタッチメントと子ども虐待」in 小林. 遠藤.,『「甘え」とアタッチメント』遠見書房、および、杉山『発達性トラウマ障害と複雑性PTSDの治療』誠信書房
「発達性トラウマ障害(DTD)」は思春期までの子どもが診断対象になっていますから、養育者との「関係性の障害(愛着の障害)」から始まり、同胞またはその他の成人との「関係障害」および「行為の障害」、「否定的な自己概念」、「感情調節不全」まで網羅する広い診断基準になっていますよね。
これについて『発達性トラウマ障害と複雑性PTSDの治療』には、以下のように書かれています。
重要なのは、子ども虐待の後遺症が診断カテゴリーを越えて広い臨床像をつくる、ということである。
これまでの議論をまとめると、その一部は愛着障害によってもたらされる発達障害の臨床像であり、一部は複雑性トラウマによってもたらされる複雑性PTSDの臨床像である。
臨床像は何でもありであり、診断カテゴリーをまたぐ。おそらくこれこそが、発達性トラウマ障害や複雑性PTSDが、これまで国際的診断基準に取り上げられなかった理由なのではないかと思う。
杉山『発達性トラウマ障害と複雑性PTSDの治療』誠信書房
「発達性トラウマ障害(DTD)」は「発達障害(神経発達症)」を基盤にして、「愛着の障害」や「関係性の障害」、「否定的な自己概念」と「認知機能障害」、「感情調節不全」と「行為の障害」、の3つの領域に影響をおよぼすということです。
精神発達の構造上、発達障害はどの発達障害であれ、必ず他の発達障害の症状を何らかの形で二次的に混在させている。このため「症状」(だけ)に基づく現代精神医学の操作的診断では、診断基準にクリアカットに収まりきらないケースが多数とならざるを得ない。グレーゾーン診断が非常に多くなる大きな理由であろう。
滝川. 一次障害と二次障害をどう考えるか. そだちの科学(35); 2-6. 2020.
上記の引用のとおり、「臨床像は何でもありであり、診断カテゴリーをまたぐ」「診断基準にクリアカットに収まりきらないケースが多数とならざるを得ない」ということが、トラウマ関連障害の特徴なのかもしれません。
院長
※2022年8月15日(月)は、ブログはお休みです。次回は8月16日にエントリーしますので、お楽しみに♬