「人生の意味と目的を見つける」という問題領域
対人関係療法に関する本をお読みになったことがあれば、「悲哀」「対人関係上の役割をめぐる不和」「役割の変化」「対人関係の欠如」という4つの問題領域について目にしたことがあると思います。
過食や過食嘔吐の対人関係療法による治療では、「対人関係の欠如」を「対人過敏性」と読み替え、治療焦点にすることが行われてきました。
「対人過敏性」を治療焦点とするときには、本人の期待とニーズを考慮し、それらを満たすためのスキルを身につけることにとり組みます。
『素敵な物語』で「丸太の代わりとなるスキルを発達させることが必要不可欠です」と説明されているように、「単に生き抜くだけでなく、やりたいことをして人生を楽しむことを可能にしてくれる、新たなスキルを学ぶのです」。
過食症の対人関係療法における新たな問題領域として、「ライフ・ゴール」が設定されました。その目的は、キャリアとかライフスタイルとか、将来の人生の方向性を豊かにして、充実した人生を送るためです。
『8つの秘訣』や『8つの秘訣ワークブック』の「秘訣8 人生の意味と目的を見つける」がそれに当たりますよね。
ときには回復の過程で、自分がどこに向かって進んでいるのかがわからなくなることがあります。新しい生き方の方向性というものが、ときに不明瞭になるのです。
タッカー先生は、「回復の先に行きつくところが大切なのではなくて、どこを向いて進んでいるのかが大事なんだよ」と言いました。
シェーファー、ルートレッジ『私はこうして摂食障害(拒食・過食)から回復した』星和書店
進んで行く方向がわからなくなってしまう理由は、大きく分けて2つありそうです。
一つは、変化はゆっくりしか起きないので、やる気を無くしてしまうという理由です。
『素敵な物語』で、空っぽの敷地にビルが建つ話がありましたよね(p.268)。
「長い間何も起こっていないように思えたり、何も進歩していないように思えても、実際はたくさんのことが起こって」いるわけですから、『8つの秘訣ワークブック』でも、ここでやる気をなくしてあきらめてしまわないように!とアドバイスされています。
変化を起こすということはとても大変であり、地道にゆっくりと進んで行くほうが、やる気を失ってあきらめてしまうよりもずっとよいと思うからです。
(中略)
はじめのうちは、人生のために何かを得ているというより、何か大切なものを失ってしまっているような感覚に陥るものです。
回復して気分が良くなる前には、まずは気分が悪くなることがあるからです。
コスティン・グラブ『摂食障害から回復するための8つの秘訣ワークブック』星和書店
「回復して気分が良くなる前には、まずは気分が悪くなることがある」ことはすぐには理解できないかもしれませんね。
なだめ、感じないように、麻痺させてきた空虚感とともに、過食症が始まって長く続いてしまった理由や、過食症が新たに生み出した問題などを振り返るわけですから、『過食症状の意味に向き合う』で「治療初期には症状が増悪したようにみえる」ことがあること説明ました。
進んで行く方向がわからなくなってしまうもう一つの理由として、「もっと〜する」などと抽象的で具体性に乏しい目標を考えていないか?を確かめてみる必要があります。
目標を設定するときには、できるだけ具体的なものにすることをお勧めします。
その目標が目に見えるもので、そして簡単に評価できるものとなるようにしましょう。
(中略)
「もっと散歩に行く」と書くよりも、1週間に何回、どのくらいの時間、いつ、どこへ散歩に行くかを含めたほうがよいということです。
コスティン・グラブ『摂食障害から回復するための8つの秘訣ワークブック』星和書店
対人関係療法では「行動の仕方を変えていく(自分の周りの状況に変化を起こすよう試みる)」に取り組むときに、具体的な行動目標を立てます。
それでも思い通りにできないこともよくあります。
思い通りの結果が得られたどうか、ということよりも、途中経過(プロセス)が大切なのです。
回復への正しい道のりに焦点を当てましょう。
もしも行く先が正しければ、どこに行きつくかということを心配しなくても、行きつくところに行きつけます。
(中略)
もしも途中、間違った道に曲がってしまったとしても、心配しなくても大丈夫です。
これまでの私の経験から言えるのは、歩き続けていくかぎり、間違った道に迷い込んだとしても、何らかの貴重な経験が得られるということです。
シェーファー、ルートレッジ『私はこうして摂食障害(拒食・過食)から回復した』星和書店
たとえば迷路図があるとします。
手っ取り早く、この迷路から抜けるには、どうしたらいいと思いますか?
それは、「行き止まりを塗りつぶす」のです。
行き止まりを塗りつぶすと、ゴールへの道が浮かび上がってきます。
このことを「間違った道に迷い込んだとしても、何らかの貴重な経験が得られる」とジェニーさんは表現されていますよね。
『過食症:食べても食べても食べたくて』でも「失敗は「よくなっている回数」を減らすものではなく、ぶり返しの理由と、次回は何をすればよいのかを考えさせてくれる危険信号だったのです」と表現されています。
これらのことが、こころの健康クリニックで「結果よりもプロセスが大切」と表現していることなのですよ。
同じ考え方が、性格と間違われやすい慢性のうつ病(気分変調症)だけでなく、うつ病・うつ状態、あるいは適応障害などによる職場不適応などにも応用できるのです。
こころの健康クリニックのメンタルヘルス一般外来での治療は、このような理念に基づいて行っています。
院長