複雑性PTSDと発達障害特性の共通性
このブログで「複雑性心的外傷後ストレス障害(CPTSD)」や「発達性トラウマ障害(DTD)」と、「自閉スペクトラム(AS)特性/注意欠如多動(ADH)特性」が類似していることは何度も指摘してきました。
「自閉スペクトラム症(ASD)」や「自閉スペクトラム(AS)特性」を持つ人は、いじめなどの非トラウマ体験に遭遇しやすいだけでなく、「一般的に、ADHDやASDの子どもは、トラウマとなるできごとを体験するリスクが高い」と報告されています。(亀岡. 「発達障害とトラウマインフォームドケア」. in 亀岡・編『実践トラウマインフォームドケア』日本評論社)
症状レベルでの類似点では、複雑性PTSDに特徴的とされる「感情調節困難」「否定的自己概念」「対人関係の障害」などの【自己組織化の障害】は、「自閉スペクトラム症(ASD)」や「自閉スペクトラム(AS)特性」と共通性を有するだけでなく、反芻思考やタイムスリップもまた「侵入症状(フラッシュバック)」と似て見えることから、鑑別の際に注意が必要と言われています。
さらに、「注意欠如多動症(ADHD)」や「注意欠如多動(ADH)特性」にともなう「驚愕反応」も、「過覚醒症状」と似て見えるのです。
特性が先か虐待後遺症によるものか
その一方で、「この議論が複雑になるのは、子ども虐待の後遺症である反応性愛着障害において、発達障害に非常によく似た臨床像を呈することが以前から指摘されており、ニワトリ・タマゴ論争を引き起こすからである」とも指摘されています。(杉山『発達性トラウマ障害と複雑性PTSDの治療』誠信書房)
多動や衝動性が優位なADHDの子どもは、じっとしていられない、しゃべりすぎる、順番を待つことができない、周囲の人の邪魔をするなどの行動が幼少期から目立つことが多い。
また、不注意が優勢なタイプの子どもは、学業や仕事に集中して取り組めず、他の人の話を聞けない、物事の優先順位が決められない、忘れ物が多く気が散りやすいなどの特徴を有していることが多い。
一方、ASDを有する子どもは、社会的状況の読み取りが苦手なことが多く、こだわりや感覚過敏などの特性のために、親子の情動交流が阻害され、同年代集団に適応することが困難なことが多い。
このため、発達障害の子どもは、幼少期早期や学齢期から、叱責されることや対人トラブルが多く、虐待やいじめ、その他のトラウマとなるできごとを体験することが多いと考えられているのである。
亀岡. 「発達障害とトラウマインフォームドケア」. in 亀岡・編『実践トラウマインフォームドケア』日本評論社
上記の引用のように、児の側のAS/ADH特性が養育者からの心理的・身体的暴力を引き出したり、逆に心理的・身体的暴力によって養育者との情動交流が阻害されて、ますますAS/ADH特性が目立つようになる、と考えられています。
これらの特徴は、特に学童期に見られることが多いようです。
さらに環境要因(家庭環境)である逆境的小児期体験(ACEs)による影響も指摘されています。
一般に、ASDの子どもはASDではない子どもに比べて、近隣の暴力、両親の離婚、トラウマ生の喪失、貧困、家族の精神疾患や物質乱用などの逆境的小児期体験(ACEs)のリスクが有意に高いことが判明している。この傾向は低所得家庭でより顕著であることも報告されている。
また、ASDの成人は、ASDでない成人よりもACEsが累積する傾向があった。さらに、成人でも子どもでも、知的障害を伴うASDの場合は特にACEsにさらされるリスクが高いとされている。
亀岡. 「発達障害とトラウマインフォームドケア」. in 亀岡・編『実践トラウマインフォームドケア』日本評論社
トラウマ感受性と脆弱性
「ASDの成人は、定型発達者よりも、強度の低いトラウマ体験への感受性が高いのではないかという報告」もあります。
「トラウマへの脆弱性については、トラウマ体験の要因(以前からトラウマとなるできごとを体験しやすく適応状態が良好でないことが多いこと)、トラウマ体験時の要因(恐怖反応に圧倒されやすく、トラウマとなるできごとが視覚的感覚的にしかも細部に集中して記憶されやすいこと)、トラウマ体験後の要因(トラウマとなるできごとを否定的・破局的にとらえ、それを反芻したり抑圧したり回避したりしやすいこと、定型発達者よりも社会的サポートを得られにくいことなど)が挙げられている」と報告されています。(引用は前掲論文)
周囲からの嘲笑やからかい、さりげない、時にはあからさまな集団からの排除、日常生活でよくみられる養育者や教師からの強めの叱責、感覚過敏による不快場面への参加の強要など、発達特性への配慮が十分ではないために起こりうるできごとが契機となり、トラウマ関連症状(その場面の記憶が繰り返し想起される、悪夢、過剰な警戒や驚愕など)が出現しているケースである。
亀岡. 「発達障害とトラウマインフォームドケア」. in 亀岡・編『実践トラウマインフォームドケア』日本評論社
自閉スペクトラム(AS)特性に伴い、「その知覚や情報処理の違いによって、日常のさまざまなできごとをトラウマとして認識し、より多くの混乱や無力感を経験する傾向がある」「トラウマやACEsに対しても硬直的なとらえ方をしたり、その記憶を感情的に反芻したり、回復を促す柔軟な視点への転換が難しい場合が多い」など、自閉スペクトラム(AS)特性により逆境的小児期体験(ACEs)を含む広い意味でのトラウマ体験が増強して体験される可能性が指摘されています。(引用は前掲論文)
これらの特徴によって、冒頭に述べたように「発達特性とPTSD症状や自己組織化障害症状が類似している」ことが指摘されるようになりました。
たとえば、PTSDの「覚醒と反応性の著しい変化」に含まれる、イライラ感や集中困難、無謀な自己破壊的行動などの症状は、ADHDの注意集中困難や衝動性の高さなどの特性と類似していることが従来から指摘されている。
(中略)
たとえば、ASDでは、社会的な相互性や社会的コミュニケーションの障害のために、仲間への興味が欠如していたり感情の共有が困難であったりするように見えることがある。
一方、PTSDの回避症状、興味や関心の喪失、周囲との疎隔感や孤立感、陽性の感情の喪失なども、同様の状態にみえる場合がある。
(中略)
あるいは、ASD児者は、日常生活のルーチンがうまく進まないと混乱しやすいが、この状態がPTSDの易怒性などの覚醒亢進症状と混同されることもある。
また、ASD児者に認められるファンタジーへの没入や低い自己評価は、PTSDで認められるフラッシュバックなどの解離症状や自責感と区別しがたいこともある。
亀岡. 「発達障害とトラウマインフォームドケア」. in 亀岡・編『実践トラウマインフォームドケア』日本評論社
トラウマ後遺症や発達障害特性への向き合い方
「複雑性心的外傷後ストレス障害(CPTSD)」や「発達性トラウマ障害(DTD)」、あるいは「自閉スペクトラム(AS)特性/注意欠如多動(ADH)特性」に伴う「第二次構造的解離(内在性解離)」の治療で、「タッピングによる潜在意識下人格の統合(USPT)」を勧める方に、以下のような説明をしていますよね。
これまでは対処することが難しかったので、出来事とその時の気持ちを冷凍保存してなんとか生き延びてきました。
でも解離によって冷凍保存された記憶を溶かしながら融合・統合して、これから一人の自分として生きていくときには、自分自身の特性を知って、出来事によって引き起こされる様々な感情に対する自己調節能力(セルフケアスキル)を身につけると同時に、出来事に対する問題解決のためのコーピングスキル、そして他の人からのサポートを得るスキルを身につけていきましょうね。
自己理解は、自分の特性を外在化し目に見えるものにする(「自分がうまくやれない」ではなく、うまくやれない「特性を持っている」と理解)だけでなく、治療者の使っている適切な問題対応システムを内在化(治療者の考え方や行動が問題対処のモデルとなる)し、運用することを含めて考える。
環境調整とは適応しやすい装備を整えたり、対人関係を含めた環境への働きかけを行う。
原田. 「成人期の発達障害診断」. in 中村,本田,吉川,米田・編『日常診療における成人発達障害の支援:10分間で何ができるか』星和書店
「日常生活の困難にぶつかると、一時的に悪夢が再燃したり、トラウマ記憶が繰り返し反芻されたりするなど、PTSD関連症状が再燃しているように見えることがある。しかし、この場合に必要なのは、さらなるトラウマ治療ではなく、発達障害臨床で通常実施されている、地に足のついた発達支援であると思われる」とされています。(引用は「発達障害とトラウマインフォームドケア」)
発達障害(AS/ADH)特性に伴う「適応の障害」「適応不全」の改善も、「複雑性PTSD」「発達性トラウマ障害」の治療も、つまるところ、症状の改善と併行して「自らの特性への気づきと受容、周囲と折り合う技術の獲得、ソーシャルスキルの習得などが課題となる」ということですよね。(引用は「発達障害とトラウマインフォームドケア」)
院長