気持ちを感じて考えに抵抗してみよう
『8つの秘訣ワークブック』では「気持ちというものが、多くの行動の原動力になっていることを踏まえると、気持ちにただ反応するだけでなく、まずその気持ちに気づき、そしてそれを導き、理解し、対処する方法を身につけておくことは、とても大切なことだと言えます」とあります。
気持ちに対処する方法を身につけることは、摂食障害からの回復にとって、必要不可欠な要素であることが強調されていますよね。
『8つの秘訣』に「感情とは、自分の思考に身体が反応して引き起こされるものである」ということが説明してあります。
『8つの秘訣ワークブック』には、「気持ちというのは、心の中で、それと同時に身体の中で感じていることです」「身体のどこにそれを感じているのか、注意を向けてみましょう」と、気持ちを身体感覚として感じてみるやり方が紹介されています。
『「できない」と「しない」:行動主体の取り戻し方』では、内語(思考)の言い換えという方法を紹介しました。
今回は、身体感覚を使って主体を取り戻す方法を紹介します。
この方法は、「観察し気づく段階」と「行動を選択する段階」から成り立っています。
『素敵な物語』の丸太のたとえで、「浮く練習」「泳ぐ練習」と表現されている、「自分の中の感情への対処法(観察し気づく)」と「起こりうる問題への対処法(行動を選択する)」というコーピングスキル、つまり「行動の仕方を変えていく」取り組みです。
「実際に行動できない、あるいは、回復に向けて進んでいけない理由、障害となっているものは何でしょうか」「あなたが挑戦してみようと思うときに、どのような障害が予想されるでしょうか?あるいは、前進しようとするとき、どんな障害にぶち当たりそうでしょうか?」の問い自分に投げかけながら、ボディ・スキャンをしてみて、身体のどこにどんな感覚を感じているか、注意深く探してみてください。
障壁に出会ったとき、どのような感覚や感情が現れてきますか?
それを体のどこで感じていますか?そこに触れていきましょう。ゆっくりとその感覚や感情を観察してみましょう。
それをもし何かに例えるとしたら、どのようなものですか?
もし、それに形や色、重さがあるとしたら、どのような形や色、重さですか?
それは、先ほどから同じようにそこにありますか?それとも何か変化がありますか?
谷『言語と行動の心理学』金剛出版
もちろん、自分の心や身体の感覚を観察する練習を始めた最初の頃は、反射的に過食衝動が起きることもあります。
それでも根気強く、考えや気持ち、身体の感覚を観察する練習を続けていくと、心の中で感じることと反射的に起きる過食衝動との間に、スペースを開けることができるようになってきます。
こころの健康クリニックでは、「心の枠組みを広げる」「気持ちを抱えられるようになる」と説明していますよね。
大切なことは、観察するときに判断や評価をせずに、ありのままにその体験を観察し感じてみることです。
衝動が起きても、衝動の波に呑み込まれずにサーフィンをしている感じです。「触れつつ巻き込まれない」と説明しているこのやり方は「衝動の波に乗る」でも使いますよね。
「衝動の波に乗る」ができるようになったとしても、HALTで説明しているような感情は繰り返し起きてきます。
HALTの心の動きに耐えられずに過食をして嘔吐しても、HALTの心の動きは何度も復活して、解消行動である過食嘔吐が反復され、このパターンが繰り返されてしまいます。
過食や嘔吐によって、その瞬間のほんの一瞬だけ気持ちが楽になった気がします。だからこそ、摂食障害行動が維持されてしまうのです。
しかし、長期的に見ると、一時的に有効であるかに見えた過食嘔吐という行為を使ったとしても、HALTの心の動きが二度と出てこないようになったわけではない、と気づく必要もあるのです。
ですから「観察し気づく段階」の次に、「行動を選択する段階」に取り組む必要があるのです。
たとえば、胸の奥でムズムズした感覚があることに気づき、それを「タバコが吸いたい感覚」と考えているかもしれない。
そういう感覚や考えに気づき、タバコを吸うか、吸わないかを選択する。気づいたうえでタバコを選択しているのなら、グルグル回り続けていたときよりも一歩「大切なことに向かっている」のである。
行動の選択は、意図的なものである。「思わず」反応してしまったというのは、意図的な反応ではない。
障壁となっている感覚や感情、思考に気づき、それらに反射的に反応することを中断して、意図的に向かう行動/離れる行動を選択していくことは、繰り返し練習する必要がある。
反復的な練習を通して(つまり何度も失敗を繰り返しながら)、徐々に強固な習慣的行動となっていく。
谷『言語と行動の心理学』金剛出版
「衝動の波に乗る」練習を何度も繰り返すことで、摂食障害衝動に巻き込まれてしまう生き方から、しだいに価値に基づく行動と、価値に沿った生き方にシフトしていきます。
これが新しい対人関係療法で課題とする「ライフ・ゴール」です。
ゴールと呼ばれますが、達成点とか何かを得る手段ではなく、摂食障害を手放した新しい生き方という方向性のことです。
「衝動の波に乗る」のような価値に基づく行動は、継続的に毎日実行できるものなので、対人関係療法では「行動の仕方を変えていく」と表現しているのです。
院長