人に助けを求めることと分離/自立の関係
あくまでも私見ですが、重要な他者(養育者やパートナー)とのコミュニケーションに焦点を当てるこれまでの対人関係療法のすすめ方は、自己主張の側面ばかりが強調され、対人関係機能についての評価が十分とは言えませんでした。(『摂食障害とカサンドラ症候群』参照)
極端な場合では、患者さんの「攻撃的」な感情表出に対して、家族やパートナーなどの重要な他者が患者さんの理不尽な要求に合わせることで、共依存的な関係になってしまうことも多々ありました。
このような状態を体験したことのある対人関係療法の治療者もいらっしゃると思います。
このようなトラブルが起きやすい理由として、「親しい人がかかわるとメンタライジング能力は低下する」ということを理解しておくことが非常に重要です。(池田「メンタライゼーションとは何か」こころの科学 204: 2-8, 2019)
メンタライジング、あるいはメンタライゼーションとは、
- 自分や他者のこころの状態に思いを馳せること
- 自分や他者の取る言動をその人の心の状態と関連づけて考えること
上記2点がその骨子と言われています。(池田「メンタライゼーションとは何か」こころの科学 204: 2-8, 2019)
上記のうち、「自分のこころの状態」「自分の取る言動と心の状態との関連」についてのセルフモニタリングが十分でないと、自分の問題の解決を他者に丸投げしてしまい、共依存関係に陥りやすくなってしまうのです。
『8つの秘訣』の「秘訣7 摂食障害にではなく人々に助けを求めよう」では、以下のように説明してあります。
あなたにとって、あなた自身はとても頼りがいのある存在のはずで、実は一番頼りになるのです。ですから、周りの人だけでなく、あなた自身の内面に向かっても助けを求められるようになる必要があります。
大切なことは、周りの人を頼りつつ、自分自身をも頼りながら、ちょうど良いバランスを見つけることです。
他人はあなたを助けられますが、いつでもそばにいるわけではなくて、ひょっとしたら支援が必要だと最も強く感じる瞬間には、近くに誰もいないかもしれません。
たとえ現実味がなくて無理だと思っても、遅かれ早かれ、自分自身を頼る方法を身につけなければいけない、ぜひ身につけたい、と思うようになります。
自分の中にしなやかな回復力と豊かな対応力があることがわかると、とても嬉しいものです。コスティン、グラブ『摂食障害から回復するための8つの秘訣』星和書店
対人関係から距離を取ることで安心を得ようとする過食症も気分変調症も、アタッチメント対象に対して密かに抱えている依存欲求を自覚できないまま、距離を取ることでなんとかバランスを取っています。
この状態を「遠ざかり境界性自己障害」とよび、「回避型愛着パターン」と重複する部分もかなり多いですよね。
この状態は「目的や理想に価値を感じられなくなった抑うつ(空虚うつ)」とも呼ばれ、慢性的な空虚感を埋め合わせるために、「〜べき」思考に代表される強迫的な考えや、摂食障害症状などにしがみつかざるを得ない状況を作り出してしまいます。
とくに青年期後期から成人期前期の神経性過食症や気分変調症に対する対人関係療法の治療では、「ライフ・ゴール(人生の価値や目的)」を治療焦点にして、本当の意味での分離と自立を目指していきますよね。
治療を始めるなどのきっかけで、自立への取り組みが現実味を帯びてくると、「回避型愛着パターンによって覆い隠されていた愛着欲求と不満・怒りとの葛藤が表面化し、一時的にアンビヴァレント型のような状態が出現すること」がよくあります。(アレン『愛着関係とメンタライジングによるトラウマ治療』北大路書房)
本人にとって治療・支援とは「すぐに・具体的に」助けてくれることであって、すぐに・具体的に助けてくれない支援者に対しては「役に立たない」とこき下ろします。
しかし治療の目的としては「その場の苦しみを今すぐに取り除いてもらえる」ことよりも、「次の相談時まで不安を抱えていられる力を育てる」ことの方が大切ですし、治療目的ではない支援であってもその認識で支援した方がうまくいきます。
崔『メンタライゼーションでガイドする外傷育ちの克服』星和書店
上記の本の中で分離のプロセスは、「与えられるべきものが与えられなかった」怒りの段階から、安心感のある愛情や健康なミラーリングを「本当は与えて欲しかった」という隠れていた依存欲求への気づき、そして、「隠し持っていた100%幻想はもう永遠に実現不可能である」という事実へ直面するプロセスを経て、「分離うつ」の状態に移行すると説明されています。
上記の本では、「前の方が楽だった……人のせいにしていれば良かった」「どうやって親の役に立っていない自分の価値を認めるのか、わからない……でも行ってみないとわからない」と、求めても得られない源泉には賠償を求めないような仕方で体験されるこのプロセスは、ある種の身を切るような痛みを伴うことが書かれています。
ここまでが一時的に出現する「アンビヴァレント型のような状態」と考えられます。
この「分離うつ」は、主体的な人生の開始のための大切なスタート地点となると同時に、後戻りするわけにはいかない道を静かに苦痛に耐えつつ進む美しい人間の姿と表現されています。
強迫的なまでに食べるきっかけになった、親に対する期待と失望、怒りや恐怖、あるいは自己不全感などのさまざまな情動が、大波のように押し寄せてきていることを認め、耐えることができるようになるプロセスを経て、やっと過食症や気分変調症だった過去の自分と別れを告げ、「獲得安定型」に移行するのです。
この時に必要なのが、『素敵な物語』の「第15章 下降――影と直面するということ」の物語に出てくる、「共感する生き物」が持つ「生命の糧となる食べ物」と「水」です。
最終的に自分を救ってくれるのは、自分自身への共感、つまり自分の感情やニーズを知性と理解をもって見る能力です。
そして、深い癒しが起こるように、痛みをゆっくりと切り抜ける助けとなってくれるのは、痛みと「一緒にいる」ことができる力です。共感することで、自分の置かれている状況を自分や他人のせいにすることなく、そして自分の傷を否定することもなく、子ども時代と乱れた食行動とのつながりを認識できるようになるのです。
エレシュキガルは、自分の声や気持ちを聞いてもらえたことで、生き物たちがイナンナに生命の食べ物と水で栄養を与え、彼女を生き返らせることを許しました。
ジョンストン『摂食障害の謎を解き明かす素敵な物語』星和書店
過食症の治療をしていたある患者さんの治療の最終段階で、親を恐れて押し入れの布団の間に身をひそめて隠れていた子どもの頃の自分と向き合うワークをしたことがあります。この患者さんは対人関係療法による治療で、過食嘔吐もほとんど影をひそめ、「痛みと「一緒にいる」」ことができるようになっていました。
最終段階のアタッチメントの修復プロセスで必要になる「共感する生き物」や、「生命の糧となる食べ物」と「水」はいったい何の象徴なのか、みなさんも考えてみてくださいね。
院長