嘔吐をやめると体重はどうなるのか?
「過食衝動」は、神経性過食症(食べ吐き)や過食性障害(むちゃ食い)の中核症状です。
治療の中で、(1) 感情や身体感覚を感じられるようになること、(2) 感じた感情や身体感覚を抱えておけるようになること、そして(3) 感情や身体感覚が伝えているニーズに応えること(情動調整・感情コントロール)、などの心のスキル(考え・感情・情動のコントロールについての気づき)を身につけていくことで、感情対処法(救命胴衣)であった過食症症状を手放し、自分で泳ぐ力をつけていきますよね。
その際に、自己誘発嘔吐や過剰な運動、あるいは下剤乱用などの「非機能的な代償行為(回復を妨げる行動)」に対しては、「回復したい!」という決意を持って向き合う必要がありますよね。
(『8つの秘訣』秘訣6「自分の行動を変えるということ」)
しかし多くの神経性過食症(食べ吐き)の患者さんの最大の懸念は、「嘔吐(あるいは代償行為)をやめると太るのではないか?」ということですよね。
明らかに、この問題は過食症の人のほとんどにとっての懸案事項ですが、皆にとっての正解はありません。
回復期には体重が増加することがあるかもしれない一方で、全員がそうなるとは限らないのです。
なぜなら多くの場合、過食嘔吐をしたときの方が、普通に食べたときよりも多くのカロリーを吸収しているからです。ですから、実際には体重が落ちるかもしれません。
ホール&コーン『過食症:食べても食べても食べたくて』星和書店
「嘔吐(あるいは代償行為)」をやめると、体重が増加するかもしれないし、しないかもしれない、ということです。
「これでは安心できない・・・」と感じた人がほとんどなのではないでしょうか?
でもちょっと待ってください。
体重が増えるか・増えないかとか、体重が増えることは悪いことで体重が減ることは良いこと、という考え方は、「全か無か思考」「白黒思考」「完璧主義思考」として知られている摂食障害の根本にある思考パターンだということに気づきましたか?
そして、体重が増えることは、「嘔吐(あるいは代償行為)」をやめるとずっと続くかもしれないという考え方は、「一般化のしすぎ(過度の一般化)」というこれもまた摂食障害の根本にある思考パターンですよね。
しかしながら、普通の食べ方を再開する過食症患者さんの多く(特に下剤乱用者)では、代謝が新しい食パターンに順応し、細胞に再び水分が行き渡るまでは、体重が確かに増えます。
よって、嘔吐や下剤乱用をやめることで体重が増える人もいれば、体重が減る人も、変わらない人もいるのです。
(中略)
健康であるかどうか、そして有意義で、満足を与えてくれる人間関係や物事への関心、目的があって、充実した人生を送れているかどうかということの方が、体重が増えるか減るかよりもよほど重要です。
ホール&コーン『過食症:食べても食べても食べたくて』星和書店
そう言われても、これから摂食障害の治療に向き合ってみようかなと考えている熟考期の人や、準備期から実行期に入ったばかりの治療初期の段階の人にとっては、先が見えない不安が押し寄せてくる感じになってしまいますよね。
そんな不安に押しつぶされそうな人たちは、摂食障害から回復されたAkoさんの「摂食障害が教えてくれること」をお読みになってみることをお薦めします。
とくに「吐かないとこうなる」「浮腫み」「絶賛増量中!!!」「半端ない腹部膨満感」「太ることを受け入れる」などのエントリーが、「嘔吐(あるいは代償行為)」をやめた時期の患者さんの身体と心の変化について参考になると思いますよ。
嘔吐のせいで、このような電解質が不足してしまうと(しばしば低体重や過度の水分摂取のせいでより悪化します)、不整脈が発生する可能性があります。
これは突然死につながりかねないので、血液検査で電解質の数値を確認することも大事ですし、もし異常が見つかれば、医学的治療を受けることが重要です。
栄養をきちんととれるようになり、健康状態が回復してくれば、このような危険性は解消します。
ホール&コーン『過食症:食べても食べても食べたくて』星和書店
嘔吐をやめたときの身体反応は人それぞれなのですが、水分の代謝と栄養(カロリー)の吸収による体重の変化をわけて、ごく簡単に説明しておきますね。
自己誘発嘔吐をやめると、胃液とともに排出されていたクロールの減少が起きなくなりますから、失われていた水分とともにナトリウムが細胞内に取り込まれるようになり、一過性に浮腫(ムクミ)が起きます。身体は腎臓で体内の水分の調整を行いますから、尿量が増えるわけです(「浮腫み」参照)。
しかし、水分代謝による浮腫は一時的であり、細胞内外でのナトリウムとカリウムのバランス、あるいは水分のバランスが取れてくると、むしろ嘔吐していたときよりも嘔吐をやめた後の方が、浮腫みが減る分、体重は減ることになるのです。
また自己誘発嘔吐をやめると、過食した食べ物はそのまま吸収されることになります。
しかし、しばらくの間、一時的に腹部膨満感が感じられたとしても(「半端ない腹部膨満感」参照)、身体は空腹感・満腹感というシグナルを使って、いつ、どのくらい食べればいいかを教えてくれるようになるのです。
けれども、私の場合、個人的に食べたいと思えるものは何でも自由に食べられるように、食べ物のことばかり考えることを減らしたかったのです。
そこで私は回復へと向かう際に、「すべての食べ物をバランスよく」というアプローチを中心に据えました。このアプローチを重視する人たちは、ある食品を制限する代わりに、身体の空腹感と感情の空腹感とを区別して、両方を適切に満たすことを強調します。食べ物に「よい」または「悪い」とレッテルを貼るのではなく、身体が望み、必要としているものを食べて満足を得ることを強調するのです。
この考えの人たちは、「完全な回復」や「回復した」のような用語を使う傾向にあります。ホール&コーン『過食症:食べても食べても食べたくて』星和書店
回復途中で一時的に体重が増えた(これは浮腫みで、脂肪の沈着とは異なります)としても、「身体の空腹感(ひょうたん型の容器)」と「感情の空腹感(ハート型のバスケット)」を区別して、過食衝動がおさまるにつれて、「身体が望み、必要としているものを食べ」られるようになり、しだいに遺伝的に規定された自然な体型や体重に戻っていくのです。
そして、「健康であるかどうか、そして有意義で、満足を与えてくれる人間関係や物事への関心、目的があって、充実した人生を送れているかどうかということの方が、体重が増えるか減るかよりもよほど重要です」という、対人関係療法(IPT-ED)の治療目標である「人生の目的(ライフ・ゴール)」に取り組む準備ができたということなのですよね。
これが「〔回復した〕としたら、摂食障害行動を使って、日常の他の問題に対処したり、問題を避けたりする必要はなくなるのです『8つの秘訣』」ということです。
対人関係療法による過食症治療の中間振り返り(10セッション目)のときに、ある患者さんがおっしゃっていました。「こんなに早く過食嘔吐から回復するなんて思わなかった!」と。
患者さんたちはこうやって、自分が本当に生きたい人生へ戻って行かれるのです。
院長