摂食障害から回復するために必要な「自己受容」
対人関係療法をはじめ、さまざまな心理療法の諸派が独自の有効性を競っていますが、つまるところ、治療の有用性は「患者さん自身が、自分の心の状態をどう体験したかを、理解できる能力を高められるかどうか(自己を客観視する能力を高める)」のように思います。
これは母親が子供の不安をリフレクトあるいはミラーリング(照らし返し)によって、子どもは自分が何を感じているのかを知覚できるようになる、つまり自己組織化のプロセスと同じなのです。
母親の代わりに治療者あるいは自分自身が、現実(他者を含む外界)との相互作用によって生じた体験をメンタライズすることで、自己の組織化(自己の次元での成長:自己志向の高まり)が促され、新たな仕方(好奇心・寛大さ・受容・愛情(英語の頭文字をとってCOAL))で現実と向き合うことができるようになるということです。
日記をつけ始めて数週間もすると、パターンが見えてきます。
食べるものや量を制限している時間がないかどうか調べてみてください。
過食しがちな時間はありますか?
長時間食べないでいて、その後で食べすぎていることはありませんか
お腹が空いていなくても食べたいと思わせる活動や感情、もしくはお腹が空いていても自分に食べることを許さない状況はありませんか?
日記を通して、ほとんどの人が、寂しいから、怒っているから、つまらないから、緊張しているから、というような感情的な理由で食べることがどれほど多いかに気づくのです。
ジョンストン『摂食障害の謎を解き明かす素敵な物語』星和書店
このように摂食障害から回復に必要な「自分自身との関係を改善」していくためには、自分自身の心と身体の状態がどうなっているのか、をつぶさに観察する必要があります。
「自動操縦状態(マインドレスネス)」に巻き込まれずに、自分の心を見わたす「観察者としての自己」を培っていくために、「現在に積極的に関わりながら、新しいことに気づき(差違への注意深さ)、文脈に対して敏感になっているような、柔軟な心の状態(多様な視点のアウェアネス)」を身につけていくプロセスでもあるのです。
感情と食事パターンの関係性を見つけることが、いずれは乱れた食行動に対する万能薬となるかもしれません。
しかし、その万能薬を見つける過程や自分とのコミュニケーションの取り方を学ぶ過程、自分の考えや感情に注意を払うこと、食行動を敵意ではなく好奇心をもって調査すること、そして体に導きを求めることもまた大切です。物語に出てきた賢いヒーラーが知っていたように、自分のことを忍耐強く根気強く観察することで、乱れた食行動という問題を解決した後も一生付き合うことになる、内なる英知への信頼を得ることができるからです。
ジョンストン『摂食障害の謎を解き明かす素敵な物語』星和書店
ある患者さんは、最初のうちは行動記録や状況分析を記録することを渋っていらっしゃいました。
大切だということはわかるけど、これで良くなるとは思えない、とおっしゃっていたんです。
しかし、治療に取り組むことができずに何度目かの挫折したときに、『素敵な物語』をじっくり読み返し、大事だと思うところを書き出し、「考えと気持ちを書いてみよう」「生活記録をつけて生活リズムから直していこう」「きちんと3食食べられたかどうか記録してみよう」に取り組まれた結果、1ヶ月後にいらっしゃったときには、すでに過食はなくなっていました。
みなさん、あれっ?と疑問に思われませんか?
なぜなら『拒食症・過食症を対人関係療法で治す』にはこう書いてあるからです。
なお、過食以外の日常生活についても、第8章(対人関係療法 —— 摂食障害を本質的に治療する)で述べる対人関係療法の課題以外には基本的に患者さんの自由にしてもらいます。
たとえば、早寝早起きを強制したりはしません。
(中略)
生活習慣に焦点を当ててしまうと患者さんが直視しなければならない対人関係の問題から逃げやすくなってしまうからです。水島『拒食症・過食症を対人関係療法で治す』紀伊國屋書店(P.122)
上記の「患者さんが直視しなければならない対人関係の問題」は、「摂食障害の部分」の言いなりになって、「人と会いたくない」と昼夜逆転の生活をしていた「自分自身との対人関係」であって、外的な他者との関係(二者関係)ではなかった、ということなのです。
このようなときに対人関係の問題に焦点を当ててしまうと、患者さんが直視しなければならない「食べ物のルール」や「生活リズム」など「(生物学的な)自分自身との関係の問題」から目をそらすことになってしまいます。
対人関係を「自分自身との対人関係」「他者との対人関係(二者関係)」「集団との対人関係」の3つの文脈でみていき、その土台である【自分自身との関係を改善する】ことの大切さが、この例からもわかりますよね。
考えや気持ちを書き出してみると、それを心の中から引っ張り出すことができますし、あとから振り返って読んでみることもできます。
苦しい状況で身動きがとれなくなったときに回復への道をどれほど進んできたか、自分がどの位置に立っているのかが見えるようになります。(中略)
そして何と言っても、ノートを書く作業は、私たちのクライエントさんの中でも、実際に回復したほとんどの人たちが実践していた3つの行動のひとつなのです。
あとのふたつは、体重を測らないことと、つまずきそうだと感じたらすぐに助けを求めることでした。
回復したクライエントさんたちが共通してこの取り組みをしていたということは、データとしてはとても意義深いことといえるでしょう。
コスティン他『摂食障害から回復するための8つの秘訣』星和書店
摂食障害の患者さんが、生物学的に正常な状態に戻ろうとせず、「摂食障害ルール」に縛られている限り、飢餓状態から生じる異常なプロセスからいつまでも抜け出すことができないのです(家族のための摂食障害こころのケア)。
生活リズムを整えること、体重を測らないこと、頑張って食事を摂ってみること、などは、身体(生物学的な自分)を受け入れるプロセスです。
それは「自分に正直になる」プロセスであると同時に、ジョンストン先生がおっしゃる「自分という人間を丸ごとありのままに受け入れること(自己受容)」でもあるのですよね。
院長