愛着の傷つきからの回復のカギ「ニューロセプション」
カウンセリング、認知行動療法、対人関係療法など、さまざまな心理技法や治療法がある。同じ技法をもちいても、それを行う人や、それを受ける人によって、良くなる場合もあれば、あまり効果がなかったり、逆に悪化してしまう場合もある。
こうしたことから、本当に改善や回復に役立っているのは、治療技法そのものというよりも、関わることから生じる何か別の要素ではないのかということが久しく言われてきた。岡田尊司『回避性愛着障害』光文社
岡田先生は、ズロフ(Zuroff)とブラット(Blatt)らの研究データを挙げて、治療効果を左右するのは、どの治療法を選択したかではなく、治療者と患者の関係の質であって、治療者との関係の中で、患者の自己イメージや他者イメージがポジティブに変化することによって、治療効果がもたらされたのだろうと考えられている、と紹介されています。
治療がうまくいって症状が改善するときその人の愛着スタイルが安定したものに変化することが、うつ病だけでなく、パーソナリティ障害や摂食障害、不安障害など、ほとんどすべての精神疾患について言えることだと書かれています。
では、病気からの回復、症状の改善、そして愛着スタイルの安定化をもたらす「関係の質」とは、何を指しているのでしょうか?
水島は対人関係療法の立場から、「治療者というものは、一時的に自己肯定感の代わりを果たす役割なのだな」と述べている。
自己肯定できない患者さんたちを、代わりに肯定し、その「ありのまま」を受け入れながら、一緒に前向きな変化を起こしていく、ということが治療の本質と述べている。横山「子どもの自己肯定感を高める発達障害支援」臨床精神医学 45(7): 883-887, 2016
自分のいいところに目を向けポジティブに考えられることや、ダメなところを個性と考えることができるようになるために、肯定と「ありのまま」の受容が「自尊感情(自己肯定感)」や「自己効力感」、あるいは「自己有用感」「自己有能感」などを高めることにつながるということのようです。
一方、岡田先生は『愛着障害』の中で、「分析」や「認知」のような理性的な側面に焦点を当てる治療は
不安定型愛着スタイルの人にとっては効果が出づらいだけでなく、「共感」「受容」「一致」を重視するロジャーズ派の来談者中心療法でも、関係性のテーマを治療関係関係をもとに改善する困難さを指摘されています。
治療者が自己肯定感の代わりをしたり、共感や「ありのまま」を受け入れると、患者さんの自己肯定感が高まったり、不安定な愛着スタイルが修復できたりするのでしょうか?
愛着がメンタライジングを妨げるという「愛着のパラドックス」が生じることがあります。
クライエントが愛着関係およびそれによって得られる安心・慰めだけを心理療法に求め始め、苦痛を伴うメンタライジングを回避するようになる場合がそれです。上地『メンタライジング・アプローチ入門』北大路書房
「愛着のパラドックス!」
安心・慰めを提供するだけの心理療法では、クライエントは来談し続けますが、不安性の苦痛は軽減しないのです。
この「愛着のパラドックス」がなぜ起きるかというと、セキュア・ベース(安心基地)としての安心感や安全感、愛着(アタッチメント)は、社会性(他者との関係性)が土台になるので、「自己志向(自己の次元の成長)」を考えると、社会的な次元の成長である「協調性」を考えざるを得なくなり、逆に社会性や協調性を考えると、自己志向性を考えざるを得なくなる、という「入れ子構造」になっているからなのです。
どういうことかというと、愛着関係は、養育者からまなざされるという関係の中で生まれ、養育者をまなざし返す関係性の中で構築されますよね。
この時に、よく知られているミラーニューロンの働きだけでなく、「ニューロセプション(神経感覚)」と呼ばれる認知によらない「社会的関与システム」が関係します。
この社会的関与システムの中心にあるのが、『愛着トラウマの脳科学』で触れた「腹側迷走神経」です。
愛着の安定や安心感が乏しいと、迷走神経の活性が下がり、交感神経が優位になって「闘争・逃走反応」が起きやすくなります。
逆に社会性(協調性)が高まることで、迷走神経の活動も高まるのです。
これまでの心理療法で愛着の修復が上手くいかなかったのは、この「入れ子構造」的で再帰的な「ニューロセプション」に焦点が当たらず、肯定感や効力感の認知的な側面が強調されすぎたからと考えられます。
三田こころの健康クリニックで行っている対人関係療法では、「自己志向性」を高める取り組みの「自己受容」のプロセスで「ニューロセプション(神経感覚)」にも焦点を当てているんですよ。
『対人関係療法とは?』『自己志向と協調性を高め摂食障害から回復する』も参照してみてくださいね。
院長