肥満恐怖とやせ願望
最近は、摂食障害の中でも、過食症に似た食行動や食習慣の異常を呈する例が多くなり、「思春期やせ症」と呼ばれた拒食症・中核群が減っている印象です。
ある報告では、拒食症の発生率は変わっていないけれども、過食の症状を伴う摂食障害・辺縁群が増えていると言われています。
つまり食行動や食習慣の異常があるという症状だけで安易に摂食障害と診断されることが増え、見かけ上、摂食障害が増えているような印象もあります。
そもそも、摂食障害の中でも拒食症は「ダイエットから始まる(食べない)場合」と「食欲がなくなり体重が減る(食べられない)場合」の二通りのスタートがあります。
ダイエットから拒食症に移行するケースの多くで学校や家庭でのストレス(喪失体験・挫折体験)があり、その空虚感や傷心を癒やすための「やせ願望」のスイッチが入るようです。
このタイプは対人関係療法をはじめとする精神療法への反応がよく、比較的治りやすいといわれています。
ダイエットから拒食症に移行するケースでは、体重が減ることによって喜びや充実感・達成感を感じることが多く、それが体重減少を目指す「好子(強化子)」となり、体重が減ったことによって、それまでの悩みが解決したように感じ、さらにやせを追求するようになっていきます。
体重が目標に達したときだけでなく、体重が減っていくプロセスも、自分の決断と実行する行為そのものが体重減少という明確な結果となって表れるため、自己効力感として感じられることから、肥満の解消やスリムになるというダイエット志向では満足できなくなり、理想の自分を実現しようとする「やせ願望」に変化します。
「やせ願望」というのは、単なる「やせたい気持ち」ではなく、「よい自分」という理想追求にとらわれた状態です。
アスペルガー症候群の人が拒食症っぽくなったときにおっしゃる「見返してやる!」という気持ちと「やせ願望」はちょっと違うようです。
理想の自分という高みを目指す誘惑は、その先にある「肥満恐怖」という「ゴールデンケージ(金の鳥篭)」に誘い込む誘惑でもあるのです。
体重が減るにつれて、体重が少しでも増えてしまうことに不安や恐怖を感じるようになります。
しかし、低体重が続くと身体防衛反応として過食の衝動を起こさせたり、食べもののことばかり考えたりするようになります。
過食や体重増加は悪い自分へ墜落させようとする悪魔の誘惑のように感じられ、痩せた自分という理想を求めつづける「やせ願望」は、「肥満恐怖」という檻に閉じ込められてしまいます。
「肥満恐怖」は太りたくないという「肥満嫌悪」ではなく、太った悪い自分へ逆戻りすることへの恐怖であり、自分自身の評価が体重や体型の影響を強く受けている状態です。
この「肥満恐怖」「やせ願望」が摂食障害の中核的な精神病理と言われているのですが、最近のケースではこれらを認めない食習慣や食行動の異常としか言えない例がすごく増えています。
上記の非ダイエット群では、摂食障害に特徴的な「肥満恐怖」「やせ願望」「ボディイメージの障害」などの精神病理は明確でなく、児童期から前成年期に発症することが多いことが知られています。
交配の結果生まれたある種の動物でも、生まれた子を親から引き離すのが早すぎたり、新しい群れに適応させようとするときに引き起こされることがあり、社会文化的な影響や、アスペルガー症候群などの発達障害の二次障害としての発症など遺伝的・体質的な要因の関与が考えられています。
DSM-5では「回避/制限性食物摂取障害」という「やせ願望」や「肥満恐怖」を伴わない食行動異常も摂食障害のカテゴリーに入ってしまいました。
次回から摂食障害の精神病理と臨床症状の関連について、「過食嘔吐症候群」「むちゃ食い症候群」の視点で見ていきましょう。
院長