虐待と愛着(アタッチメント)3〜トラウマの絆
子どものアタッチメント・システムは、アタッチメント対象(親などの養育者)に接近し(たとえば、泣いて母親に駆け寄り抱きつく)と安全感・安心感を得る(母親に抱きつきホッとする)、という2つの目標に向かう行動システムですよね。
アタッチメント対象(親や養育者)に感受性があれば、接近してくる子どもに慰めを与えます。
(しっかりと抱きかかえ、「大丈夫よ」と声をかける)
このような穏やかで温かな交流により、アタッチメント・システムは脱活性化され、子どもは再び、外界を探索できるようになります。
この「ラプローチメント(再接近期)」は、子どもにとってアタッチメント対象を内在化する時期であり他者に対する基本的な信頼感や自己肯定感にとってすごく重要な時期となります。
このメカニズムは虐待を受けた子どもにおいても発動され、虐待や不適切な養育の中にさえ、「なじみの感覚」をもち、それを基盤に生き延びようとします。
これをビバリー・ジェームズは「トラウマ・ボンド(外傷性絆)」と呼びました。
虐待をうけた子どもは、「虐待体験に愛着(なじみのあるものに引き寄せられる:執着)」があるため、さしのべられた援助の温かい手に対し、はねつける、無視する、縮こまる、顔をゆがめるなど、「外傷体験を再現(虐待者から受けた行為、または自分のなじみの行動)」することで反応してしまいます。
このような「再現行為(再演:reenactment)」は、「侵入性反応」とも呼ばれ、フラッシュバックもこの1つですね。
「フラッシュバック」は、侵入的記憶想起と訳され、なんらかのトリガー刺激により、過去に起こった外傷体験が生々しく現在に侵入してくることで、言語、認知、思考、行動、生理的反応、身体、精神症状などを介して表出されます。
このようなフラッシュバックは、子どもだけではなく、虐待をする家族にも起こりうるとされており、身体的、性的な虐待は、行動的フラッシュバックとして家族システムに表現されているとみなされています。
またフラッシュバックは病的解離の症状の一部でもあるのです。
「病的解離」とは、記憶の障害、自己感覚の障害、自己コントロールの障害で、本来備わっているはずの身体感覚、感情、思考を切り離す、麻痺させる、歪めるなどの操作を自覚的、無自覚的であるにしろ、行うことです。
これには、生き延びるための防衛機制としての意味もあるのですが、この防衛機制を多用することで、心身には解離状態が定着します。
病的解離は、何らかの刺激で健康な方向へ向かいはじめたときにも、不随意反応的に起きることもあります。
このような病的解離症状、フラッシュバック、外傷体験の再現は、支援者や精神療法家との関係構築(アタッチメント形成)を大きく妨げます。
そのため年月の中で信頼関係を結ぶことが最優先されることもしばしばです。
精神療法家との信頼関係が構築され、安心が感じられると、子ども(あるいは成人も)退行していきます。
これはトラウマボンドのような歪んだアタッチメントを健全なアタッチメントに変容されるためには、治療開始のマイナス5歳からのスタートになるということです。
あいち小児保健医療総合センターの臨床心理士、海野千畝子先生が、
大人においての愛着の能力をかみくだいて表現すると、「こころの中に信頼する人が住んでいて、その人がたとえ一時的に自分を裏切るような行動をしたとしても、その人に見放されるという恐怖や不安を感じることなく、その人への信頼を失わずに、時に、待つこと、しのぐことができ、その間に起きる曖昧な感情に耐える能力」である。つまりは、愛の能力ではないかと考える。
と書いておられます。
まさに健全なアタッチメントとは、自分自身と他者への信頼感ともいうべき「絆」なのですよね。
院長