愛着の傷つきの治療
トラウマに対する精神療法の主流は、過去のトラウマの記憶だけでなく、トラウマを思い出させる具体的なものへの暴露に焦点を当てます。
外傷についての記憶が恐怖のあまり断片化し、その断片に対して過剰に恐怖心が引き起こされるために、些細な誘因から不安発作が生じてしまうと説明され、さらにPTSD患者では、情報処理過程に問題が生じていて、蓄えられている外傷記憶を思い出すときにトラブルが生じているため、トラウマ体験を正確に思い出すこと(暴露)により、過剰な不安を消し去り、その恐怖を乗り越えることが暴露療法の治療理論ということですね。
『愛着(アタッチメント)と対人的な心的外傷(アタッチメント関連トラウマ)1』のような、幼少期の虐待やネグレクトなどアタッチメントの傷つきは、どのようにして癒やしていったらいいのでしょうか?
愛着の傷を修復するには、安全基地を確保し、子どものころの不足を取り戻したり、周囲に受け入れられるといった共感的、体験的なプロセスとは別に、もう一つのプロセスが必要である。それは言葉を介した、認知的なプロセスである。これらが並行して進むことによって、修復までのプロセスはより盤石なものになる。
子どものころに傷ついた体験は、たいてい心の隅に押しやられ、はっきり言語化されないまま、もやもやとした記憶としてこころに巣食っている。そうした言語化の不十分な情動的記憶というものが、その人の心や行動を無意識のうちに支配し、ネガティブな反応や感情の暴走、解離といったことを引き起こす原因になる。そのため、まず、そうした記憶を再び活性化することが必要である。
最初は、断片的にしか思い出せないが、それを少しずつ語るのを、支える側は共感しながら受け止めることである。厭な出来事の記憶をたどりながら、そのときどんな思いであったかを、その人の言葉で語ってもらうことが重要である。訊ねられても、すぐには言葉にならないことも多い。なぜなら、まだ一度も言語化されることなく、心の中に膿の詰まった袋のような病巣を作っているからである。
岡田尊司・著『愛着障害』(光文社新書) 第六章 愛着障害の克服
そもそも。
トラウマ体験やフラッシュバックが語りえないのは、トラウマという事実自体が自分にとって理解困難であることだけでなく、恐怖として身体に刻み込まれるかたちで心身反応としての断片として残っているだけと考えられます。
また、トラウマを語ることは治療者との協働作業であり、治療の中で語られた体験は、治療者との相互関係で生み出された情報だということで、十九世紀後半のフランスですでに、「偽記憶」の可能性の指摘もなされており、二十世紀後半のアメリカでは、自分の子どもから身に覚えのない幼少期の虐待の事実を突きつけられて、それが裁判にまで発展する事態が実際に急増したこともよく知られた事実ですよね。
(ヴァン・デア・コルクら『トラウマティック・ストレス』)
ということから、暴露療法は、日常的な虐待などによって幼少期から慢性的に心的外傷(愛着の傷つき)のある複雑性PTSD(あるいはDESNOS)や、解離症状を呈している症例にはかならずしも有効でなく、その効果に限界があるということですよね。
では暴露療法が適応にならない、あるいは向いていない人に対して対人関係療法(IPT)はどうでしょうか?
IPTは、トラウマに直接直面させることに焦点を当てるのではなく、どのようにして日々の対人関係的なやりとりを処理しているか(どのように気持ちを表現しているか、どのように境界を設定しているか)というところに焦点を当てる。このやり方は暴露に焦点を当てる治療が適応とならない患者にとっての選択肢となり得ると同時に、暴露だけでは扱いきれない現実生活の対人関係という点をカバーするものである。
水島広子・著『対人関係療法マスターブック』(金剛出版)
これまでもう一つのブログ『如実知自心』でも触れたように、治療者の態度や対人関係療法で扱う問題領域は、愛着の傷つきのあるケースには、向いていることが多いということですよね。
次回以降、「アタッチメント関連トラウマ」について詳しくみていくことにしましょう。
院長