気分変調症と「慢性抑うつ症候群(二次性気分症候群)」
「気分変調症」は、ICD-11では「神経症性抑うつおよび抑うつパーソナリティ」を包含する概念として「2年以上続く慢性の軽症抑うつ」と定義され、DSM-5では「それまでの気分変調性障害と(2年以上続く)慢性の大うつ病」を合わせて「持続性抑うつ障害(気分変調症)」とカテゴリー化されています。
ICD-11 platformには、「個人によって報告された(例えば、落ち込んだ、悲しい)、または観察された(例えば、涙を流した、敗北した外観)ように、1日のほとんどの間、そうでないよりも多くの日の間(すなわち、2年以上続く)、持続的な抑うつ気分」として、通常、小児期、青年期、または成人期初期に、徐々に発症するとされます。
よく知られていることですが、若年成人での発症は、不安または恐怖関連症群、身体的苦痛症(身体表現性障害)、強迫症または関連症群、反抗挑発性障害、物質使用症群または嗜癖行動症群、食行動または摂食症群、パーソナリティ症および関連特性群を高率に併存するとされます。
気分変調症は、「単一エピソードのうつ病性障害」と「再発性うつ病性障害」、「双極性障害」または「関連障害(特にうつ病相が長く続くⅡ型双極性障害)」などの気分障害だけでなく、「統合失調症」または「他の精神病性障害」、「全般性不安障害」や「物質関連気分障害(離脱症状による慢性抑うつ症候群)」など、上記に挙げた併存疾患と厳密に鑑別する必要があります。
ここまで読むと、純型の気分変調症は存在し得ないのではないか?と思えますよね。
自分で「気分変調症かもしれない」と思っていらっしゃる方や、現在、気分変調症の診断で治療中の方は、以下の症状をお読みになり、自分の状態に一番近いのはどのタイプなのか、ちょっと考えてみてください。
- イライラしやかったり、食欲不振や慢性的な疲労感が続き、記憶力も低下したと感じている人。
- 無気力、易疲労感、記憶力の低下、動きがゆっくりになった、あるいは傾眠(寝ても寝ても眠い)などの症状がある人。
- 冷え性で疲れやすく食欲もなく、神経過敏で、動悸、息切れや頭重感、注意力低下やイライラ、立ちくらみや耳鳴りなどの症状がある人。
- 動悸や胸が締めつけられる感じ、めまい感をともなって、気分の落ち込みや意欲の低下、イライラや不眠がある人。
- 不眠や悪夢などの睡眠障害、記憶障害や注意力障害、気分の落ち込みやイライラがある人。
- 傾眠(寝ても寝ても眠い)、頭痛、不眠、不安・焦燥、めまいやチック、気分の落ち込みがある人。
みなさんの症状は、何番に一番近かったでしょうか?
上記の6つのリストの中では、いくつかの症状はオーバーラップしていますし、どれも一部しか当てはまらないとか、すべての症状がある、とか感じた人もいらっしゃったんじゃないでしょうか?
じつはこれらの症状は「気分変調症」とは全く関係がないのです!
きっと驚かれたでしょうね。
種明かしをしましょう。
(1)は、「ビタミンB1欠乏症」の症状です。
ビタミンB1は生活習慣(精製された炭水化物が多い偏った食事)や甲状腺機能亢進症、肝機能障害などで低下します。
2020年からのコロナ禍にともなうリモートワークで食事が不規則になり、睡眠時間が短縮している人に多い状態です。
ビタミンB1が不足すると、ブドウ糖からエネルギーを産生できなくなり、ブドウ糖を主なエネルギー源とする脳では機能低下が引き起こされます。
ビタミンB1不足が進行すると、眼球運動障害とともなう「ウェルニッケ脳症」や、記憶障害などの「コルサコフ症候群」、あるいは手足のしびれや浮腫など「脚気(かっけ)」から、心不全を引き起こすこともあります。
(2)は、「甲状腺機能低下症」の症状です。
甲状腺機能低下症は、「原発性甲状腺機能低下症」と「橋本病」に伴う場合があります。
ある患者さんは血液検査で甲状腺機能低下症が疑われたものの、甲状腺ホルモン剤を1ヶ月服用して正常化したから治ったと言われた、という患者さんもいらっしゃいました。
甲状腺疾患が専門でないと、橋本病を見落として誤った治療になってしまいますので、注意が必要です。
(3)は「いわゆる隠れ貧血」の症状です。
ヘモグロビンの値はそこそこ保たれているものの、血清鉄や鉄を運ぶフェリチンが低下した状態です。
「いわゆる隠れ貧血」は疑って検査しないとわかりませんので、内科の先生にしっかりと診てもらう必要があります。
(4)は「更年期障害」です。
閉経前の5年間と閉経後の5年間をあわせた10年間は「更年期」と呼ばれ、女性ホルモン(エストロゲン)が徐々に低下していく時期です。
更年期の症状としては、有名なホットフラッシュやのぼせ、あるいは、火照りや冷えなどの血管の収縮と拡張に伴う症状のほかにも、頭痛や肩こり、腰や背中の痛み、しびれなどの神経症状を伴います。
(5)は抗うつ薬の副作用、(6)は気分調節薬として使われることの多い抗てんかん薬の副作用です。
このようにさまざまな身体疾患や薬剤によって、「気分変調症」と似た症状が引き起こされることは、一般向けの「気分変調症」の本には記載されていません。
上記にリストアップした身体疾患に伴う「慢性抑うつ症候群(二次性気分症候群)」は、診断基準では気分変調症から除外するとされています。
当然のことですが、身体疾患の治療が優先されるからです。
それにもかかわらず、上記の症状で精神科や心療内科あるいはメンタルクリニックを受診すると、10分程度話を聞かれた後に(生活習慣を聞かれることはまずありません)、おごそかに「この薬を飲んで様子をみてください」と抗うつ薬と抗不安薬、睡眠薬、場合によっては抗てんかん薬(気分安定薬)が処方されます。
勇気を振り絞って「何の病気ですか?」と聞いてみると、「まぁ、気分変調症でしょうね」と告げられるだけで気分変調症の説明もなく、はたまた、何をターゲット症状にして変化をみればいいのかも、薬の副作用も説明されません。
似たような症状を引き起こす「慢性抑うつ症候群」など身体因性精神疾患の治療がなされないまま、さらに抗うつ薬の副作用でも気分変調症に似た症状がおきますから、症状を改善する機会は失われてしまうのです。
実際、主治医から「気分変調症は一生治りません」と宣告された方が何人もいらっしゃいました。
前医で気分変調症の診断で抗てんかん薬(気分安定薬)が処方され、症状の改善がみられないため、こころの健康クリニック芝大門を受診された患者さんも何人かいらっしゃいます。
発症年齢と経過、症状から気分変調症を含むうつ病性障害も、不安障害も否定的で、精神病性障害とも考えられませんでした。慢性の経過をたどっているのは、抗てんかん薬(気分安定薬)の副作用と考えられました。
抗てんかん薬は特定薬剤として指定され、定期的に血中濃度を測定し管理する必要があるのですが、患者さんが血中濃度の測定をお願いしたら、前医は「いまどきそのような検査をする医者はいない!」と豪語されたそうです。
また別の患者さんたちは、検診で軽い貧血を指摘されていたものの、血清鉄やフェリチンは測定されておらず、また更年期障害とビタミンB1不足も疑われたので、信頼できる内科と婦人科で診てもらうようにと勧めました。
こころの健康クリニック芝大門で、まず身体科で診てもらうようにと勧めているのは、甲状腺疾患、隠れ貧血、ビタミンB1不足、更年期障害など、「慢性抑うつ症候群」を引き起こす身体疾患除外するためであることを理解していただけたら幸いです。
今回は身体疾患にともなう「慢性抑うつ症候群」を紹介しましたが、『生きづらさと反応性抑うつ状態(適応障害)』では、「反応性抑うつ」や「意気消沈タイプの抑うつ」など、気分変調症と似てみえる状態を説明していますので、合わせて読んでみてくださいね。
生きづらさと反応性抑うつ状態(適応障害)
院長