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発達障害とトラウマ関連障害に対する薬物療法

[2021.10.06]

こころの健康クリニックの問診票の中には、薬を服用することについての抵抗の有無をお聞きする項目がありますよね。

 

中には、薬を飲みたくないとおっしゃる方もいらっしゃいますので、そのことは最大限に尊重したいと思っていますし、心の状態は薬では解決できないこともあるからです。

 

服薬拒否の心性については、過去に服薬しても効果がなかっただけでなく、副作用で苦しんだ方であれば、服薬に抵抗があることも納得できます。あるいは、薬は一般的に害のあるものだとの先入観や思いこみを持っていらっしゃる方も多くいらっしゃいます。

いずれにしても、服薬のメリットとデメリットを明確にする必要がありそうです。

 

このブログでも書いたことがありますが、私自身は、薬はあくまでもギプスや松葉杖のようなもの、精神療法はリハビリ、という位置づけで考えています。

 

ギプスを巻くメリットとデメリットは何でしょうか?

ギプスは、患部を固定し、保護することで、患部の安静を保つために用いられます。

 

ギプスを使用しないことで、患部は不安定になり骨折であれば偽関節となり、安静が保てずに痛みが増強するだけでなく、骨折の治癒も遷延してしまいます。このような状態でリハビリを希望されても、そもそも動かすことすらできず、さらに動かすと痛みが増強し、リハビリの副作用が強く出てしまいますよね。

 

一方、ギプスなどの固定具を使用することで、動きは制限されてしまいます。松葉杖も2本までなら歩行の手助けになりますが、5本持たせられると手助けになるどころか邪魔になってしまいますよね。一方、リハビリを行うときには、負荷がかかった状態で行いますから、筋力の増強にはプラスになりそうです。

 

服薬について、このようにメリットとデメリットを考えてみてはいかがでしょうか?

もちろん、薬が心の問題のすべてを解決してくれるわけではありませんが、使い方によっては、回復への手助けになる可能性も大いにあるということです。

ギプスは要らない、リハビリだけを行って欲しいと希望されても、患者さんの状態によっては無理な注文ということもあるわけです。

 

セリさんも同じような体験をされたようです。

 

不安を抑えるために、と、私には5種類の薬が処方された。病院に行き始めたばかりの頃は、薬は拒否していたのだけど、飲んで治るならと受け取った。もうこれ以上たらいまわしにされることに疲れ果てていた。

咲・咲生『「死にたい」の根っこには自己否定感がありました。——妻と夫、この世界を生きてゆく』ミネルヴァ書房

 

セリさんのように「飲んで治るなら」ということで、服薬を決心する人も少なくありません。

しかし、その場合、薬に期待する効果と副作用、そして副作用への対処について、医師の説明は必要不可欠です。そして、薬だけでなく精神療法は不可欠であり、服薬治療と精神療法は車の両輪に例えられます。

 

しかし、セリさんがかかった精神科医は、初診から5種類の薬を処方しています。

 

北里大学の前教授の宮岡先生は、「初診の内容から「よい精神科医」ではないかもと考えるポイント」として5つをリストアップされています。(『精神科医が考える「いい精神科医」の選び方』)

このうち2つ「最初から同系統の薬剤が2剤以上処方されたとき」「薬剤の副作用について説明がない/副作用はないと説明されたとき」が、「初診の内容から「よい精神科医」ではないかもと考えるポイント」に合致するのです。

 

そのことによって、セリさんは「常用量依存」と思われる状態に陥っていきます。

 

家に帰り、早速薬を飲むと、頭がぼんやりして、だんだんと眠くなった、久しぶりの安らかな時間が訪れる。薄れていく意識の中で、薬を飲んでよかったと心底思った。

ところが、そんな安堵は、ほんの30分足らずのことだった。

起きたら、また食い破るような不安が襲ってきた。

忘れたくて、もう一度薬を飲む。寝る。起きて不安になる。また薬を飲む。寝る、薬を飲む。繰り返し。

やがて指定された量では薬が効かなくなり、1回1錠と言われていたそれが、気づけば5錠、6錠と、飲む量が増えていった。本来薬は処方量を守るべきという当たり前のことすら考えることはできなかった。

そのうちに、私は薬を飲んでいない時は外に出ることもできなくなった。パーカーのフードを目深にかぶってでなければ、人目が怖くて、近所のスーパーにもいけないのだ。

帰るなり、むさぼるようにして薬をかっこんだ。

ある日のことだった。診察予定日より早く薬がなくなってしまったので、病院に貰いに行った。しかし運悪く、休診日の張り紙がされていた。

「薬がなきゃ………!薬がなきゃ………!」

私は、人通りの激しい町の中、病院の扉をドンドンと叩き、叫び続けた。彼が必死で私を押さえ込み、車に戻らせる。

知らない間に、処方薬依存に陥っていた。

咲・咲生『「死にたい」の根っこには自己否定感がありました。——妻と夫、この世界を生きてゆく』ミネルヴァ書房

 

セリさんの体験から推測すると、処方された薬のうちの1つはエチゾラムだったのかもしれません。

エチゾラムは短時間作用型で、服薬直後は多幸感を伴うものの、退薬(薬の血中濃度が低下すること)に伴い不安感が強くなり、「常用量依存」を引き起こす最たる薬剤として認識されています。

 

私自身、この薬を処方するときは、医原性のパーソナリティ障害つくっている、あるいは患者さんを薬物依存にしていることを覚悟するように、と指導医から何度もクギを刺された記憶があります。

 

そもそも、『複雑性PTSDと発達性トラウマ障害/DESNOS(特定不能の極度ストレス障害)』で考察したように、セリさん自身は「強迫性障害」と思っていらっしゃったようですが、生育歴から考えると「DESNOS(特定不能の極度ストレス障害)」のようです。

 

慢性のトラウマ関連障害や発達障害が関与するときの薬物療法の注意について、福井子どものこころ研究所の杉山先生は、以下のように述べられています。

 

発達障害基盤の精神科併存症に対して、一般の成人量の処方を行うと、副作用のみ著しく出現し薬理効果は認められない、ということが少なくない。(中略)むしろ向精神薬を、その薬物の本来の治療目的以外に用いたとき、普遍的に認められる現象なのではないかと考えるようになった。

(中略)

翻ってみれば、ADHD症状に対する抗ADHD薬の処方以外は、不安定な臨床像を呈する愛着障害や慢性のトラウマに対し、根本治療薬は存在しないのだ。

逆に、治療に用いられる通常量の処方を行った場合、たとえば抗うつ薬の処方によって気分変動が悪化する、抗不安薬の処方によって意識水準が下がり行動化傾向が促進されるなど、副作用の方が目立つ状況となる。

杉山『発達性トラウマ障害と複雑性PTSDの治療』誠信書房

 

セリさんが、もし、生育歴を聴取したり、もともとどんな人だったのか?と症状の来歴を考察し、さらに、トラウマに対する薬物療法の経験が豊富な精神科医を受診されていれば、このような苦しみを味わわずにすんだのかもしれません。

 

そういう意味では、通院する医療機関を選ぶことは、人生を左右することにもなってしまいますよね。

 

 

複雑性PTSD、発達性トラウマ障害など、愛着関連のトラウマや愛着の問題、発達障害との関係についての一般向けの書籍は『発達障がいとトラウマ』を参照してくださいね。

 

 

 

院長

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