自己内対話で摂食障害思考との関係を改善する
過食やむちゃ食い、あるいは過食嘔吐の対人関係療法による治療では、『私はこうして摂食障害(拒食・過食)から回復した』や『摂食障害から回復するための8つの秘訣』を参照にして、最初に健康な部分と摂食障害の部分を対話させる「自己内対話」という方法で「自分自身との関係を改善する」ことに取り組んでいきます。
この自己内対話では、主導権を握っていた摂食障害の部分に対して健康な部分が反論するというやり方をしていくのですが、対人関係療法による治療を始めたばかりの人はすごく難しく感じるようです。
回復の道のりでいろいろと学んできましたが、「いいえ、嫌」という言葉を使えるようになったことが一番の収穫と言えるかもしれません。
(中略)
皮肉なことに、「いいえ」と言えるようになるには、まず先に「はい」と言えるようにならないといけません。回復の道を歩み続けることに、まず「はい」と言うのです。
シェーファー、ルートレッジ『私はこうして摂食障害(拒食・過食)から回復した』星和書店
ジェニーさんは回復の道を歩み続けることに「はい」と言い続けることで、摂食障害思考(エド)の指示に対して「いいえ、嫌」と、訣別姿勢を打ち出すことができるようになりました。
古典的な対人関係療法でも『8つの秘訣』でも、意見の対立(コンフリクト)に対しては、自分の意見を押し通すと言うやり方をまず試すことになります。古典的な対人関係療法では、病気を理由に意見を受け入れてもらうやり方を試しますし、『8つの秘訣』では『素敵な物語』で紹介されていた「壊れたテープレコーダー」のやり方で自分の意見を押し通しますよね。
一方、新しい対人関係療法による治療の後半では、「いいえ、嫌」と言えるようになった摂食障害思考(エド)に対して、拒絶や対立ではなく「和解の仕方」を学んでいくのです。
ジェニーさんもそのようなやり方をされていますよね。
この頃になると、私もエドのこれまでの指示やコメントをそれなりに尊重する話し方をするようにさえなりました。
たとえば、「エド、あなたはこれまで何年間も、私が自分の人生を管理できるように手伝おうとしてくれていたのね。ありがとう。でも、もうあなたの助けはいらないわ」というように。
シェーファー、ルートレッジ『私はこうして摂食障害(拒食・過食)から回復した』星和書店
以前、原田メンタルクリニック・東京認知行動療法研究所の原田誠一先生の講義を聴く機会がありました。原田先生は患者さんに「対話型思考記録」という形でノートに書き出してもらい、気持ちが揺れなくなるまで何度も読むことを勧めていらっしゃるそうです。
(1)出来事
(2)病気の部分の受け止め方
(3)健康な部分の受け止め方
(i)共感・ねぎらい
(ii)別の受け止め方(=従来の「合理的・適応的思考」)
(iii)悪循環の指摘(=「病気の部分も損ですよ」非機能的であること)
(iv)提案(=当面取る方針の提案)
この方法はすごくいいですよね。
治療を初めてすぐの頃は、自分自身の動機、意図、あるいは要求や欲求が定まらないという問題があります。セルフモニタリングを通して、自分自身の心の状態がわかるようになってくると、次第に摂食障害思考や現実の他者の心の状態も理解することができるようになってきます。
これをこころの健康クリニックでは、対人関係の土台になるメンタライジング能力として教えていますよね。
たとえば、摂食障害思考とのやり取り(思考記録)をノートに書き出して何度も読み返す練習をすることで、少しずつ意見の対立(コンフリクト)の解消の仕方がわかってきます。
過食したいという衝動と過食したくないというアンビバレンスが解消してくると、健康な部分が、自分と違う病気の部分の考え方を認め、病気の価値観を尊重しながら、別の方法を試してみることができるようになってきます。
このような「自分自身との関係を改善する」「行動の仕方を変えていく」ことによって、「自己志向(自己の次元の成長)」と「協調性(関係性・社会性の次元の成長)」の両方を高めていくのが、新しい対人関係療法による治療のすすめ方なのです。
このやり方は実際の他者とのコミュニケーションにも使えるので、ぜひ皆さんも試してみてくださいね。
この対話型思考記録は、自分を客観視して、自分自身が自分の一番のサポーターになり、自分を大切にしていく生き方につながります。
こうして、私はいつからか、エドから離れるためではなくて、自分の人生の道を選び続けるために戦い始めたのです。
心の中の女の子を気遣ってあげられるようになりたかったのです。私の中に隠れているあの少女に、優しく接してあげるのです。
そして、最終的には、大人としての私自身も大切にするのです。
シェーファー、ルートレッジ『私はこうして摂食障害(拒食・過食)から回復した』星和書店
『摂食障害からの回復と自己肯定感とセルフ・コンパッション』で、摂食障害から回復するために「自分との関係を改善」し「行動の仕方を変えていく」ときに必要になるのが、自分の存在そのものを受け入れる「深い自己肯定感」と、そのような自分に対する「慈しみ(セルフ・コンパッション)」であることを説明しました。
ジェニーさんも「心の中の女の子(インナーチャイルド)」に対して、「大人としての私自身(インナーマザー)」として接することによって、「私自身も大切にする」というセルフコンパッションを身につけました。
「十年後にも、エドはまだ私の所にやってくるでしょうか」と初版で書きました。
あれから十年が経ち、私は自信をもって「いいえ」とお答えできます。
こうなるまでに、エドを変える必要はありませんでした。私はただ、エドに対する自分の反応を変え続けただけです。
最終的には、エドのひっきりなしの冷やかしやコメントに一切反応しないようになりました。
シェーファー、ルートレッジ『私はこうして摂食障害(拒食・過食)から回復した』星和書店
ジェニーさんは「エド(摂食障害思考)を変えるのではなく、エド(摂食障害思考)に対する自分の反応を変え続けた」とおっしゃいます。これをこころの健康クリニックの対人関係療法では、「考えとの付き合い方を変える」「行動の仕方を変えていく」と説明していますよね。
この取り組みによって、生きていく上で本当に大切なことは、摂食障害思考(エド)が囁く内容ではなく、自分自身の価値や目的に沿った生き方(ライフ・ゴール)であることを体感していくことが、新しい対人関係療法による治療の醍醐味なのです。
院長