うつ病と適応障害のストレス反応の違い
9月になりましたが、多くの会社では引き続き在宅勤務・テレワークが続いているようですね。
さて、今日の話題は「うつ病と適応障害のストレス反応の違い」についてです。
現在の「うつ病(大うつ病性障害)」は、「精神疾患の分類と診断の手引き(DSM-5)」に沿ってうつ症状の数や持続期間で診断され、気質や病前性格、あるいは環境による影響が無視されているとの指摘が数多くなされています。
うつ状態・うつ症状を呈する心の病気はたくさんあります。
たとえば「うつ病(大うつ病性障害)」だけでなく、「統合失調症」や「双極性障害(躁うつ病)」でもうつ症状を呈しますよね。あるいは過食や過食嘔吐後の気分の落ち込みもまた、うつ状態と呼ばれます。
しかし、初診30分未満、再診5分未満の、一般的な精神科やメンタルクリニックの外来では、うつ状態という共通する症状が、「うつ病(大うつ病性障害)」なのか、抑うつ反応を伴う「適応障害」なのか、あるいはそれ以外の病気なのかを鑑別することは、非常に困難といわざるを得ません。
ストレス因(ストレッサー)を測定する方法として、「ライフイベント法(社会的再適応評価尺度)」があります。「ライフイベント法(社会的再適応評価尺度)」は、結婚によるストレス度を50点の基準として、0〜100点の範囲で点数化したものです。
ストレス点数は、「配偶者の死」「親族の死」や「夫婦の別居」など家庭生活に関すること、「離婚」「自分の病気や怪我」「300万以上の借金」など個人生活に関すること、「会社の倒産」「会社を変わる(転職、抜擢)」「多忙による心身の過労」「仕事上のミス」「職場内対人関係」「単身赴任」など職場生活に関することなどに分類されます。
発病のきっかけを比べてみると、抑うつ反応を伴う「適応障害」では、「はっきりと確認できるストレス因に反応して、3カ月以内に症状が出現」と診断基準にあります。つまり、誰がみてもわかる特定のストレス因がきっかけとなり、その人のキャパシティを超えたときに発症するわけです。
職場要因の変化に対して、性格や価値観、就労モチベーションなどの個人要因がうまく適合できず、就業への不安や恐怖症状、会社関連のことで抑うつ的となり受診するケースは、かつては「職場不適応症候群」と呼ばれていました。
職場不適応症候群の症状は、きっかけとなったストレス因に対する心的体験と病像が関連することが特徴とされます。
一方、「うつ病(大うつ病性障害)」では、さまざまなストレス因の積みかさね、つまりボディーブローが続いていた状況で、ほんの些細なストレス因によって発症することがあります。
「ライフイベント法(社会的再適応評価尺度)」では、職場生活のストレッサーが多いことが知られています。ストレス点数は、①年齢が高くなるほど、②勤続年数が長くなるほど、そして③ポジション(地位)が上がるほど、職場ストレス度が高いという結果が出ています。
休職者の診断名の80%以上を占める「うつ病(大うつ病性障害)」と抑うつ反応を伴う「適応障害」は、症状は似ているものの、発病のきっかけと病前性格(気質)には大きな違いがあります。
「うつ病(大うつ病性障害)」の病前性格(気質)は、秩序と規則性を好み、役割規範への同一化が明らかで、対人関係では他者へ尽力するという、執着・循環・粘着気質、つまりメランコリー親和型としてよく知られています。
メランコリー親和型の性格の人の「うつ病(大うつ病性障害)」の発症に関して、きっかけとしてのライフイベントは存在するのですが、何十年も風雪に耐えてきた頑丈なレンガ造りの家が、そよ風で飛んできた木の葉1枚が当たっただけで崩れ落ちてしまう「最後の麦わら」と同じような発症をするのが、「うつ病(大うつ病性障害)」の特徴です。
「昇進うつ」という言葉を耳にしたことがある人もいるかもしれません。昇進だけでなく、異動や転勤、収入の増加などがきっかけにうつ病を発症することもあるのです。
以前より「うつ病(大うつ病性障害)」は壮年期(中年期)に多いと言われていた理由は、このようなことにあるのでしょう。
たんに人生の節目や転機だからうつになるのではなく、ストレッサーの内容(ライフイベントのストレス強度)と、病前性格や行動パターンなどストレッサーに対する生理学的作用によって、ストレス反応が生まれるのです。
一方、抑うつ反応を伴う「適応障害」では、変化への脆弱性(環境への適応力の弱さ)や性格的な脆弱性が問題になるとされていて、従来は「抑うつ神経症(あるいは神経症性抑うつ)」と呼ばれていました。
「抑うつ神経症(あるいは神経症性抑うつ)」や「抑うつパーソナリティ」、あるいは「持続性不安うつ病」は、「幼児期の葛藤から形成された神経症的性格を基盤に生じる抑うつ状態を示し、通常は、心痛体験に明らかに続いて起こった不釣り合いなうつ状態を特徴とする神経症性異常で、不安と抑うつの混合状態もここに含まれる」とされていて、「うつ病(大うつ病性障害)」に対して「軽症うつ病」と呼ばれていました。(引用は中根、山中、監修『ICD-10精神科診断ガイドブック』中山書店より、下線は引用者)
このように長々と解説したのは、「うつ病(大うつ病性障害)」と「軽症うつ病」では、治療方針が異なるからなのです。こころの健康クリニック芝大門のリワークでも、診断に応じて個別の治療方針を立てて職場復帰を目指してもらっています。
「⽇本うつ病学会治療ガイドライン II. うつ病(DSM-5)/⼤うつ病性障害」の「軽症うつ病」の治療には、全例に⾏うべき基礎的介⼊として「患者背景、病態の理解に努め、⽀持的精神療法と⼼理教育を⾏う」とされています。適切な環境調整や精神療法が不可欠ということで、抗うつ薬はあくまでも「基礎的介⼊に加えて、必要に応じて選択される推奨治療」と位置づけられているのです。
つまり、「軽症うつ病」に対しては抗うつ薬の効果が乏しいため、どんどん薬が増えていく「多剤併用」や、次々と薬が変更になる「薬理学的彷徨」が問題になるだけでなく、不可欠な適切な環境調整や精神療法がなされないことで休職期間が延びてしまうという、患者さんにとってのデメリットが生じてしまいやすいリスクがあるのです。
さて、冒頭の在宅勤務・テレワークの話に戻ります。
こころの健康クリニックの職場復帰支援プログラム(リワーク)から職場復帰後してすぐに、在宅勤務・テレワークでの勤務となった人も多く、在宅勤務・テレワークには出社勤務とは異なった独特のストレス因があります。
そのためこころの健康クリニックでは、自宅での作業環境の作り方、孤独にならないための上司や同僚との意識したコミュニケーションの取り方、長時間労働にならないようにメリハリをつけて働くためのヒントなどもリワークの中で教えているのです。
働き方に合わせたこのようなプログラムは、うつ病リワーク協会のリワーク認定スタッフでもある院長が、産業医としての労務管理の視点を適用したプログラムで、ほかのリワーク施設にはないものだと自負しています。
皆さんが通っているリワークでは、復職後の在宅勤務・テレワーク対応は行ってもらっていますか?
院長
※北里大学の宮岡先生が「良い心療内科医・精神科医の見つけ方」というWeb講演会を行われます。
2020年9月13日(日)13:00〜14:00
参加は無料で、どなたでもご視聴いただけるとのこと。