自己内対話と他者とのコミュニケーション
「神経性過食症(過食嘔吐)」や「過食性障害(むちゃ食い)」、あるいは「気分変調症(持続性抑うつ障害)」に対する対人関係療法による治療で、私たちの脳がどのように反応するのかを知っておくと、自己内対話や他者とのコミュニケーションに取り組むのに役立つ場合があります。
たとえば、脳はネガティブな言葉に集中しやすく、ネガティブな言葉は不安を煽ります。たとえば、「もうダメだ」のような抽象的な言葉が思い浮かんだときには、「ダメ」とは具体的にどういうことなのか、行動で示すことができるくらいに掘り下げて考えてみる必要があります。
また、頭の中のおしゃべり(脳内劇場や内語)は何度もリピートしていて、知らず知らずの間に繰り返すこのような思考パターンは、なかなか変化しない強固な神経回路を形成してしまいます。
しかし、言語や言葉の使い方を意識して変えていくと、新しい神経回路が形成されるため、思考・感情・行動すべてに影響をもたらすことができるのです。
前回の『摂食障害思考に触れつつ巻き込まれない方法』の続きで、ジェニーさんは、過食嘔吐をする代わりに、自分の心の中を見て、さまざまな思考や感情を感じながら、それらの「思考や感情と一緒にいる(触れつつ巻き込まれない)こと」に取り組みました。
そこにじっと座って、心の中の有り様をじっと感じてみてください。
ありのままの感情を感じてみてください。
ありのままの感情を自分なりに感じるために、サポートチームの誰かと電話で話してみてください。
深呼吸をしながら、自分の中に湧いてくる感情に対処してもいいですし、枕を思い切り叩くことで、気持ちを表現してもいいでしょう。
ここで重要なのは、どれほどひどい気分でも、必ず過ぎ去るという点です。
忍耐強く、つらい気持ちはいつかは過ぎ去ると信じることが大切です。
シェーファー、ルートレッジ『私はこうして摂食障害(拒食・過食)から回復した』星和書店
ジェニーさんはじっと座って、意識の絶え間ない変化を自覚することと、自己内対話(内語)に判断を加えずにじっくりと観察することを行っていますよね。
この自己内対話(内語)に注意を払うと、さまざまな情動——怒り、恐れ、落ち込み、喜び、充足感など——には、それぞれの「声」と独特の「言葉の使い方」があることに気づくはずです。
この自己内対話で、私たちは意識的な決断を下しているだけでなく、他者とのコミュニケーションを円滑にするための思考をまとめたり、発言する内容を頭の中でリハーサルしたりしているのです。
過食嘔吐がぶり返したとき、ジェニーさんは「エドの言葉に従ってしまいそうになるまさにその瞬間に誰かに電話をすると、再発を防ぐことができます」と書いています。
ジェニーさんにとって、サポートチームの誰かに自分の状態や心の中を話すことは、摂食障害思考(エド)に巻き込まれた状態から抜け出し、過食衝動をやり過ごす「衝動の波に乗る」やり方だったみたいですね。
もし、みなさんがサポートチームの誰かに、自分の状態を話して聞いてもらいたい、と思ったときには、いくつかの注意事項がありますから、覚えておくと役に立つかもしれません。
★否定的な言葉や考えに囚われてしまうほど、記憶、感情、情緒をコントロールする脳領域に負担がかかる。ネガティブなことを長い間くり返し考え続けると、脳がさらに刺激され、悪いことが起きる可能性や、過去の辛い出来事に固執し続けてしまう。
★ネガティブな感情を声にすれば、話し手だけでなく聞き手の脳内にもストレスホルモンが急増する。自分自身のネガティブな考えだけでなく、他者のネガティブ思考に曝され続けると、脳は否定的な感情や考えを次々と生み出しやすくなる。
★ネガティブな思考や感情を文字にする、あるいは、ストレスが溜まった出来事を書き綴ると、感情的な混乱状態が続く。一方、箇条書きにすると、感情的な混乱を一時的に軽減することができる。
★慣れ親しんだ会話のパターンやコミュニケーションのスタイルには限界があることを認識する。
★話す時間を30秒間に限定して簡潔に話すことで、脳はその状況に適応し、会話に関係のない情報をふるい落とし、ネガティブな感情表現を抑えられる。
★批判的な自己内対話と向き合い、自分の限界を決めつける言葉(「〜できない」など)を肯定語(「〜しよう」)に書き換える。
最後の「できない」と「しない」については、『「できない」と「しない」:行動主体の取り戻し方』で説明しましたので、もう一度読み返してみるといいかもしれません。
ジェニーさんは、自分自身に対して「思いやりの言葉をかける」ことに取り組まれました。
脳の中の「島皮質」と「前帯状皮質」は、思いやりや共感だけでなく、問題解決や虚偽の認知にも関わっているといわれています。
また「島皮質」と「前帯状皮質」は、情動反応や情動行動を制限し、「扁桃体」によって生じる恐れや怒りの情動を抑えるとされています。
それにくわえて「島皮質」と「前帯状皮質」は、言語の処理や発話、そしてリスニングにも関与していますから、自己内省や客観的な自己観察を深めるためには、思いやりや共感の表現が不可欠なのです。
次回2020年9月29日のブログで、ジェニーさんが取り組まれた、自分自身に対して「思いやりの言葉をかける」ことをみていきます。(2020年9月21日(月)敬老の日はブログはおやすみです)
こころの健康クリニックでは、患者さんに『セルフケアの道具箱』を一読してみることを勧めることもありますので、参考にしてみてくださいね。
院長
《日本摂食障害協会からのアンケートのお願い》
【摂食障害患者様のご家族】
医療機関を受診していない摂食障害患者と家族の支援ニーズに関する調査研究